14 過去の一幕
それは、俺がオルフェリア帝国と教会から追われ始めてから暫く経った頃の事だった。
その頃の俺は帝国と教会から放たれた追手に追われながらもこのクルストまで逃げ込んでいた。
そして、暫くの間はこの街で潜伏生活をしていたが、そんな生活も長くは続かなかった。帝国や教会が放った追手が遂にクルストまで迫ってきたのだ。
それを知った俺はこのクルストからの脱出を計画したが、時すでに遅し、既に街の出入り口には既に多数の衛兵が厳戒態勢を敷いており、普通の方法では街から出る事が出来そうになかった。
そして、窮地に陥った俺は街からの秘密裏の脱出という依頼をある男に依頼する事にしたのである。
「グスタフ、本当にこの道を通れば街の外に出られるのか?」
「ああ、この地下道は俺の組織が街に非合法品を持ち込む為に使っている道だ。ここを使えば衛兵に知られる事なく、外に出られるだろうさ」
俺のそんな言葉にそう返事を返したのは、グスタフという男だった。
この男はクルストの街の裏社会の元締めであり、クルストを拠点とする犯罪組織のボスでもある。俺がグスタフという男を知ったのは偶然だった。
犯罪組織のボスというその立場からこのグスタフは明らかに危ない人物だが、そんな男だからこそ、何らかの裏のルートがあると思い、話を持ち掛けてみたのである。
すると、グスタフは自分たちの組織が使っている秘密の地下道であれば、追手や衛兵に知られる事なくクルストから脱出できる為、そこを利用すればいいという話をしてきた。
勿論、その地下道の使用や口止めと引き換えに多額の前金と報酬を要求されたが背に腹は代えられない。追手に捕まってしまえば元も子もないからだ。
そして、俺が今いるのはそのグスタフの組織が所有している秘密の地下道であった。
「安心しろ、出口はもうすぐだ」
「……そうか、分かった」
そして、グスタフの言葉通り、それから少しの間、歩き続けると長かった地下道は遂に終わりを迎え、出口が現れたのだ。その出口から外へと出ると、そこは確かに街の外にある森の中だった。
「本当に、街の外に繋がっていたんだな……」
「約束通り、この地下道の事は秘密で頼むぜ。それよりも、さっさと残りの報酬をよこしな」
「分かってる」
俺は懐から今回の依頼料が入った袋を取り出すと、そのままグスタフへと手渡した。現在の懐事情を考えると、この出費はかなりの痛手だが、それでも必要経費として割り切るしかない。
「確かに」
グスタフは袋の中に報酬が入っている事を確認すると、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「……っ」
その笑みを見た瞬間、俺の脳裏に何故だか嫌な予感が過ぎる。そして、それが真実だと証明するかのようにグスタフは視線を森の奥へと向けた。
「さて、そろそろあんた等の出番だ。頼むぜ」
グスタフがそう告げたその直後だった。森の奥から多数の人間たちが俺を取り囲むように現れたのだ。
「なっ……」
周りにいるそいつらの服装から、俺は連中の正体を察した。
間違いない、こいつらは俺を追ってきていた教会所属の騎士や僧侶たちだ。恐らく、気配遮断の魔法か何かでも使用していたのだろう。俺は不覚にも連中がこうして周囲にいた事に全く気が付く事が出来なかった。
そして、同時に俺はグスタフが何をしたのかを悟った。
「……グスタフ、お前、俺を、売ったのか……」
「ああ、お前には帝国や教会から莫大な懸賞金が掛けられているのを知っているだろう? お前から報酬と合わせて、俺は大儲けだ」
「クソ野郎がっ……」
グスタフの裏切り行為に思わず、悪態をつくが今はこいつの裏切りを気にしている場合ではない。まずは目の前にいるこいつらに対処しなければならない。
すると、その直後の事だ。正騎士や僧侶たちの中でも一際、豪奢な身なりをした一人の男が俺の前へと歩み出てきたのだ。
「マティアス……」
その男の姿を見た俺は思わずそう言葉を零す。
男の正体、それは俺のかつての仲間の一人であり、教会騎士団の頂点に君臨する聖騎士の一人であるマティアスだった。
「久し振りですね。勇者アークス」
「お前も俺を追ってきていたのか……」
「ええ、その通りです。ですが、あなたを追ってきているのは私だけではないですよ」
それは一体どういう事だ、そう俺がマティアスにそう尋ねようとしたその時だった。
マティアスの後ろから歩み出てきたのは柔らかな笑みを浮かべる、純白の法衣を身に纏った一人の女性だった。俺は彼女の姿を見た瞬間、思わず息を飲む。
彼女こそ、女神聖教会の象徴、女神の神意代行者にして聖女であるクリスティアだった。
「……クリスティア、お前までもか」
「お久し振りです。こうして、あなたと再会できる日を心待ちにしていましたよ」
「……そうか、俺はお前にだけは会いたくはなかったよ」
そう言いながら、俺はマティアスとクリスティアの二人に最大限の警戒心を向ける。
正直、状況は最悪だ。マティアスがいるだけでも状況は悪いというのに、普段は女神聖教の総本山である大聖堂に住まうクリスティアまで俺を追ってきているのは完全に想定外だ。
クリスティアもマティアスと同じく俺と共に魔族やそれを率いる魔王と戦ったかつての仲間だ。
だからこそ、こいつらの力は嫌というほど知っている。力を奪われて弱体化した今の俺、それに比べて魔王軍と戦った時の力を保っているマティアスとクリスティアの二人、そして二人をの周りにいる教会の騎士や僧兵達、彼我の力の差は歴然だ。
