21 クラリスの復讐
「我が内に宿りし昏き焔よ、我が呼び声に応えここに顕現せよ。【火狐の黒炎】」
クラリスがそう唱えた瞬間、彼女の手の平に一塊の炎が現れた。だが、その炎は彼女の記憶で見たものとは違い、真っ黒に染まっている。
先程の共鳴で彼女とは記憶だけではなく、俺の中にある力とも繋がっていた。その結果として、彼女の持つ火狐としての力は強化増幅されているのだ。
「ああ、いい、良いですね。これなら私の望んでいた復讐が出来そうです」
彼女は自分の中に新たに宿った力を本能的に理解しているのだろう。自らが生み出したその黒い炎を見つめながら悦に浸ったような笑みを浮かべる。
「さぁ、行きなさい」
クラリスがそう告げながら手をそっとグスタフへと向けた瞬間、黒炎は勢い良く手の平からグスタフに向かって放たれた。
「ひっ、ひいいいいぃっ!!」
こいつはその黒炎に宿った何かに本能的に忌避感を感じているのだろう。なりふり構わない様子で黒炎から逃れようとこの部屋から逃げ出そうとするが、それを見逃す程、俺は甘くない。
「逃がすかよっ!!」
俺は断罪の復讐剣を召喚すると、逃げ出そうとするグスタフを目掛けて即座に投擲する。
「あがっ!!」
手から放たれた断罪の復讐剣は右足を貫き、その直後、こいつはそのまま地面に倒れ込んだ。そして、クラリスの黒炎はグスタフへと迫っていく。
「くっ、くるなぁっ!!」
グスタフはなりふり構わず手を振るい、必死に黒炎を振り払おうとする。だが、その手は黒炎に触れたその瞬間、そこに何もなかったかの様に手をすり抜けて空を切った。
「来るな来るな来るなああああ!!!! ひいいいいっ!!」
黒炎が目前にまで迫ったグスタフは大きな悲鳴を上げる。
そして、黒炎がグスタフに触れたその瞬間だった。黒炎はこいつの体を焼く事は無く、それどころかまるで吸い込まれるかのようにこいつの体の中へと消えていったのだ。
「なに、が……」
「ふふふふっ。さぁ、ここからが始まりです」
そして、クラリスは口元を歪に歪めながら指を鳴らす。すると、その次の瞬間だった。
「なっ、があああああああああああああ!!!!」
突如として、グスタフの右足に黒炎が現れたのだ。そして、その黒い炎は時間と共に大きな炎となっていき、こいつの右足を燃やし始めた。
「あっ、あついっ、あついあついあついあついっ!! あああああああああああああ!!」
グスタフはその余りの痛みからか、この部屋の床を転がりまわる。普通の炎であれば、或いはこれで炎は消えていたかもしれないが、クラリスが生み出した黒炎はそんな生易しい普通の炎ではない。
こいつの小さな抵抗も空しく、黒炎はその勢いを僅かも衰えさせる事無く、寧ろ時間と共に勢いを増していくかの様にメラメラという音を立てて、延々と燃え続ける。
すると、グスタフは燃える体を必死に引きずりながら、今度は近くにあった水桶へと全力で近づいていった。
そして、こいつは水桶を持ち上げると、その中身を勢いよく右足へとぶっかけたのだ。だが、そんな程度で消える程、クラリスの黒炎は弱くはない。
「どうしてっ、どうして消えないんだっ!?」
グスタフは他の水桶の中身も右足へと掛けるが、黒炎の勢いは衰えるどころか、更に勢いを増していく。そして、クラリスは今まで自分を支配していたグスタフのその無様な光景に嗤いを浮かべていた。
「ふふっ、ふふふふふふふっ、あははははっ!!」
「消えろ、消えろっ!!」
「あははははははっ、本当に無様ですねぇ。ですが、無駄ですよ。その炎は私の憎悪、復讐心そのものです。そんなもので消える筈がないでしょう?」
「ああ、いい、いいよ。最高に無様だよ、お前は!! あははははははっ!!!!」
俺もグスタフのその無様さに思わず笑いが堪えられなくなる。そして、クラリスはこいつのその姿に少しばかりの充足感を得たのだろう。
「さて、次です」
