7 始まりの日の夢
眠りに落ちた俺はある夢を見ていた。
それは俺がまだ勇者として選ばれる前、帝国の辺境にある小さな村でただの一村人として暮らしていた頃の記憶の夢だった。
「兄さん、起きてください。朝ですよ」
「んっ、んんっ……。朝、か……」
深い眠りに落ちていた俺はその声に誘われるように眠気が未だ残る目を擦りながら開ける。すると、そこには薄桜色の髪を二つに縛った可愛らしい少女の姿があった。
彼女は俺のたった一人の妹であるエイミーだ。
「エイミー、おはよう」
「おはようございます、兄さん」
俺の言葉にエイミーはそう言いながら優しく微笑んだ。
「朝食の準備が出来てますよ。兄さんも早く起き上がって下さい」
「ああ、分かった」
そして、ベッドから出た俺はエイミーと共に台所へと向かう。
エイミーは今の俺に残された唯一の肉親だった。俺達の両親は少し前に魔物に襲われて亡くなり、残された俺たちはこの小さな村で妹と二人暮らしの生活を送っていた。
幸い、両親がある程度の遺産を残してくれていた為、今の所は生活には困っていない。だが、それも決して潤沢とは言えない。近い内に仕事を見つけ、働きに出なければならないだろう。
「エイミー、今日の調子はどうだ?」
「薬のお陰か、普段よりも調子がいいです」
エイミーは幼い頃より病を患っていた。その病は今すぐに命に係わる程でもないが放っておけば、いずれは体が動かなくなり死に至るというものだった。
だからか、少し前までのエイミーは病弱で外に出る事も難しかった。
だが、ここ最近は近くの町に住んでいる腕の良い薬師が新しくエイミーの為の薬を調合してくれるようになった。その為、調子が良い様だった。
「では、早く食べちゃいましょう」
「そうだな」
俺たちは揃って朝食を始めるのだった。
「そういえば、兄さんは知っていますか? 今日、国の偉い役人さんがこの村に来るそうですよ」
エイミーが何かを思い出したような表情を浮かべながらそんな事を言ったのは朝食の最中だった。
しかし、彼女の口から出たその言葉を聞いた俺は頭の中に疑問符を浮かべた。
「こんな辺鄙な村に? 何の用なんだろう?」
このエルト村は帝国の辺境にある百人程度が暮らす小さな村だ。どうして、こんな場所に国の偉いお役人がくるのだろうか。
「そのお役人さんはとある人を探しているらしいですよ」
「とある人?」
「ええ、何でも勇者を探しているのだとか」
「勇者、か……」
勇者、その存在の名はこんな辺鄙な村の一員である俺でも知っている。
人間の敵対者たる魔物や魔族、それらを統べる魔王と呼ばれる存在と戦う事が出来る力を持つ英雄こそが勇者と呼ばれる存在だった。
そして、勇者として見事魔王を討伐したものは大いなる名誉と莫大な報奨金が与えられ、帝国の歴史に永遠に名が刻まれるのだという。俺が知っているのはこれぐらいの事だ。
そんな存在を探しに国の偉いお役人がこの村に来るのだという。
「だからか、この村で勇者の適性があるかどうかの鑑定をする勇者鑑定の儀をするそうです」
「そうなのか……」
「それで、村の若い人を対象に鑑定を行うそうです。それで、鑑定を受けるだけでも銀貨一枚がもらえるのだとか。だからか、村の若い人たちは全員鑑定を受けるらしいですよ。兄さんはどうするんですか?」
「……勇者、か。少しだけ興味があるな。それに鑑定を受けるだけで銀貨一枚も貰えるなら受けるだけ受けてみるのも良いかな」
銀貨一枚でもあれば、エイミーの病の薬を十日分買えるくらいにはなる。それに勇者という者にも少しだけ興味がある。勇者に選ばれれば、魔王と呼ばれる魔者達を率いる存在を討伐する事を求められるが、それと引き換えに国から家族を含めての好待遇を約束されているという話も聞いた事がある。
もし俺が勇者に選ばれたならエイミーにももっと良い生活をさせてやる事が出来るだろう。
「ま、平凡な俺が勇者に選ばれるなんてありえないだろうけどな」
そんな俺の言葉にエイミーはクスリと笑みを浮かべる。そして、俺たちは食事を続けるのだった。
その後、食事を終えた俺たちが後片付けをしていたその時だった。家の外から何やら騒がしい音が聞こえ始めたのだ。
「……何の音だろう?」
「分かりません。なんでしょうかね?」
「とりあえず、俺は様子を見てくる。エイミーは家で待っていてくれ」
「はい、分かりました」
そして、家を出て騒ぎの声が聞こえてくる方角へと向かうとそこには大勢の見知った顔の姿と豪奢な身なりをした見覚えのない数人の男性の姿があった。
「これは、一体なんなんだ?」
そして、俺はその中にいた親しくしている村人であるベンおじさんの方へと近づいた。
「ベンおじさん、これは一体何の騒ぎですか?」
「ああ、アークスか。あれを見てみろ」
ベンおじさんが指差した方を向くと、そこには村人の一人が村の広場の中心に安置されている見覚えのない透明な球体に手を当てている姿があった。
「あれは?」
「あそこでやってるのは勇者鑑定の儀だ。それで、あそこにある球体は勇者の宝玉という物らしい。あの宝玉に触れると勇者の適性があるかどうかが分かるんだと」
「あれが……」
その言葉を聞いた俺は思わず息を飲む。という事はあそこで行われているのが、先程エイミーが言っていた勇者鑑定の儀なのだろう。
「で、どうする。お前さんもあれを受けるのか?」
「まぁ、一応そのつもりです。受けるだけでお金もお貰えるみたいですし」
そうこうしている内に村人たちは次々と鑑定を受けていくが、誰一人として勇者としての適性を持つものは現れなかった様で、役人は落胆の様子を隠せない様子だ。
「全員適正なし、か。他にまだ鑑定を受けていない者はいないか!!」
役人の言葉に俺は手を上げる。今は家でエイミーを待たせているが、鑑定はすぐに終わるようだし折角なので受けてしまおう。
「そうか。では、こちらに来て鑑定を受けなさい」
「分かりました」
そして、俺は一度息を飲み、役人の元まで向かうと、目の前にあった宝玉へとそっと手を伸ばした。
だが、後の俺は今日のこの安易な選択を激しく後悔する事になるのだが、この時の俺にはそんな事を知る由もないのだった。




