10.
古びた鐘の音。相変わらず、わたしの心の奥に何かを訴えるその音。
心に扉があったとしたら、その扉を何度も何度も叩かれているかのようだ。
中に潜む誰かを呼び覚まそうとする音。
でも、その誰かはぜんぜん応対しない。
「今回のテストは、簡単なものではなかったと思います」
鐘の音をバックに、ヒズミ先生の声が響く。
わたし達の手元には、紙。一枚の、紙。一昨日、わたしはこの紙のために、涙を流し、勉強をしていた。ちょっと風が吹いただけで飛ばされてしまいそうな、この紙。でも、わたしにとって、それが秘める価値は、ただの紙といってしまうには重すぎるものだった。
「それでも、前回と同じぐらいの点数を維持した人は勿論、前回以上の点数を取れた人は、ものすごくよく頑張ったと言えるでしょう」
ヒズミ先生は自分のテキストをまとめてから、落ち着いた声で言った。
「今回は、たくさんの人が頑張っていたようです。自分のベストを尽くせた人は、自信を持ってこれからもがんばってください。また、思ったように点数が伸びなかったという人も、諦めないで、次回のテストを頑張ってください」
ぱたん、と、先生がテキストを教卓でそろえる音が響いた。
鐘の音はもう止んでいた。わたしの心に訴える声も、もう聞こえない。鐘が呼んでいるのか、鐘の音を聞いたわたしの中にいる誰かが呼んでいるのかは分からないけれど、今のわたしにはもう聞こえない。
それに、今のわたしには、どうでもよかった。
「では、今日の授業は終わりです」
ありがとうございました。いつも以上に、張り切った声。それが出るのも、わたしの手元にあるこの紙のせいだった。今日は早く部屋に戻りたかった。とにかく早く帰って、これをモモに見せたい。モモに見せたい。そして、褒めてもらいたい。
『頑張ったもんね。モモもきっと喜ぶよ』
バツの言うとおりだ。きっと、モモは喜んでくれる。そして、褒めてくれる。あの小さな体で、わたしの胸に飛び込んできてくれる。喉をゴロゴロ鳴らして、わたしを労ってくれる。わたしの知っているモモは、そういう猫だ。
だから、放課後になって、自室に飛ぶように帰ったのに、モモがそこにいなかった時は、とてもがっかりした。そりゃそうか。モモも、ずっと部屋にいるわけじゃないんだ。サポーターの猫としての仕事がいっぱいあるのだから。
でも、早く帰ってこないかな。
『早く帰ってくるといいね』
うん。早く帰ってきてほしいな。バツが一緒に待ってくれている。モモに見せたくて仕方ない紙を握りしめて、わたしはベッドに座った。いつ帰ってくるかな。陽が落ちる前にはいつも帰ってくるけれど、たまにわたしが夕食に行くまで帰ってこない日もある。そんな日は、夕食から帰ってくると、ちょこんと机の上に座っていたり、自分のベッドでうたた寝していたりしている。
でも、今日は、夕食の前には帰ってきてほしいな。
『焦らなくたって、すぐに見せられるよ?』
そうなんだけど。でも、見せたくて仕方ないの。見せたいって気持ちが溢れだしそうで、堪らないの。舞い上がるようなそんな気持ち。わくわくが止まらない、そんな気持ち。
早く、見せたいな。
夕日を存分に受けながら、わたしはひたすらモモを待っていた。小さな扉からモモが潜ってこの部屋に入ってくるのを、ずっと待っていた。
けれど。
いくら待っても。
夕食から帰ってきても。
その日、わたしが、その紙を、モモに見せることは、出来なかった。




