#81
「わ、わ、わ、若様ぁぁ~~ッ!そんな~置いてかないで~ェッ!うわぁぁぁぁ~んッ!」
影人の右足と左足とを松っつんと梅ちゃんが、それぞれゴリラか何かの猛獣かの様にして必死にしがみついて同じように泣き叫んでいる。
否、泣きすがっていると言った方が適切かも知れない。
特に松っつんなどは土手っ腹に穴を空けられた瀕死の怪我人だと言う事を忘れさせるくらいの元気さだった。
「おいおい、頼むよ、2人とも竹りんを見習えよな」
そう言って影人が指差した先にいた竹りんは唐草模様のいぶし銀なハンカチで顔を覆い、ぐすぐすと鼻を鳴らして男泣きしていた。
「く、くぅ、ずびばぜぇん(すみません)・・・本当の漢って奴は、こんな事じゃ泣かないものですから、お坊っちゃまは・・・うぅ、立派になって下さい。」
「大の男が揃いも揃って情けないったら、ありゃしないのぅ。」
パコン、ペコン、ポコンと影蔵は懐から取り出した煙管で松竹梅トリオの頭を景気づけに叩いたのであった!
「シャキッとせんか!
組の留守を任せるのじゃぞ。
ほっほっほ、大丈夫、心配せんでも、何か有れば駆け付けるわい。」
背中を向けたまま、影蔵は笑顔で、そう言った。
「皆さん、急いで乗って下さい。
いやぁ、ここ、意外に道が細いものでして、反対車線からの車が通れないと思いますから・・・アハハ。」
髭面の恐そうな見た目とはまるで違う気さくなコーヒーの味にだけ頑固な薫流〔かおる〕が影人達に運転席から身を乗り出して声をかけたのであった。
薫流の運転している自動車は多分、誰しもが、ちょっとビックリしてしまうくらいに大きかった!
「あ、そっか、影人ちゃんは、もしかしたら初めて見るのかも知れないわね。
あれはね、お父さんのコーヒー以外の趣味でね、キャンプ好きが高じて、お母さんに内緒で買っちゃったアメリカ製のキャンプカーなのよ。
15人くらいは軽く住めるくらいに立派なんだって・・・」
楓は少し気恥ずかしそうに影人に耳打ちするのであった。
反対車線どころか、この路地だってギリギリの車幅じゃないのか?と思うくらいに巨大な自動車だった。
おいおい、ちょっと待ってよ、そもそも日本で走っても大丈夫なのか?と心配になる大きさだった。
運動会で子供よりも、はしゃぐ親を目の前にした様な居たたまれないくらいのなんだかバツが悪そうに、光透波と楓と美登里は、そそくさと車に乗り込んだのだった。
「ハハハ、スゲ~ぇな、コイツなら何処へだって行けそうじゃないのか。」
影人は、ちょっとワクワクしながら乗り込んだ。
念神体達は思い思いに感嘆の声を漏らして騒がしく乗り込んだのだった。
虎蔵と虎慈朗はすでに乗り込んでいて、我が家の如く寛いでる様子だった。
影蔵はチャッピーの世話も頼むと一言付け加えると車に乗り込んだのだった。
「まるで装甲車じゃないか血が騒ぐのぅ。」
車から、せり出した小さな階段をタンタンと音を立てて昇り、入り口のドアを潜ると、影蔵の目に飛び込んできた光景は車の内装とは思えないくらいに豪華な造りだった。
客間と居間が合わさった様な車内だとは思えない立派な広間。
その中ではイタリア製の気取った感じの着脱可能な連結式の長い質感の良い革のソファーに虎蔵と虎慈朗、念神体達が飛び跳ね回ったり、騒がしくしていたのだった。
そんな彼らの頭上には小さめながらもシャンデリアがキラキラと輝いていた。
ソファーの前には、こちらも洒落たイタリア製の丸テーブルが置いてあったのである。
影蔵は、それを見るとポツリと呟いた。
「これはモダンな鹿鳴館かハイカラなミルクホールのようじゃな。」
毛足の長い絨毯を土足で歩く感覚に馴染めない世代の影蔵の独り言だった。
楓と光透波は、そんなミルクホールのウェイトレスさんとばかりに、白いレースのエプロンをキュッと腰に巻いて、薫流のブレンドした御自慢の深煎りコーヒーと美登里さんの焼いた特製のシフォンケーキを運んできたのだった。
薫流のいる運転席で楽しそうに車の自慢にも似た説明を聞いていた影人も美味しそうなケーキの甘い香りとかぐわしく芳ばしいコーヒーの匂いに釣られてやってきた。
薫流も美登里が上手くコーヒーを淹れられた事に満足しつつ、全員が乗り込んだ事を確認すると、ゆっくりと出発するのであった。
「さぁ、行くぞ!」
大きな車体の割には車内にいる影人達には微かなエンジンの駆動音と車体に伝わる揺れの少なさに自慢のキャンプカーの性能の良さを垣間見た感じがしたのであった。
それから、「アッ」と言う間に4~5時間は経過したのだった。
薫流の自慢のキャンプカーと言えども、流石に舗装されていない凹凸が激しい悪路ではガタガタと大きく波打つ様に揺れるものの、今の彼らには関係なかった・・・
何故なら、虎慈朗が光透波と仲良くなりたいが為に様々なゲームを用意したのである。
定番のトランプやら樽に短剣を差し込む事で、何かが危機一髪になりそうな玩具まで色々だった。
そうして久しぶりに心から楽しんで、目一杯に遊び疲れたのか、皆、ウトウトと転た寝をしていたのである。
そんな緊張感の欠片もなくなっていた時に道案内役の影蔵が助手席から大きな声を上げた。
「見えた、見えたぞ!
