6 変化
「そういえば、この馬車は何処に向かっているんだ?」
俺がケインにそう聞いたのは馬車が動き出してから暫くした頃だった。因みに、先程屠ったハウンドウルフの死体は全て馬車の後ろに積み込まれている。ケインが買い取る事になっているからだ。
「クルストの街だ」
「クルスト? それはノックス王国の北部にあるクルストの事か?」
「ああ、その通りだ」
その言葉に俺は少しだけ考え込む。
クルストの街は俺も知っている。かつての勇者としての旅路やその後の逃亡生活で合計数回程、来た事があったからだ。確か、クルストの街は交易の要所であり、人の往来が盛んな街だった筈だ。
(それにしても、最も近い街がクルストなのか……)
そんな事を考えた俺の脳裏にとある苦い記憶が蘇る。しかし、あれは既に終わった筈の事だ。今はこれからの復讐の事を考えなければならないだろう。
(となると、オルフェリア帝国までは遠いな……)
今の位置は俺の復讐対象となる連中が大勢いるであろうオルフェリア帝国からは離れている。だが、今の場所が何処か分かっただけでも収穫だ。それに、今のままでは復讐を成すのにも力が圧倒的に足りていない。それならば、道中で力を蓄えながら帝国まで旅をすればいいだろう。
「もう一つ聞きたい。『堕ちた勇者』の事を知っているか?」
『堕ちた勇者』、それは帝国を脱出した後の俺に付けられた蔑称だった。その蔑称と共に俺は帝国と教会によって指名手配を受け、世界から追われる身となったのだ。
「勿論知っているさ。あまり詳しくはないがな。確か、オルフェリア帝国で見いだされた勇者だろ?
魔王討伐を果たしたけど、その後に帝国の皇族を暗殺しようとしたとかで、帝国と教会が揃って指名手配を掛けたとかなんとか。それで、追われた勇者は結局逃げ切る事が出来ずに帝国と教会の追跡部隊によって殺されたんだったか」
「それって何年前の話だ?」
「流石にそこまでは覚えていないな。俺が覚えているのは確か帝国と教会が手配書を張り始めた時だけだ。それが確か三年前だった筈だ」
「三年、か……」
俺がオルフェリア帝国や教会が放った追手から逃げていた期間は確か約二年間だ。という事は俺が死んだ日から一年が経過しているという事である。
(一年、俺からすれば遥かに長かったように思えたが、それだけの時間しか経っていないとは思わなかったな。だが、丁度いい。それだけしか経っていないなら、連中もまだ生きているだろう)
連中が未だ生きているであろう事に俺は笑みを深める。すると、ケインは俺の顔を見ながら何か珍しいものでも見たような表情を浮かべた。
「それにしても、あんた黒髪黒目とは珍しいな。このあたりでは初めて見たよ」
「黒髪黒目? 誰の事だ?」
「あんたの事だよ。ここには俺とあんたしかいないだろうがよ」
「……は?」
男の言葉に疑問符を抱く。俺の髪の色は白銀に近い白色で、目の色も淡い青色だった筈だ。決して黒髪黒目ではない。
しかし、初対面の筈のこの男が嘘を言う理由もない。そう思った俺は試しに頭の髪を抜いてみる事にする。
そこにあったのは確かに黒く染まった髪の毛だった。
「これ、は……」
あの時、俺を蘇らせてくれた彼等は俺の体を再構築したと言っていた。つまり、今の体は昔とは別の肉体だ。だからこそ、髪色や目の色が変わっているのだろう。
そこで、俺は自分の顔の特徴をケインへと尋ねる事にした。
すると、彼は一瞬だけ訝し気な視線を向けてきたが、何か事情があるのだと察し、馬車の後ろの荷台を指差した。
「そこの荷台の中にある一番小さい箱の中にヒビが入った小さい鏡がある。それを使って自分の顔を確かめてみな」
「助かる」
荷台に行くと、その中にある一番小さい箱を開ける。すると、そこにはケインの言葉通り、表面に小さなヒビが入った鏡があった。
「これか」
これでは鏡としての価値は減っているが、それでも顔を確かめるには十分だろう。そして、鏡を見るとそこにはかつての俺とは違う顔が映っていた。
(……っ、これは……。昔とはかなり変わっているな……)
どうやら、髪や目の色だけでなく顔立ちも変わっている様で、多少昔の顔の名残が残っている程度には変化していた。
(これもあの時に体を再構成した影響だろうな。だが、この変化は都合が良い)
かつての俺は世界から追われる身だった。それ故、至る所に俺の似顔絵が描かれた手配書がばら撒かれていた。
あの時に一度死んだ以上、手配書は既に過去のものとなっているだろうが、それでもまだ一年しか経っていない。しかも、勇者としての旅路の中で各地を巡っていた為、俺は色々な場所で自分の顔を知られていた。
だが、この変化によって俺の事が露見する恐れは減っただろう。
「どうだ?」
「ああ、参考になった。この鏡は返すよ」
「いや、折角だし、その鏡はあんたにやるよ」
「鏡なんて高級品を俺が使っていいのか? 売り物だろうに」
「いや、鏡にはヒビが入っているだろう? それじゃあ、売り物にならないんだよ」
「そうか。じゃあ、ありがたく貰っておく」
ケインの了承を経た為、その鏡を懐へと仕舞う。
そんなこんながありつつも、馬車は速度を保ちながら大きな音を立てて街道を進んでいく。
そして、馬車に乗り込んで暫くの時間が経った頃だった。不意に強い眠気が襲ってきた。恐らく、今迄の疲れが出てきたのだろう。それに目的地はまだ先だ。休めるときに休んでおくべきだ。
「俺はここで一旦、寝る。何か用がある時は起こしてくれ」
「了解だ」
そして、眠気に誘われるようにそっと瞳を閉じるとそのまま深い眠りへと落ちていくのだった。




