22 交わる二つの道
「お母さん、終わったよ」
グスタフへの復讐を終えたクラリスは瞳から一筋の涙を流しながら、亡き母へとそっと祈りを捧げる。その姿が何故かとても神聖なものに思えた。
そして、俺は改めて視線を下へと向ける。
そこにグスタフの死体は既にない。灰もこの世に残っていない。その魂すらこの世には残されていないだろう。クラリスの黒い炎は文字通り、こいつの全てを焼き尽くしていた。
そして、祈りを終えたクラリスは静かに目を開けた。
「もういいのか?」
「はい」
そう言いながらクラリスはおもむろに立ち上がる。
「クラリスはこれからどうするつもりだ?」
「あの男がお母さんの心臓から取り出した魔核、それが何処に売られたのかを探します。魔核を取り戻して、お母さんを弔わなければならないですから」
「そうか、なら俺も手伝うよ」
彼女の記憶通りなら、彼女の母親の魔核は帝国の貴族に売られた筈だ。しかし、正直それだけの情報なら何処に売られたのかを探し当てるのは不可能に近いだろう。
だが、それでも手がかりは残されている。ここは魔核を売ったグスタフのアジトだ。なら、ここの何処かに魔核の取引の履歴の様な物が残っている筈だ。
そして、俺たちが次に向かったのはグスタフの書斎だった。このアジトに僅かに生き残っていたグスタフの部下から無理矢理聞き出した情報によれば、この書斎にはグスタフが今迄行ってきた取引の帳簿があるとの事だ。
クラリスは部屋に入るなり、置かれている資料を漁り始める。だが、ここで俺達はある問題に直面する事になった。
この書斎にある取引の帳簿やそれに伴う資料はかなりの数に及んでいたのだ。恐らく、グスタフは金を儲ける為にはなんでも手広くやってきたのだろう。
それらしき資料だけでも山のようにある。だが、それを目にしてもクラリスは諦める事無く、必死にそれらの資料を漁り始めた。
「どこ、どこにあるのっ?」
だが、彼女がどれだけ探しても、求めている資料が見つかる気配はない。そんな状況の中で次第にクラリスの表情には焦りが滲み始めてくる。
「これじゃない。これでもないっ!!」
しかし、彼女が焦る理由もわかる。もし、ここでどの貴族が彼女の母親の魔核を買ったのかを見つけなければならない。そうでなければ、魔核の在処を知る方法が無くなってしまうからだ。
俺もクラリスの資料探しを手伝っているが、やはりそれらしき資料は見つからない。
「これでもない、か。……次はこれだな」
そして、俺は続けて本棚から資料を何冊かまとめて取り出す。すると、その時だった。
「……なんだ、これは?」
取り出した資料の後ろに何やら物が隠されているのが目に入ったのだ。俺がそちらに目を向けると、そこには小さな金庫が隠されていた。
「おっ、これは……」
その金庫を試しに開けてみると、鍵が掛かっていなかった様ですんなりと開いた。そして、その中身を確認してみると、そこには金貨の山が入っていた。合計すると、五十枚くらいだろうか。恐らく、これはグスタフの隠し財産か何かだろう。
(丁度良い。これも貰っておこう)
これからの事を考えれば、先立つ物があって損はない。それにこの金貨の持ち主は既にこの世にいないのだ。ここにある金貨を貰っても誰も文句は言わないだろう。
そして、金貨を自らの懐に入れた俺はその後もクラリスと共に部屋を漁るが目的の物は見つかりそうにない。
「くそっ、流石にそろそろ見つけないと時間が……」
俺は声色に少しだけ焦りの色を滲ませながらそう呟く。今回の件で俺は少しばかりスラムを騒がせすぎた。
朝になれば騒ぎを聞きつけた衛兵がここを調べに来るかもしれないだろう。だからこそ、そうなる前にここから脱出しなければならない。
もし、俺達がグスタフを殺した事が衛兵に知られれば、俺達は追われる身になってしまうだろう。そうなれば、俺は復讐どころではなくなるだろうし、クラリスも母親の魔核を見つける所ではなくなってしまう。
クラリスもそれを理解しているのだろう。時間の経過と共に俺達の間に流れる焦りの空気は少しづつ増していく。
「クラリス、流石にそろそろ時間が迫っているぞ。もうここにある資料を持ち出すしかない」
俺はクラリスにそんな提案をするが、これが最後の手段である事は俺も彼女も理解していた。そもそも、何故このアジトに残ってまで資料漁りをしているのか。
その理由、それはこのアジトから出てしまえば、もう俺達はここに戻ってくる事は出来なくなってしまうからだ。俺達が去った後、ここにある資料は後でやってくる衛兵に押収されるか、処分されてしまうか、どちらにしても俺達の手が届かない場所に行ってしまうだろう。そうなれば詰みだ。
また、ここにある資料を持ち出すのもある意味賭けに近い。もし、持ち出した資料の中に魔核の売り先の手がかりが無ければそこでも完全に詰みになってしまう。
だからこそ、俺達はこうしてこのアジトに残るという危険を冒してまで資料を探しているのだ。
しかし、それでも残り時間を考えれば、資料の持ち出しを考えなければならない段階まで来てしまっている。
「……分かっています。ですが、お願いです。もう少しだけ時間を私にください」
「……分かった」
クラリスも残り時間が少なくなってきているのは分かっている。しかし、それでも諦められないという彼女の気持ちも伝わってきていた。
それにまだ時間的余裕が残されているのも事実だ。だからこそ、俺はクラリスのその懇願の言葉に頷くしかできなかった。