クラリスはそう言いながら指を鳴らした。その直後の事だ、黒い炎がこいつの左足にも現れたのだ。その瞬間、こいつは今迄以上の絶叫を上げる。
だが、そこで終わらない。
そして、クラリスは間を開けて、指を一度、また一度、パチンパチンと鳴らしていく。すると、黒炎は右腕、左腕と続けて現れた。
「ああああああっ!!!! あついあついあついっ!!!! ああああああああああ!!!!」
「ふふっ、どうですか? あの時、お母さんが味わった痛みと苦しみ、少しでも理解出来ましたか?」
それはまるで彼女の母がされた事の再現だった。あの時、クラリスの母がされた事、それと同じ事を彼女なりに形を変えて行っているのだ。
「あああああっ、熱い熱い熱いっ!!」
「痛いでしょう? 苦しいでしょう? 辛いでしょう? ですが、簡単には終わらせませんよ。私の復讐はまだこれからなんですから」
そう言いながら、クラリスは再度指を鳴らす。すると、今度はグスタフの胴体が黒炎に包まれた。
「がああああああああああああああ、ああああああああああああああ!!!!」
その瞬間、こいつは今迄以上の悲鳴を上げる。その一方で俺とクラリスは燃えるグスタフの姿を見ながら、揃って口元を歪に歪める。
そして、それから暫くの間、俺達は燃えるグスタフの姿を愉悦に浸りながら見下ろしていたが、遂にこいつは耐えきれなくなったのだろう。黒炎で燃える体を必死に引きずりながら、クラリスの足元に縋りついた。
「たっ、頼む!! も、もう殺してくれっ!!」
「あはっ、殺して、ですか。あはっ、あはははっ、あはははははははははははっ!!!!」
グスタフのその必死の懇願にクラリスは思わず嗤いを堪えられなくなる。そして、彼女は一通り嗤い終えた後、すっと真顔に変わる。
「そんな簡単に私がお前を死なせると思っているのですか?
私が受けた苦しみ、私のお母さんが受けた苦しみ、その全てをあなたにも味わってもらうまで死ぬ事は許しません」
クラリスのその言葉は冬の吹雪を思わせる程の冷たさを放っていた。それはまるで、死という逃避すら許さないという彼女の憎悪と復讐心が現出したようだった。
「さぁ、これで最後です!!!!」
そして、彼女が三度指を鳴らした、その瞬間だった。
「ぎいやああああああああああああああああああ!!!!」
黒炎が一気に勢いを増し、同時にグスタフの口からは今迄上げていた絶叫とは一線を画した甲高い悲鳴がこの部屋全体に響き渡る。
「あはははっ、どうですか? 魂が焼ける痛みは。体が焼ける痛みとは比べ物にならないでしょう?」
それは魂すらも焼き尽くす炎。文字通り、グスタフの全てを焼き尽くす炎だ。そして、黒炎はグスタフの魂を糧に更に勢いを増す。それと同時にこいつの体は肉が溶け、骨すらも次第に溶解していく。
「人の死後、その魂は女神の御許へと向かい、女神の手によって生前の罪が全て浄化される。そして、純白になったその魂は再びこの世界へと生まれ落ちる。それが女神聖教会の教えでしたよね。
ですが、例え女神とやらがお前の罪を許そうとも、お前が犯した罪を私は決して許しません。お前には来世という希望も与えない。お前は文字通り、その魂ごと、ここで灰すらも残さず消滅するのです!!!!」
クラリスの黒い炎の勢いはまるでこの世にこいつの生きた証など何も残さないと言わんばかりだった。
「やめっ、やめっ、がああああああああああああああああ!!!!」
「ああ、最高です、最高です。私はあなたのその悲鳴を聞きたかったんです!!!!」
「いい、良いよ。素晴らしいよ。俺の中にあるこの怨念たちもお前のその苦しみの声に歓喜しているよ。さぁ、もっと苦しみの悲鳴を上げてくれ!!!!」
「「あははははっ、あはははははははははははっ!!!!」」
そして、俺たちはドロドロに溶けていくグスタフの体を見つめながら、ひたすら嗤い続けるのだった。




