23 出立
「当宿のご利用ありがとうございました」
「世話になった」
グスタフへの復讐を終えた翌日の事、出立の準備を整えた俺は今まで使っていた宿屋の退出手続きをしていた。
「終わりましたか?」
「ああ」
そして、宿屋から出た俺の傍にそっと寄ってきたのは奴隷から解放されたクラリスだ。今の彼女の格好は着物と呼ばれる変わった服装を身に纏っていた。
流石に奴隷時代のボロ布を着させたまま連れ出すわけにはいかないだろうと思い、何処かで服を買う事を提案したのだが、その際に彼女はグスタフのアジトの倉庫で探し物をしたいと言ってきたのだ。
そこで見つけたのが今の彼女の着物だった。
「どうですか? 似合ってますか」
そう言いながら、クラリスはクルクルと回る。着物を着た彼女の姿は彼女の可憐な顔立ちも相まってとても神秘的で何処か不思議な魅力を放っていた。
「ああ、似合っているよ」
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいです」
クラリスの着ているこの着物は彼女の母が奴隷となる前に使っていた形見の一つだそうだ。
そして、この着物には様々な効果が付与されており、自動サイズ調整、自動修復、身体能力強化、更には彼女の火狐の力の増幅等、今のクラリスの力を強化するのに最適な装備効果があった。
この着物はクラリスたちが奴隷となった際に没収されたものの一つだったそうだ。だが、どうやら売られず、倉庫の隅に放置されていたらしい。
因みに、彼女曰く、この装備は自分のような火狐が装備しないと最大限効果を発揮しないとの事だ。
だからこそ、この着物は買い手が見つからず、倉庫に放置されていたのだろう。
また、今のクラリスは見る限りでは動き辛そうな格好をしているが、普通の装備よりも遥かに動きやすいとの事だ。
因みに、俺の装備も彼女の着物と同じくグスタフのアジトの倉庫にあった物で新調している。
「さて、行くか」
「はい」
復讐を終えた今、この街には既に用はない。俺達はこの街からいつでも出れる状態だ。そして、俺達はこの街から出るべく、街の門へと向かう。
だが、目的地に着いた直後の事だ。俺達はそこに広がっていた光景に思わず困惑してしまった。
「……えぇ……」
「……どうしてこんな行列が……」
そう、門の前には街から出ようとする者達や商人の物と思われる数々の馬車で行列が出来ていたのである。
この街に来てから今迄は毎日のように魔物狩りで街から出ていたが、今のような行列が出来ているのは初めてだ。
「……今から別の門に行きますか?」
「いや、この行列を考えれば別の所もここと同じくらい込んでいるかもしれない」
今から別の門に向かっても、ここより空いている保証は何処にもない。それにここから別の門まで移動する手間と時間を考えれば、素直にここで行列に並んだ方が早く街から出られるだろう。
そう判断した俺たちはこの行列の最後尾へと並ぶことにした。
だが、その判断は少し早計だったのだろうか。行列は何故か遅々として前に進まなかったのだ。
「中々進みませんね……」
「そうだな……」
今迄も街の外に出る為に列に並ぶことがあった。しかし、それでも、これほど行列が進まないのは今迄で初めてだ。このままでは、街から出れるのは昼前になってしまうだろう。
また、俺達の前には俺達と同じく行列待ちをしている馬車もある。
その馬車の荷台には商品と思しき木箱が所狭しと並べられている。恐らく、この馬車は商人の物なのだろう。
そして、目の前にある馬車を眺めていたその時だった。俺はふとある事を思いついた。
「……そうだ、俺は前に並んでいる馬車の御者にこの行列の事情を知っているか聞いてくる。クラリスはここで並んで待っていてくれ」
「分かりました」
そして、俺はクラリスをこの場に残し、前に並んでいる馬車の御者の男の傍へと近づいていく。
「ちょっといいか?」
「うん? なんだい?」
「この行列について知りたい。一体何があったんだ?」
「ああ、その事か」
どうやら、御者の男は少しばかり事情を知っている様だ。男は又聞きだという前置きをした上で知っている事を話し始めた。
「この街のスラムにはそこを拠点とする大きな犯罪組織があってな。なんでも、昨日の深夜にその犯罪組織が所有していた複数のアジトが何者かの襲撃で一気に壊滅したらしい。それで、その組織のボスも行方が分からなくなっているみたいなんだ。
だから、衛兵たちがその犯人を捜していて、今は時間を掛けて厳しい検査をしているんだと。その影響でこの行列だ」
「……なるほど」
男の言葉に心臓が一瞬だけドキリとする。目の前の男が話すグスタフのアジトを襲撃した事件の犯人、それは俺自身なのだから。しかし、俺は平静を装いながら話を続ける。
「元々、その犯罪組織は違法な人身売買や薬物売買まで手広く行っていたかなり黒い組織だったそうだ。
また、これはあくまで噂なんだが、その犯罪組織はこの街の領主と太い繋がりがあったらしい。賄賂を貰う見返りに犯罪組織の黒い取引の目溢しをしていたという話もある。
この厳しくなった検査もそれが関係しているんだろうと俺は思っている。領主はその犯罪組織との繋がりが露呈するのを恐れて、今頃は事件の犯人を血眼で探しているんじゃないか?」
「……因みに、その事件の犯人の目星は?」
「いや、それが犯人についての詳細は全く分からないらしい。今の所は敵対組織による犯行だと睨んでいるそうだ。だからか、街の出入りの検査を強化する事で今回の襲撃に関わりのありそうな連中をこの街から逃がさない様にしているらしい」
男の言葉に少しばかり胸をなでおろす。犯人の目星がついていないのであれば、今の内に街から出てしまえばどうにでもなるだろう。
今の俺たちの表向きの身分はグスタフとは何の関係もないこの街の普通の冒険者だ。今であれば怪しまれる事は無いだろう。
まだ俺たちの復讐は始まったばかりだというのにこんなところで時間を無駄に浪費する訳にはいかない。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、御者の男は愚痴が混じった話を続ける。
「正直、俺からすれば自分とは何の関係もない犯罪組織の連中が死んだだけなのに、無関係な俺たちまでこうして時間を取られるんだ。俺としては本当に勘弁してほしいよ」
「そうだな。教えてくれて助かった」
そして、俺は礼を言うとクラリスの元へと戻り、御者から聞いた話をした。すると、彼女も流石に少しばかり驚いたような表情を見せる。
「まさか、この行列があれの影響だとは……」
「そうだな……。予想外だったよ」
この行列の原因は自分たちの行いの結果だ。つまりは身から出た錆というやつだろう。結局、俺たちはこの行列に並び続ける事にしたのだった。