味方だった時は頼もしかったこいつらだが、敵となった今では恐ろしい強敵と言わざるを得ない。それでも、俺はこいつらに簡単に屈する訳にはいかなかった。
「【光輝なる聖剣】、召喚!!」
そして、俺は【光輝なる聖剣】を召喚する。だが、その直後の事だ。クリスティアは傍にいた騎士から手渡された長杖をそっと天へと掲げたのだ。
「偉大なる女神よ、貴女の信徒にして代行者たる聖女クリスティアが願います。その御業をここに、【女神の鎖】」
すると、その直後の事だ。俺の右手にあった筈の【光輝なる聖剣】が光の粒子と化し、霧散していったのだ。
「なっ……」
想定外の出来事に俺は一瞬だけ驚愕するが、更なる異変はその直後に訪れた。
次の瞬間、俺の足元に見覚えのある魔法陣が現れたのだ。直後、体に酷い脱力感が襲ってくる。そして、俺は足元にあるこの魔法陣の正体を悟った。間違いない、これはあの帝城にあった魔法陣と同じだ。恐らく、あれを応用した何かがこの場に用意されていたのだろう。
「うっ、ぐうっ……」
「我々はあなたがここに来ると予め分かっていたのですよ。当然、それなりの対策は用意しています」
「くっ、くそがっ……」
俺はクリスティアやマティアスとその周りにいる教会騎士の連中、そして俺を売ったグスタフへと忌々し気に睨みつけるが、連中はそんな視線にも何処吹く風だ。
すると、クリスティアの傍に控えていたマティアスは視線をグスタフへと向ける。
「さて、グスタフよ。事前に話した通り、聖女様はこの場から動く事が出来ません。あなたは勇者アークスを捕らえなさい」
「ええ、その代わり、報酬は当然弾んでもらいますよ」
「分かっています」
グスタフは鎖のような物を手に、俺へと歩み寄ってくる。
「さぁ、勇者よ。大人しく我々に捕まり、その身を女神様に捧げるのです」
「…………りだ」
「何か言いましたか?」
「お断りだっ!!」
そして、俺は脱力感で鈍くなった腕を何とか動かし、懐から十数個の魔石を取り出すと、それをそのまま地面へとばら撒いた。
「魔石爆弾、起爆!!」
地面に転がる魔石は俺のその言葉に反応し、白く輝き始める。かつて、オルフェリア帝国の皇城で力を奪われた俺は【光輝なる聖剣】の力が再び奪われたり、何らかの手段で封じられて使えなくなる可能性を想定していた。
その為、俺はそれに備えた代用の手を幾つか用意していたのだ。その内の一つが今地面にばら撒いた今地面にばら撒いた魔石爆弾だ。
一方でその魔石爆弾を見た教会の連中は何が起こるのかを悟ったのだろう。特に聖女を守るマティアスは焦ったような表情を浮かべている。
「っ、まさかっ!? 全員防御魔法を使用しなさい!! 聖女様をお守りするのです!!」
教会の連中はマティアスの言葉で防御魔法を展開し、自分たちの身や仲間、そして聖女を守ろうとする。
「防壁、展開!!」
同時に俺は懐に仕込んでいた防壁用の魔道具を展開した。
----ドゴオオオオオオオオオオオン!!!!
その瞬間、魔石が凄まじい輝きを放ちながらそんな音と共に勢い良く爆発する。
「があああああああああああっ!!!!」
直後、俺は魔石爆弾の爆発に飲まれた。幾ら、防壁用の魔道具を展開していても、この至近距離での爆発の威力を完全に防ぐ事は出来ない。
その一方で、マティアスの指示が素早かったのか、俺からある程度の距離を取っており、尚且つ防御魔法の展開が間に合った教会の連中には大したダメージは入らないだろう。しかし、俺がこの魔石爆弾を使った本当の目的は別にあった。
至近距離での爆発とその余波で発生した激しい爆風によって、俺の体は勢い良く空へと投げ出されたのだ。
「っ、しまったっ!!」
爆風を利用した空からのこの包囲網からの脱出、それが俺の本当の目的だった。マティアス達も俺の狙いに気付いたようだが、もう遅い。
爆風で遠くまで吹き飛ばされた俺は連中の張っている包囲網を抜け、更に遥か遠くへと飛ばされるのだった。
「……痛っ、くそっ……」
そして、吹き飛ばされた先の森の中で思わずそう呟きながら、俺はボロボロになった自分の体をなんとか起き上がらせる。防壁の魔道具で爆風はある程度防いだが、それでも、あれだけの爆発を至近距離で受けたのだ。流石に無傷では済まず、全身の至る所から血が流れている。
「くそがっ、グスタフめ、ざまぁみろ……」
防壁の魔道具で爆発を凌いだ俺ですらこれほどボロボロなのだ。防御魔法を展開していた教会の連中はまだしも、俺と違って何の準備もしていないにも関わらず、俺と同じく至近距離で爆発を受けたグスタフが到底あの場で生き残っているとは思えない。
俺を裏切った報いだと思えば、良い気分だ。だが、そんな良い気分も長くは続かなかった。
「追えっ、絶対に逃がしてはなりません!!」
遠くからそんな声が微かに聞こえてくる。この声の主はマティアスだろう。
「くそっ、もう迫っているのか……」
俺が飛んでいった方角は既に知られている。体はボロボロだが、今は傷の回復をしている余裕はない。あと数分もすれば、マティアス率いる教会の騎士たちがここまで迫ってくるだろう。
だが、クリスティアが作ったあの魔法陣から離れられたおかげで、今まであった虚脱感は既に消えている。今なら無理をすれば、ここから逃げられるはずだ。
「とにかくここから離れないと……」
そして、傷だらけの体を必死に動かしながら、急いでこの場から離れるのだった。




