16 クラリスの過去①
これは、まだ私が奴隷となる前の事、お母さんがまだ生きていた頃の記憶です。
私の名前はクラリス、このコルネ村でお母さんと二人暮らしをしています。
「お母さん、おはよー」
朝、起きたばかりの私はお母さんの元まで向かうと、朝の挨拶をします。すると、お母さんは私の声に笑顔を浮かべてくれました。
「あら、クラリス、おはよう。朝食のスープ、直ぐに温めるから少し待っててね」
「はーい」
そして、お母さんは指先から小さな火を出すと、それを釜の下にある薪に移しました。
私のお母さんは火狐という獣人族の末裔です。そして、私もお母さんと同じ火狐です。火狐はその名の通り、火を扱う事に長けた特別な種族で、先程の小さな火もその火狐としての力です。
お母さんのこの村でのお仕事はその力を使って時折、この村を襲ってくる魔物を討伐する事でした。また、火が必要になるお仕事のお手伝いもしています。
そして、お母さんは出来上がった温かいスープを机の上に並べていきました。
「はい、朝食のスープよ。召し上がれ」
「はーい」
私は用意されたばかりのスープを早速口に入れます。お母さん特製のスープはとても美味しくて、私の一番のお気に入りでした。
「どう、美味しいかしら?」
「うん、お母さんの料理は世界一だよ!!」
「そう、クラリスにそう言ってもらえると嬉しいわ」
それから、私はお母さん特製のスープをお腹一杯になるまで食べました。そして、朝食を食べ終えた私は後片付けをした後、家事をしているお母さんの元へと向かいます。
「お母さん、今日はお友達と遊ぶ約束してるの。遊びに行ってもいい?」
「あら、そうなのね。分かったわ。行っても良いわよ」
「じゃあ、お母さん、行ってきます!!」
「いってらっしゃい、クラリス。暗くなる前には帰ってくるのよ」
「はーい」
そして、私は近所に住むお友達の家に向かいました。
「クルスくん、約束通り遊びにきたよー」
「クラリスちゃん、おはよう」
そう言いながらクルス君は私を出迎えてくれました。だけど、クルスくんは少し申し訳なさそうな表情を浮かべていました。
私がどうしたのかを聞くと、クルス君は事情を説明してくれました。
「クラリスちゃん、ごめんね。急に家のお仕事を手伝わなきゃならなくなったんだ。だから、今日は遊べなくなっちゃった」
「そうなんだ……」
「だけど、明日はお休みだからその時にたくさん遊ぼうね」
「分かった!!」
そして、私は別のお友達の所に向かいました。だけど、そのお友達も家のお手伝い、体調が悪い、家族と一緒に街に行く用事が出来てしまった、と今日は運が悪く誰も一緒に遊べる相手がいませんでした。
「今日は一人か……」
流石に一人で遊ぶ事は出来ません。遊び相手もいないから家に帰ろうかと思いましたがそんな時、私はある事を思いつきました。
「そうだ、近くの森に遊びに行こう!!」
そんな事を思いついた私は村の近くにある森に向かいました。
そして、森の入り口付近に到着すると、そこには私の家の近所に住んでいる木こりのジョンおじさんの姿がありました。ジョンおじさんは愛用の斧で木を切っており、お仕事をしていた最中だったようです。
「ジョンおじさん、こんにちは!!」
「おお、クラリスちゃんじゃないか。今日はいつものお友達とは遊ばないのかい?」
「うん、今日はみんな家のお手伝いがあるみたいで遊べないんだって……。だから、今日は一人でこの森を探検しようかなって思って」
「そうかい。この辺りには魔物はいないから安全だけど、もう少し奥に行けば魔物がいるかもしれないから注意するんだよ。決して森の奥にはいかない事、魔物が出たら逃げる事、暗くならないうちに帰ってくる事、その三つを守るんだよ。いいね?」
「はーい」
ジョンおじさんの言葉に頷いた私は奥へと入りすぎて迷子にならない様に森の中を進み始めました。
「ふーんふんふんふーん」
私は鼻歌交じりに散策していきます。森の中の散策は思いの外、楽しくあっという間に時間が過ぎてしまいました。
「あっ、もうこんなに暗くなっちゃった……」
気が付けば、辺りは夕方のような薄暗い明るさになっていました。もうすぐ、日も落ちてしまい、この辺りも暗くなってしまうでしょう。そろそろ、村に戻らないと迷子になってしまうかもしれません。
それに、あまり遅くなりすぎるとお母さんに怒られてしまいます。
「そろそろ家に帰らないと……」
そして、家に帰ろうと決めたその時でした。
----ザザザザッ!!
