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猫の国  作者: ねこじゃ・じぇねこ
EPISODE【1】 ホーム
12/35

11.


 ……モモ?

 古びた鐘の音で、わたしは目を覚ます。頭がぼんやりとする。いつものように、体の中から何かが訴えるような感覚には浸らない。ただ、頭がうまく働かない。そう。そうだ。朝食に行かなきゃ。朝食を食べなきゃ。

「……モモ?」

 目覚めの鐘の音の後、いつもはモモが、寝ぼけているわたしを急かす。けれど、今日は違う。モモが話しかけてこない。

「モモ?」

 部屋を見渡して、思い出した。そうだ。昨日は結局、消灯の時まで、モモは帰ってこなかった。こんなこと、今までなかった。それどころか、今も居ない? モモがいない? 帰ってきていない? どういうことか、分からなかった。今まで、モモが帰ってこないなんて、なかった。それも、わたしに何も言わないなんて。

 『ミドリ先生に伝えるべきだね』

 バツが冷静にそう言った。ああ、そうだ。モモは、モモは、行方不明になってしまったんだ。


 モモが帰ってきていない。

 その話は、すぐにクラス中に伝わった。けれど、モモだけじゃなかった。わたしの頭の中は真っ白だった。けれど、同じように、青ざめた顔で呆然と自分の席に座っているクラスメイトが一人いることに、わたしは気付いた。

 エリカだ。

 彼女はまるで、猛獣のたくさんいる密林に突然放たれた小鹿のようだった。呆然としているというよりも、震えている? その理由は、すぐに分かった。

「昨日、モモとエレクトラを見かけた人は、すぐに先生に教えること。それと、もしも今日以降、この二人を見かけたら、誰でもいいので先生に伝えてください」

 ミドリ先生の声がただ耳に入ってくる。

 エレクトラ。その名前はわたしもよく知っている。美しい緑の目をした、白い猫。エリカのサポート役をしている優しげな猫といえば、誰でも知っていた。《白》を返還出来ないわたしがモモに励まされながら頑張っているように、エリカもまた、エレクトラに励まされながら頑張ってきた。

 だから、わたしがいま感じている心の痛みは、エリカが感じているそれにとても近いはずだった。……同じではないと思うし、エリカとわたしでは、もっと違う状況にいるかもしれないけれど。

「ホームルームは以上です。今日の午後は、モモとエレクトラを捜索する時間に振り替えます。協力してくれるっていう人がいたら、大食堂の前に集まってください」


 夕暮れが綺麗。

 とぼとぼとオレンジの廊下を歩きながら、わたしはうまく働かない頭で、ただ、そう思った。目指しているのは、大食堂。今日のお昼以降は、ずっと、モモとエレクトラを探し続けていた。一緒にいるのは、アンナとミドリ先生。エリカは一緒じゃなかった。午前中こそ教室に来ていたけれど、午後になる前に、体調を崩して自室へと帰ってしまった。それから、ずっと部屋にこもっているのだと聞いた。無理もない。不安だもの。

 『不安だものね』

 辿り着いた大食堂の前に、人がぞろぞろと集まってくる。皆、モモとエレクトラを探してくれた人達だった。

 副担任のアマナツ先生が、わたし達に向かって言った。

「本館はくまなく探しました。新館も」

「東塔にも、西塔にも、どこにも……」

 続いて、先生や上級生の人達、他のサポート猫達が、息を切らせながら報告した。

いつの間にか、廊下は真っ暗だった。あんなに綺麗だった夕日も落ち切ってしまって。昨日の夕日が懐かしい。あの時はまだ、モモが帰ってこないなんて思ってもいなかったのだから。

 アマナツ先生はじっと廊下を見つめ、そして、ぼそりと言った。

「残念だけれど、今日はもう諦めよう」

「……え?」

 わたしは耳を疑った。

「……どういうこと?」

 アマナツ先生が、床に座り込むわたしに目線を合わせて、言った。

「君達にとって、サポーターの猫がどんなに大事な存在か。どんなに重要な支えなのか。それは理解しているつもりだ。私としても、一刻も早く彼女達が戻ってきてくれる事を切に願っている。でもね……」

 でも、なんだっていうの……。

「これだけ探したんだよ……?」

 諦めたような、そんな口調だった。

 アマナツ先生の顔は、疲れ切っていた。アマナツ先生だけじゃない。わたしと一緒に、モモやエレクトラを探してくれたクラスメイト達も、とても疲れていた。ひと目で分かった。もう今日は、諦めるべきだという事。これ以上探しても、意味がないだろうという事。

 でも、それなら、わたし達のサポート猫は? エレクトラは……? モモは……? モモは、何処へ行ってしまったの?

 わたしの視界が崩れていく。わたしの世界が壊れていく。きっと、わたしを今まで成り立たせていた大切な柱が、モモだったんだ。しっかりして。でも、しっかりできない。立ち上がって。でも、立ち上がれない。辛い。怖い。不安。苦しい。そんな感情ばかりがわたしの中を駆け巡っていって、わたしのなかで、すべての希望が枯れていこうとしていた。

「マル、大丈夫?」

 アンナがさっきから何か声をかけてくれている。でも、わたしが辛うじて聞き取れたのは、それだけだった。視界が歪んで、白い靄がかかっていて、立っていることが出来ない。呼吸をするのが、すごく、苦しかった。

 段々と、わたしを包んでいた白い靄が濃くなって、今度は暗闇が包んでいく。その暗闇は、とても綺麗だった。綺麗だった。涙が溢れるわたしの目は、その暗闇をただじっと見つめていた。

 モモ……モモ……。

 呟く声は、誰にも聞こえない。


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