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猫の国  作者: ねこじゃ・じぇねこ
EPISODE【1】 ホーム
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9.


 この学園で過ごす一週間って、長い時と短い時の差が激しいって思う。

 まあ、わたしはこの学園以外での一週間がどんなものなのか知らないから、想像も出来ないし、もしかしたらどこも同じなのかもしれないけれど、ともかく、今週はやけに長い。今週末の土曜日は遊びに行けるっていうのに、それまでがやたら長く感じてしまって、嫌になっちゃう。特に、明日が言語学の授業だと思うと。

 『生きて戻れるといいね』

 バツが楽しそうに言う。明日の言語学はそう、テストなのだ。バツが代わりに受けてくれたらいいのに。あ、でも、それだとすごく適当に受けてきそうでちょっと怖いかな。モモに見守られながら、わたしはじっと言語学のテキストと睨めっこ。ノートに書いていけば、覚えられるかな? こういう暗記系のものは、ヒメがすごく得意だ。ヒメの勉強法を一度見学していたんだけれど、あの子、テキストを読むだけなんだよね。真似してみたけれど、わたしにはさっぱりだった。

 今、こうしてテキストと睨めっこしながらノートにまとめていることはいるけれど、ちゃんと覚えられているかと問われると非常に疑わしいものだった。

「わたしって、やっぱり、頭悪いんだよねぇー……」

 ついついペンも止まり、テキストから視線が逸れる。

 勉強しても、ちゃんと点数につながるのかしらって思うと、やる気も段々と削げ落ちていく。悪い点は取りたくない。テストを返される時の、ヒズミ先生の溜め息を想像すると、すごく憂鬱になる。でも、いくら勉強しても、自信が湧いてこない。

 漠然とした、劣等感。

 いつもそれが、わたしのなかに存在していた。

 『マルは頭悪くないと思うな』

 バツはいつもそう言うけれど、どうしても自信とかやる気とかそういうものが湧いてこない。湧いてくるには、わたしの成績は悪すぎた。実技も、勉強も、同じくらい悪い。どうしても悪いと、やる気も自信も芽吹くはずもなく……。

 ふと、じっとベッドで見守っていたモモが、ひょいっと机の上に飛び乗ってきた。宝石のような目で、テキストの横から見上げてくる。吸いこまれそうな、猫の瞳。

「マル、そんなことないわ」

 モモは真面目な口調でそう言った。

「そんなこと言っちゃダメよ。あなたは、あなたの速度で成長していっているよ」

「そうかなあ」

 わたしは溜め息混じりにペンを置いた。モモがわたしにそう言ってくれるのは、度々あることだった。その度に、わたしはまた頑張ろうって気持ちになれていた。けれど、最近思うのだ。なんで、モモはわたしを励ましてくれるのだろう? 本当に、そう思ってくれているのだろうか。本当に、わたしのことを、思ってくれているのだろうか。

「わたしって、いつもそうだもの。勉強して、理解出来たって思っても、点数につながらないし。すぐに忘れちゃう。そんなわたしが頭悪くないなんてこと、あるのかなあ」

それがモモの仕事だから、そう言っているんじゃないかって。

「マル……」

 モモの瞳が、若干大きくなったのが分かった。驚いている? もしかして、今、思ったことを、モモは読み取ってしまったの?

「あたしは本当に……マルは出来る子って思って……」

「モモ、ごめん」

 肩を落とす猫を、わたしはとっさに抱きしめた。少しでも疑ってしまった自分が憎い。モモはいつだってわたしを励ましてくれる。最初は、サポーターの猫だからって本人も言っていたし、わたしもそう理解していた。この学園に入った頃は。

 けれど、それだけじゃない。今のわたしにとって、モモは、それだけの関係じゃないんだ。わたしがいつかひとり立ち出来るくらい成長しても、モモはわたしの傍にいてくれる。そう信じていた。……そうあって、欲しかった。

 そう思っているのに。本当はそう思っているのに。テレパシーでは、余計なことばかり伝わって、本当に伝えたいことは伝わらない。魔法って、何のためにあるんだろう。わたしはいつも、魔法に惑わされて、右に左に揺さ振られて、悩みを増幅させる。

 『だからこそ、学ぶんだよ』

 バツの言葉が、わたしの心の中で響いた。

「マル、いいのよ。気にしないで。でも、聞いて。あなたは自分が思っている程、頭の悪い子じゃないわ。あたしが保証する。あなたの中にいるっていうバツだって、そう言っているのでしょう?」

 モモがわたしの腕の中で語りかけてきた。ふわふわとした体が温かい。あれ、おかしいな。モモを抱きしめているのはわたしなのに、わたしの心はいつの間にか、モモに抱きしめられていた。机の上のライトが歪んで見えるのは、わたしが泣いているからなの?

「あなたは出来る子。時間はかかったっていいの。あなたはあなたの速度で成長していけば、それでいいのよ」

 モモの体は、とても温かい。冷え切ったわたしの体を温めてくれている。わたしにとって、彼女は、単なるサポーターだけの存在じゃない。大好き。モモの事が、大好きだった。

「明日の言語学、がんばるね」

 わたしはそう誓った。

 頬に流れていく何かが、とてもくすぐったかった。


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