15 共鳴
その日、時刻も深夜を回ろうとしていた時の事、クルストの街の一角にあるスラムのとある犯罪組織のアジトで一人の男が自らの体にある古傷に苦悶の表情を浮かべていた。
「くそっ、今日はやけに古傷が痛みやがるな……」
そう言いながら、その男、グスタフは自らの腹を擦った。そこにあるのは数年前に勇者を包囲した時に負った大怪我、その古傷だった。
あれは彼にとっては思い出したくもない大損害を負った出来事だった。
確かに勇者の情報を売った事で報奨金を得たが、結局は勇者に逃げられてしまい、捕縛の特別報酬を貰い損ねた。更には勇者の自爆紛いの攻撃によって負った大怪我を治療する為に、莫大な治療費が必要になったのだ。
結局、プラスマイナスではマイナスの方がかなり多かった。しかも、未だに時折古傷が痛み、その度にあの時の事を嫌でも思い出してしまうのだ。
「くそっ、最悪な記憶だぜ、全く……」
不思議な事に今日は何時もよりもやけに鮮明にあの日の事を思い出してしまう。あれは彼にとっては人生でも五指に入るほどの不快な出来事だった。特に彼がこの街の裏社会のトップになってからで言えば、間違いなく最悪の記憶だろう。
「……久しぶりに書類整理でもするか……」
グスタフはそう呟くと気を紛らわせるために、書類整理を始める。
そして、書類の整理をしている最中、とある取引の履歴を見ていた彼はふとある事を思い出した。
「そう言えばあの娘、そろそろ売り時だな。また、高値を付けてくれる売り先を見つけないとな」
グスタフが言うあの娘、それは彼が昔にとある村を襲った際、母親と共に奴隷とし、今はこのアジトの牢屋にて捕えている一人の少女の事だった。
母子揃ってある希少な種族であり、母親の方は捕えてから暫くした後、とある貴族へと売り、その時に得た大量の資金は組織を更に拡大させるのに大いに役立った。
そして、グスタフの手元にはまだその時に捕らえた子供の方が残っている。手に入れた当初はまだ幼かった為、母親ほどの価値はなかった。だが、あれから年月も重ね、それ相応に成長している。そろそろ売るには丁度良い年齢だろう。
「また、あの貴族にでも売るか? それとも、もっと高値を付けてくれる貴族でも探してみるか?」
そして、グスタフがその少女の売り先を考えていたその時だった。
「……なんだ?」
彼の机の上に置かれていた別のアジトへの連絡用の魔道具が反応を見せているのだ。
「こんな時間にどうした?」
「ボス、大変です!! このアジトに襲撃者が!!」
「なんだと!?」
「手下どもが次々と殺されてます!! 襲撃者はかなり手強く、俺達では太刀打ちできません!! 早く応援を……」
だが、そこまで言うと部下の声が途切れた。彼は思わず連絡があったアジトに何があったのかを考え始める。
「衛兵の摘発か?」
グスタフがまず考えたのがそれだ。
だが、それはあり得ないと即座に首を横に振る。この街の領主には自分たちのアジトの摘発を防ぐ為に多額の賄賂を渡している。
それに部下の言葉的には、摘発を受けたという雰囲気ではなく、襲撃を受けた様な口ぶりだった。
故に、彼は自身の頭の中から衛兵の摘発という可能性を排除する。
「なら、敵対組織の襲撃か?」
続いて考えられる可能性、それが敵対組織の襲撃だ。
確かに自分達の組織はこのクルストの裏社会のトップに君臨している。だが、ここではない別の街ならば話は別だ。別の街を本拠地とする犯罪組織が自分たちの勢力を拡大すべく、この街に乗り込んできたという可能性は十分に考えられる。
だが、そうであるなら事前にこの街にはそれなりの人数の構成員が入り込んでいる筈だ。しかし、情報を集めさせている部下からはそんな情報は一切聞いた事が無い。
だからこそ、グスタフは敵対組織の襲撃という可能性を頭の片隅に残しながらも、別の可能性も考え始めた。
「とにかく、別のアジトから応援を送ってやらないとな」