森の奥の方からそんな木々をかき分けるような音が聞こえてきたのです。その音は次第に大きくなっていき、同時に足音のような物も聞こえてくるようになりました。
「なんの音?」
そして、その音が聞こえてきた方を向いた直後、茂みの奥から見覚えのない傷だらけの男の人がこちらに向かって走ってきたのです。
しかも、その後ろには男の人を追ってくる三体のゴブリンの姿もありました。
「くそがっ、あの野郎、しくじりやがって。あいつがしくじらなきゃ今頃は……」
男の人がそんな事を言った直後の事でした。なんと、その男の人は地面に生えていた植物の蔦に足を引っ掛けてしまい、転んでしまいました。男の人は起き上がろうとしますが、蔦が絡んでしまったみたいで、起き上がれなくなっています。
「くそっ、俺がこんな所で……」
このままではあの男の人はゴブリンに襲われてしまうでしょう。それどころか、あの人はゴブリンに殺されてしまうかもしれません。
「このままじゃ、あの人は……」
そして、少しだけ迷いましたが私は自分の力を使う事を決めました。
「【炎弾】!!」
そう叫んだ瞬間、私の手の中に大きな炎の塊が現れました。私もお母さんと同じ火狐です。炎を扱う事は私にとっては造作もない事です。
今の私は小さくて危ないからまだ火狐の力を知らない人の前で使ってはいけない、とお母さんに言われています。だけど、あんな風に襲われている人を放っておく事は出来ません。
「行って!!」
そして、私の放った炎は男の人の横を通り抜けてゴブリンへと向かっていきます。
「グギャ!?」
幼い私の炎では一撃でゴブリンを倒す事は出来ません。ですが、ゴブリンの動きを鈍らせるのには十分でした。
そして、私は続けて炎弾を何発も放ちます。
「グギャアアア!!!!」
一発の威力は低くとも、何回も当たればそれなり以上のダメージになります。私の炎を受けたゴブリンの体には火傷の跡が増え、ダメージが蓄積していきます。
「これ以上、来るなら火傷じゃすまないよ!!」
その言葉と共に私はゴブリンに強い敵意を向けました。
ゴブリンたちが私の言葉を理解したのかは分かりません。ですが、そのゴブリンたちはグギャアア!! という鳴き声を上げると、そのまま森の中へと戻っていきました。
そして、私は地面に倒れている男の人の元へと駆け寄ります。
「大丈夫ですか!?」
すると、男の人は何とか足に絡みついた蔦を外そうとしていましたが、複雑に絡み合っているのか、中々足から離れません。
「くそっ、くそっ……」
「私も手伝います」
私は男の人を助けるべく、外側から蔦を外していきます。そして、それから数十秒もすれば男の人の足に絡みついていた蔦を完全に取り除く事が出来ました。
「すまない、助かったよ。ところで、あんたは?」
「私はクラリス、この先にある村に住んでるの」
「そうか」
すると、男の人の視線は私の頭にある狐耳と尻尾へと向けました。
「あんたのその耳と尻尾、さっきの炎。あんたはもしかして火狐か?」
「そうですよ」
「そう、か……」
そして、その男の人は私の種族の事を聞いた瞬間、口元を僅かに歪めました。
「それにしても、あんたはこの先にある村に住んでいると言っていたが、その村に住んでいる火狐はあんた一人か?」
「違うよ。火狐のお母さんと二人で暮らしているの」
「なるほど、なら……」
私の言葉に男の人の口元は更に歪みましたが、今の私はそれをあまり不審には思いませんでした。
また、後に私はこの事を目の前の男に話してしまった事を激しく公開する事になるのですが、この時の私はその事を知る由もありませんでした。
「くくくっ、火狐の母子、この情報を売れば俺も……」
「? 何か言いましたか?」
「いや、何も……」
そして、その男の人はおもむろに立ち上がりました。
「俺はこれから行かないといけない場所があるんだ。だから、あんたとはここでお別れだ。じゃあな」
その男の人はそう言い残すと、何処かへと走り去っていきました。そして、一人になった私はふとある事を思い出しました。
「あっ、早く帰らないと……」
男の人との会話の時はすっかり忘れていましたが、辺りはだんだんと暗くなってきています。早く帰らないとお母さんに怒られてしまいます。
そして、急いで森を抜けた結果、私は門限ギリギリ、日が落ちる直前になんとか家に帰ってくる事が出来ました。
「お母さん、ただいまー」
「クラリス、お帰りなさい。夕食、出来てるわよ」
「はーい」
帰ってきたばかりの私はお母さんの用意してくれていた夕食を食べる為、食卓へと座ります。すると、お母さんは出来上がったばかりの夕食を机の上に並べた後、私と向かい合うように座りました。
「さぁ、一緒に夕食を食べましょうか」
「はーい、いただきまーす」
そして、私とお母さんは揃って夕食を食べ始めました。
「クラリス、美味しいかしら?」
「うん、美味しいよ。やっぱり、お母さんの料理は世界一!!」
「ふふっ、そう言ってもらえると私も嬉しいわ」
それからも私はお母さんの作ってくれた食事を食べ続けます。そして、用意されていた夕食が残り少なくなって来た頃でした。お母さんはおもむろにある事を私に尋ねてきたのです。
「そういえば、クラリス、今日はお友達と遊んだのかしら?」
「ううん、違うよ。お友達はみんな家のお手伝いで遊べなかったんだ。だから、近くの森を一人で探検していたの」
「あら、そうだったのね。じゃあ、何か変わった事は無かったかしら?」
好奇心が乗ったお母さんのその言葉を聞いた瞬間、私の胸は一瞬だけドキリとしました。何故なら、お母さんに使ってはいけないと言われていた火狐の力を使ってしまったからです。
「あっ、えーっと、な、何もなかった、よ?」
「あら、そうなのね。なら良かったわ」
私はお母さんの言葉に思わず言葉を濁してしまいました。もし、森の中であの男の人を助けた事をいえば、火狐の力を使った事を知られてしまいます。そうなれば、私はお母さんに怒られてしまうと思ったのです。
(お母さん、ごめんなさい……)
私は心の中でお母さんに謝ります。
(使っちゃダメって言われてた火狐の力を勝手に使ってごめんなさい……)
だけど、そんな事を知らないお母さんはニコニコとしているばかりでした。その後、夕食を食べ終えた私は後片付けをして、お母さんと一緒に寝床へと入ります。
「それじゃあ、お母さん。おやすみなさーい」
「はい、おやすみなさい」
そして、私はお母さんの顔を見ながらゆっくりと眠りに着きました。
この頃の私はこんな幸せな日々がいつまでも続くと信じていました。それが崩れる日がすぐそこに迫っているとも知らずに。




