3 復讐の始まりの時
全てを思い出した俺はあの最悪な日の記憶に思わず顔を顰める。
『無事に全て覚えている様だな。忘れていなくて何よりだ』
「忘れられる訳がないさ。ああ、本当に最悪な記憶だったよ……」
本当に最低で最悪な記憶だった。あれからも地獄の日々が続いたが、それでもあの日の出来事は俺の中で間違いなく人生で最も最低で最悪な日の一つだったと断言できる。
「それで、結局はお前の正体は何なんだ? あの日の出来事とお前は何の関係があるんだ?」
『俺、いや俺達はな、お前と同じ勇者として選ばれた者達、その残滓なんだ』
「……は?」
『正確に言えば、俺はあの場に捕らえられていた歴代の勇者とその生贄となった者達の魂の残滓、その集合体だ』
それは語る。曰く、オルフェリア帝国の皇族や貴族たちは建国の時代から今代に至るまでの歴史の中で俺と同じ様な勇者を生み出してはその魂を儀式で生贄に捧げてきたのだという。
そして、俺の目の前にいるのは歴代の勇者の魂や勇者たちの力を生み出す為に生贄となった魂、その残滓の集合体であるそうだ。
「なるほど……。だが、どうしてお前達が俺に……?」
『それはお前の妹のお陰だ。俺達は今まであの魔法陣によって捕らえられていた。
だが、彼女があの魔法陣を破壊した事であの場に捕られていた俺達の魂も解放されたんだ。
そして、彼女がお前を飛ばした瞬間に俺達はお前の魂に寄生する形で生き延びたんだよ。
魂の欠片でしかなかった俺達はあのままでは消えるしか無かったからな』
「……なぁ、一つ聞かせてくれ。やっぱり、あの時、エイミーは消えたのか?」
『ああ、あの時に間違いなく彼女の魂の欠片は消えた。彼女はお前を解放する為に自らの消滅すらも厭わず、あの魔法陣に残っていた俺達の力の全てを使ったんだ』
「そう、か……」
薄々は覚悟していたからショックは少なかった。それでも、こうして言葉にされるとやはり心に来るものがある。
『説明を続ける。俺たちを構成する魂の欠片は一つ一つは小さくともそれが集まれば大きな力になる。それこそ、お前が奪われた力の代替が可能になるほどにはな。そして、その力の殆どを使って死にゆくお前の体を再構築したんだ』
「……俺がどうやって蘇ったのかは理解できた。だけど、お前たちは俺に何をさせたいんだ?」
『決まっている。お前と同じさ、復讐だよ。俺から、俺達から全てを奪ったあいつらへのな。だが、残滓としてしかこの世に残っていない今の俺たちに出来る事は殆どない。だからこそ、お前に俺たちの復讐を託すんだよ』
「そう、か……」
彼らが俺と同じ勇者、その残滓の集合体なのだとしたら、あの日の俺と似たような経験をしているのだろう。
つまり、こいつらの復讐心を向ける対象は俺と同じくオルフェリア帝国に他ならない。だからこそ、彼等はこうして俺に力を貸してくれるのだろう。
『さて、他に聞きたい事は無いか? そろそろ限界が近いから、質問は俺が消える前に頼むぞ』
「ちょっとまて、お前はもうすぐ消えるのか!?」
『ああ、お前の体を作り、お前の力を蘇らせる為に随分と力を使っちまったからな。もう少しで俺という統合意識は消え、お前の力の一部となり同時にお前の中にある復讐心を燃え上がらせる燃料となるだろう。
他に聞きたい事はないか?』
そして、俺は少しだけ考え込むが特に質問したい事も無かったので、首を横に振るった。
『そうか。なら、消える前に俺達からも一つだけ聞かせてほしい。あの日、誓った復讐心。それは変わらずに残っているか?』
「ああ、今も間違いなく残っている」
あの時、必ず成すと決めた復讐の誓いは未だ俺の心に変わらず存在している。
「必ず全員、地獄へと引き摺り下ろしてやる」
『そうか……。後はお前に全てを託す。ああ、最後に警告だ。俺が消えると同時にお前の中には俺達の憎悪と絶望が濁流の様に流れ込むだろう。まぁ、発狂しない様に意識を保つ事だな』
「……分かった」
『じゃあ、後は任せたぞ』
直後、その言葉を最後に目の前にある黒い炎がまるで俺の体に取り込まれる様にしながら消えていった。短い邂逅であったが、それでも俺は彼等に感謝していた。
「……ありがとう」
そして、俺がそう呟いたその直後だった。俺は自分の中にある憎悪という名の黒い炎が更に燃え上がるのを感じ取った。
同時に先程の言葉通り、歴代の勇者とその生贄となった者達の憎悪と絶望、そして激しい復讐心が流れ込んでくる。
「うぐっ、これ、が……!!」
歴代の勇者達の絶望と生贄達の憎悪。そして、彼等が死に際に抱いた復讐心。
憎い憎い憎い!! 殺す殺す殺す!! 壊す壊す壊す!!
全てを、全てを奪った者達に復讐を!!
憎悪、怨嗟、憤怒、嚇怒、絶望。そして激しい復讐心。
言葉で表現する事すらも憚られるであろう、圧縮された数多の負の感情の数々、真っ当な精神では到底耐えられないだろうそれら全てが一気に脳内を駆け巡った。
「あがっ、ぎいっ、ぐうっ……!!」
怨念と呼んでも差し支えない程の負の感情の奔流。
それ自体は俺が蘇る際に曖昧だった意識下で味わっていた物と同じであったが、あの時とは明らかに純度が違う、密度が違う。
もし、一瞬でも気を抜けば、この瞬間にでも発狂してもおかしくない。
「がっ、があっ、あがっ、がはっ……!!」
だが、俺はそれらの数多の怨念を少しずつ、だが確実に消化していく。
「がっ、がああああああああああああああああああああ!!!!」
そうして、どれほどの時間が流れたのだろう。永劫にも思えた怨念の奔流が遂に終わりを迎えた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
何かが違えば、俺の精神は怨念に飲み込まれ、俺の自我は消え去っていただろう。そうなれば、俺は怨念だけに取り憑かれた生きた屍になっていたかもしれない。
それでも俺は何とか全ての怨念を咀嚼した。咀嚼しきった。
「は、はははっ……」
そして、咀嚼したそれらは俺の中にある復讐心を永遠に燃え上がらせる燃料と化した。
俺の中にある復讐心という黒い炎は復讐対象の全てを地獄に引き摺り込むまでもう消える事は無いだろう。
「ははははっ、俺の全てを奪ったあいつらを苦しめて苦しめて、全てを奪って、壊して壊して壊して、その上で絶望の中で殺してやる。
さぁ、ここからが俺の復讐の始まりだ」
そして、俺は今ここに再び復讐の誓いを立てるのだった。