考えても結論は今は出ない。ともかく、別のアジトから応援を送らなければならない。そう思い、彼は応援を送るべく別のアジトへと連絡をする。だが、そこで更なる異常が彼を襲った。
「……何故だ。何故、誰も連絡に出ない?」
そう、別のアジトに連絡が繋がらないのだ。
そして、混乱しながらも更に別のアジトに連絡しようとするが、どのアジトにも連絡が繋がらない。
「くそっ、何がどうなっている!? 何故、どのアジトにも連絡が繋がらないのだ!?」
あまりの異常事態にグスタフの混乱は更に酷いものになる。
すると、そんな時だった。先程連絡が切れた筈の、現在襲撃を受けているアジトから再び連絡が来たのだ。
「ボス、今すぐそこから逃げてください!!」
「何があった!?」
「ウチの馬鹿が襲撃者に脅されてボスのアジトの場所を吐きやがったんです!!」
「なんだと!?」
「このままだと、あいつはそっちに……」
だが、部下がそこまで言うと、連絡は再び途切れた。
その瞬間、彼の直感が囁いた。何か自分の知らない、しかし自分にとって何かとても不都合な何かが起きているのだと。
「くそっ、まずいな……。こうなったら、避難用のアジトに逃げるしかないな……」
こんな事もあろうかと事前に用意していた避難用のアジト、その場所を知っているのは彼自身を除けば組織の中でも数人だけだ。
そこに逃げ込めば、ほとぼりが冷めるまでは見つからない筈だ。そうして、ほとぼりが冷めた後で襲撃を企てた奴に制裁を与えればいい。そう考えた彼は大急ぎでここから逃げる準備を進めていく。
そして、逃げ出す準備が完了する直前、彼はある事を思い出した。
「……そうだ。逃げるなら、あいつも連れていかないとな」
そう呟いたグスタフがその足で向かったのは自身のアジトの一角に用意してある牢屋部屋だった。
その部屋にある牢屋の中には一人の少女が鎖で手足を縛られた状態で入れられていた。その少女の頭には狐耳が生えており、下半身からは五本の尻尾のような物が生えている。
また、その少女の瞳は昏い色を宿しており、部屋に入ってきたグスタフを見るなり、彼に向かって殺意に満ちた視線を向ける。
「……何の用?」
「命令だ。俺についてこい」
しかし、当のグスタフはその少女の視線を気にする事無く、そう命令を出すと牢屋の傍まで近づいていく。
そして、彼が牢屋の鍵を開け、その中へと入ろうとしたその時だった。
「やっと見つけたぜ。久しぶりだな、グスタフ。あの時の裏切り、その復讐をさせてもらうぞ」
そう言いながら、この部屋に入ってきたのは黒髪黒目の一人の見覚えのない男だった。
「やっと見つけたぜ。久しぶりだな、グスタフ。あの時の裏切り、その復讐をさせてもらうぞ」
俺は遂に見つけたグスタフに向かってそう告げる。
こいつがいるアジトを見つけるのはかなり苦労した。過去の取引の際、俺はこいつの本拠地に一度行ったことがあったので早速とばかりにそこに強襲を掛けた。だが、どうやらこの数年の間に本拠地を移動していたようで、そこにこいつはいなかったのだ。
しかし、それでもその場所は組織のアジトの一つとして利用されていた為、そこにいたこいつの仲間を脅して本拠地の場所を吐かせようとしたのだが、どうやらそこのアジトにこいつのいる本拠地の場所を知る奴がいなかった。そこで俺はこいつの仲間から別のアジトの場所を聞き出し、そこに襲撃を掛けたのだ。
だが、そこでも運悪く本拠地の場所を知っている者がいなかった。或いは、知っていた者が口を割らなかっただけかもしれないが。
結局、そうして本拠地の場所を聞き出す為に、三つ全てのアジトを襲撃する羽目になったが、その甲斐もあって遂に俺を売ったこいつのいるこの場所まで辿り着く事が出来た。
「っ、誰だ、お前は!?」
「ははっ、おいおい、酷いな。俺の事を忘れるなんてなぁ」