そして、俺は次の資料を開く。だが、そこに記されていたのは武器の密売に関しての取引履歴だ。俺達の目的の物ではない。
「くそっ、これもハズレか。さて、次は……」
そして、俺が次の資料を手に取ろうとしたその時だった。不意に俺の目にこの執務室に飾られていた一枚の大きな絵画が入ってきたのだ。それを見た俺はふとある事を思い出した。
もう、誰から聞いたかも忘れた事だったが、昔に不正をした貴族が摘発された際、自身の不正の証拠となる裏帳簿を自分の執務室に飾ってある絵画の裏に隠していた事があったという話を聞いた事があったのだ。
「いや、まさかな……」
そして、半信半疑の気持ちで絵画を取り外し、その裏側を入念に探ってみると、そこには本当に一冊の帳簿が隠されていたのだ。
(……いや、まさかこんな所に本当にあるとは……)
そして、その帳簿を流し読みをすると、そこには貴族相手への取引履歴が所狭しと記されていた。また、その中には明らかに違法な奴隷売買等の黒い取引の履歴も残されている。
「おーい、クラリス、少しいいか?」
「はい、どうしましたか?」
「クラリスの探している帳簿って、もしかしてこれじゃないか?」
俺はそう言いながら、見つけた帳簿をクラリスへと差し出した。
「アークスさん、これを何処で?」
「ここにある絵画の裏側に隠すようにあったんだ。こんな隠し方をしていたから、これは明らかに怪しいだろう?」
「……そうかもしれないですね。少し見てみます」
クラリスは俺の手から帳簿を受け取ると、それをパラパラと手早く捲り始める。そして、彼女は少しの間、資料を読み進めるが、その手はとあるページに差し掛かった時、おもむろに止まる。どうやら、目的のページが見つかった様だ。
しかし、その直後、クラリスの様子が明らかにおかしくなっていく。彼女の瞳が再び昏く染まっていく。その瞳はまるで底なし沼を思わせる程の昏さを放っていた。
「そう、そういう事だったのですね……」
そして、クラリスは呆然とした表情でそう呟きながら手元にある帳簿を床に落とした。
「……どうしたんだ?」
明らかに異様なクラリスのその姿に俺は思わず彼女が手落とした資料を手に取る。そして、先程まで彼女が読んでいたページまで捲ったその直後、俺はその内容に思わず息を呑んだ。
「これ、は……」
そこに記されていたのはクラリスの母親の心臓から取り出された魔核の取引に関する内容だった。それ自体は特に驚くような内容ではない。
俺が驚いたのは魔核が売られたその取引相手の名前だ。そこに記されていたのは俺もよく知っている名、忘れられる筈も無い名前だったからだ。
「ははっ、まさかここでお前の名前を見る事になるとはな。正直、想像していなかったよ」
そう、そこに記されていた名はオルフェリア帝国の宮廷錬金術師にして、俺の復讐対象の一人でもあるマリアナだったのだ。
そして、その隣のページにはクラリスの故郷であるコルネ村の住人のその後についても記されている。あの襲撃の後、奴隷としてコルネ村から連れていかれた村人たちはクラリスの母の魔核と一緒にあの女へと売られたようだ。
そして、彼等はそのままあの儀式に使われ、俺の勇者としての力を生み出す為の生贄となったのだろう。
「まだ、まだ終わっていなかった。そういう事なのですね」
俺がその内容に興奮を抑えられない隣で彼女の瞳が暗く、昏く染まっていく。
「あははははは、あはははははははははははっ!!」
新たな復讐対象を見つけたクラリスは昏い瞳でひたすらに嗤い続けるのだった。
そして、グスタフのアジトを出た直後の事、俺は改めてクラリスへと向き直った。彼女には一つだけ聞いておかなければならない事があったからだ。
「さて、これからクラリスは自由だ。復讐を忘れて、穏やかに過ごす事だってできる。それに、クラリスも知っての通り、俺の復讐対象は大勢いるし、連中の持つ力も強大だ。復讐を成せず、途中で命絶えるかもしれない。
それでも、本当に俺と共に来るのか?」
自分でも馬鹿な事を言っている自覚はある。しかし、それでも聞いておかなければならない。所詮、復讐は何も生まない非生産的で、ある意味では愚かな行為だ。そして、同時にこれ以上進めば、もう戻る事も出来ない、血塗られた道でもある。それに、この復讐を終えるまでにはどれ程の苦難が待ち受けているかも分からない。
だからこそ、彼女には最後に聞いておかなければならなかった。本当に俺と共に復讐の道を進むのかと。
しかし、彼女は俺の言葉に何処か呆れが混ざったような笑みを浮かべながら、首を横に振るった。
「愚問ですね。私達の復讐はまだ始まったばかり。そうでしょう?」
そう言いながら、クラリスは蠱惑的な笑みを浮かべた。
今や、俺とクラリスは魂で繋がっている。だからこそ、全てを語らずとも彼女の本心が伝わってくる。
クラリスは自分の復讐を諦めるつもりはない。そして、この復讐の道を俺と共に進む事を既に決断しているのだ。
それを悟った俺は少しの呆れが混じった表情を浮かべる。
「……そうだな、馬鹿な事を聞いた」
この街にはもう復讐対象となる相手はいない。それに経験値もある程度貯まっている。この街の周囲の魔物ではこれ以上、満足に経験値を貯める事も出来ないだろう。
故にこの街に留まる必要はどこにもない。
「さぁ、行こうか。俺たちの復讐を成す為に」
「ええ、お付き合いいたしますよ。何処までも」
そして、俺たちは次なる復讐の地への歩みを始めるのだった。