・・・ほれほれ、何をしておる、皆、起きろ、起きるのじゃ!」
迫力のある影蔵の車内に響き渡る大声で、皆、何事かと飛び起きるのだが、なんと光透波だけは白虎を抱きしめたまま、すやすやと寝息を立てていたのであった。
もちろん、白虎は目覚めてはいるのだが、きつく抱きしめらている為に、どうする事も出来ずに、なすがままであった。
白虎は光透波でなければ、腕に噛みつくか爪でカリカリと引っ掻きたいところだった。
影蔵の声で皆が車窓のガラス越しに外の景色を窺っているのだが、虎慈朗は、あまりにも可愛らしい光透波の寝顔に見とれていて、ついつい、こんな妄想をしてしまうのであった。
「なんて、無防備で可愛らしい寝顔やねんな、チューとかしても、ええんやろか?
・・・ハッ、いかん、いかんで、そや、そやで、そないなコスイ真似、ようせんわ。
・・・そないな真似せんでも惚れさせてみせるちゅ~ねんな。」
どうやら、案外、男らしい一面も持っているらしく、光透波はファーストキスを奪われるという未曾有の危機を何とか乗り越えたのであるが、当の本人は、すやすやで、お眠むなモードの為に危機が訪れた事すら知らなかった。
・・・で、それは、さておき影人達が窓から見た景色は、こうだった。
真昼だと言うのに太陽の光さえ遮る様な深い闇が広がっている鬱蒼とした緑一色の森と大地。
ここは影蔵から聞かされたという薫流の話しによると富士の樹海の中でも、誰も近寄らない裏の入り口らしき場所なのだそうだ。
しかし、そんな話の最中、気付くと、いつの間にか、外に影蔵が出ていた。
影蔵が入り口の傍に立っている案内看板らしきものに何事かを呟いてから、オーラを集中させた手を翳す(かざす)と、見る間に看板が、パアッと淡い翡翠色に輝き出した!
「さぁ~てと、開けゴマ~っ・・・なんてな。」
淡い翡翠色に輝き出した看板に向かって影蔵が冗談半分で叫んでみた・・・
「そんなんで、いいのかよッ!じいちゃん!」
影人は心の中で激しく突っ込んだ。
見守っている皆も口をあんぐりしていた、ポカーンと言う効果音が鳴りそうだった。
すると、大地が鳴動し出した。
《・・・ズ、ズズ、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!・・・》
看板の手前の大地は凄まじい振動と共にバクンと地割れが起きたかと思うと、瞬間、ズンズン・・・と隆起していくのであった。
影人は思った。
「そんなの有りかよッ!」と心の中で、そう突っ込まずには入られなかった。
隆起した大地には見たことの無い文字が書かれた不思議な門らしきモノが仰々しく影人達を出迎えるのだった。
影人に窓を開けて貰って、朱雀が声を掛けた。
『その神界霊穹門は気難しい奴でね、選ばれた人間と、選ばれた人間が認めた者しか入れないんだよ!
影蔵、あんたさんじゃ、無理だよ、影人か虎の坊やに任せなさいな!』
「ほぅほぅ、そうか、なるほど、あい分かった、朱雀様、わざわざ有難う御座います。
聞こえたな、影人ッ、さっさと降りてこい、皆にカッコイイところをみせてやるのじゃ。
ハッハハハハハ・・・」
影蔵が孫に見せ場を作ってやる事にしたとばかりに影人に声を掛けた。
「なんだよ、五月蝿いな、言われなくても、俺がやってやるよ。」
勉強をしようとした時に親に勉強しろと言われた時の様な、鬱陶しい感覚を噛みしめながら、車外に飛び出していった影人である。
「凄いわ、影人ちゃん、頑張って、ファイトよ~。」
楓が小さくガッツポーズを作って可愛らしく応援してくれたのであった。
影人は笑顔で、それに応えると門の前に雄々しく立ったのであった。
門の中心部分には占い等で使いそうな水晶の球体があった。
それは赤い系統の様々な色に、ゆっくりと波打つ様に変化を繰り返しながら明滅していた。
「なんだ、これ?」
影人は不用意に、その水晶にベタベタと触ってみたのであった。
《オホン、エッヘン、我が輩に何用じゃ、小僧が・・・無礼な奴じゃのう。》
水晶が・・・否、門そのものが咳払いをして、偉そうな口調で話し出したのだった。
「うぇ~?・・・門が、しゃべりやがったぜ。」
影人は目を点にして驚いていた。
《ふむ、先程から無礼な奴め・・・ん?んん?うむむむ?》
偉そうな水晶から爪先から頭の天辺まで舐める様なジトリとした視線を影人は感じていた。
「なんだよ、さっさと門を開けろよ!」
影人は、何だかイライラして、つい喧嘩腰な口調で言っていた。
《相変わらずだ、朱雀の宿主は、いつも口が悪いのぅ。
ホッホッホッホッホ、影那の方が、まだ可愛気があったのにのぅ、久しぶりに誰か来たのかと思えば、小五月蝿そうなガキばかりとはのぅ。》
影人の肩まで窓から飛び出してフヨフヨと辿り着いた朱雀が言い返した。
『白虎と私が、あそこで修行してやろうってんだ、ヘソ曲げてないで、さっさと通してくれないかい。』
小さな念神体には似つかわしくないほどにギロリと眼光、鋭く睨み付けながら、朱雀はお願いしてみた。
《・・・わ、わ、わ、燃やしちゃダメダメ、相変わらずだよ、それじゃ、宝玉に朱雀のオーラを注ぎな、小僧。》
影人が、その言葉を受けて集中させたオーラを宝玉に注ぐと・・・