「どういう事だ……? 俺はお前の顔なんて知らないぞ!!」
こいつは本気で俺の事を忘れているようだ。なら、無理にでも思い出してもらおう。と、そこまで考えた時、俺はある事を思い出した。
「ああ、そう言えば、俺の顔は昔と変わったんだったな。なら、改めて自己紹介でもしようかね。俺の名前はアークス。あの時、お前が売った勇者だよ」
その瞬間、グスタフはあり得ないものを見るような目で俺を見てきた。
「なっ、勇者だと!? お前は一年前に死んだ筈だ!!」
「ああ、そうだよ。だけど、あれから色々あってな。こうしてお前たちに復讐する為に蘇ったんだよ。まぁ、その影響か顔や髪色まで変わったんだがな」
「うっ、嘘だっ、嘘だ嘘だ嘘だっ!!」
そして、グスタフは現実逃避をするように首を何度も横に振る。こいつのこんな無様なその姿を見られるだけでここまで追い詰めた甲斐があった。
「嘘、かぁ。酷いなぁ。なら、俺が勇者だっていう証拠を見せてやるよ。召喚、【断罪の復讐剣】」
俺は【断罪の復讐剣】を召喚し、それをグスタフに見せびらかせる。
「ほら、お前もこれには見覚えがあるだろう? 俺が勇者時代に使っていた聖剣さ。まぁ、今はこうして色も変わって魔剣になってるんだけどな。
あ、因みにお前のアジトを襲撃したのは俺だ。お前の三つのアジトにいた部下だが、今頃全員くたばってるだろうな」
「嘘だっ、有り得ないっ!!」
「嘘じゃないさ。魔王を討伐した偉業、お前も知っているだろう? 俺が討伐した魔王に比べたら、あの程度の連中の相手は赤子の手を捻るよりも簡単だったよ」
そして、俺はそう言いながらグスタフへと歩み寄っていく。
「来るな、来るな来るなっ!!」
すると、グスタフはまるで逃げる様に牢屋の中へと入っていった。この部屋への唯一の出入り口前に俺が立っている以上、そこにしか逃げる場所が無いのだろう。
「正直、お前が生きてるとは思わなかったから、どうやって殺すかは考えてなかったんだよ」
とりあえず、拷問でもしてからゆっくりと嬲り殺しにでもしてやろうか、そう考えながら【断罪の復讐剣】を片手にゆっくりと牢屋の中へと入り、怯えるグスタフへと歩み寄ったその時だった。
「待って」
「……誰だ?」
声が聞こえた方を向くと、そこにいたのはボロ布を着た少女だった。その少女の頭には狐耳が生えており、彼女の足元からは五本の尻尾が見えている。この少女は恐らく狐族の獣人なのだろう。
また、手足には自由に身動きが取れない様に錠が着けられており、首には奴隷の首輪が嵌められている。状況から察するに、この少女はこいつの奴隷か何かなのだろう。
だが、不思議な事にその少女は明らかに俺に敵意を向けていた。しかも、その敵意の深さは尋常なものではない。
「その男をお前には殺させない」
「お前、まさかこの男の事を……」
だが、俺の言葉はそこで止まった。最初は言動からこの少女がグスタフを庇おうとしているのだと思ったのだ。しかし、少女のその瞳の奥に宿るものを見た瞬間、俺は自分の考えを恥じた。
「その男を殺すのは私」
そう告げる少女の目は深い憎悪で昏く染まっている。間違いない、復讐者の目だ。
「おい、お前は……」
そして、俺がその少女に手を伸ばしたその瞬間だった。俺の中にある力、怨念たちの一部が突如として俺の意思を無視して、暴れ始めたのだ。
「がっ……、なに、が……」
俺は自分の中から溢れ出そうとする力を必死に抑えようとするが、まるで言う事を聞かない。その勢いは減衰するどころか、目の前にいるこの少女と共鳴するかの様に更にその勢いを増していく。
そして、その力は黒い炎となって現出し、俺とその少女を包み込んでいく。
「これ、はっ……!?」
「はぐっ、があああああああああああああああああああっ!!」
その瞬間、脳内に膨大な情報が流れ込んでくる。そして、俺の意識はその情報に流されるままに途切れるのだった。




