12 企み
それは、冒険者ギルドでアークスとレオナルドの二人の決闘が行われてから少しの日数が経ったある日の事だった。その日の夕刻、クルストの街のスラムに近い場末の酒場で一人の男がその表情を怒りに染めながら、浴びる様に酒を飲んでいた。
「くそっ、あの野郎、絶対許さねぇ……」
その男の名はレオナルド、冒険者ギルドの決闘でアークスに負けたBランク冒険者だ。
彼は普段、酒を飲む時には冒険者ギルドに併設された酒場を利用しているのだが、今はその酒場を利用できない。
アークスへのあの最後の攻撃によって彼は冒険者ギルドから、厳重注意と一定期間のギルド関係施設の禁止を言い渡されているからだ。
また、ギルドの付近にある酒場も利用できない。何故なら、そのような酒場では多数の冒険者が利用しているからだ。
今の彼は新人に負けたベテラン冒険者、相手の力量すら見分けられずに決闘で負けた愚か者という嘲笑にも等しいレッテルを張られている。
そんな状況で冒険者ギルドの近くの酒場に行けば、そこを利用している他の冒険者から笑いものにされるだけだろう。彼のプライド的にそれは絶対に認められない事だった。
だからこそ、レオナルドは自分の顔を知っている冒険者がいないであろうこんな場末の酒場を利用するしかなかったのだ。
そして、彼にとって何よりも屈辱だったのは、登録したばかりの新人冒険者に手も足も出ずに負けた事だ。
しかも、レオナルドが最後に放った卑怯な不意打ちで彼の名誉は地に落ちたと言っても過言ではない。レオナルドはその事実を忘れるかの様に酒場の店員を呼び寄せる。
「おい、酒を追加だ!!」
「分かりました。少々お待ちください」
そして、彼が追加で注文した酒が運ばれてくるのを待っていたその時だった。
「よう、レオナルドじゃねえか。どうしたんだ、こんな所で」
そう言いながら、レオナルドの向かいに一人の男が突然座ったのだ。男のその行いにレオナルドは一瞬だけ怒りでその男を睨みつけるが、男の顔を見るなり、レオナルドは今迄浮かべていた怒りの表情を緩めた。
「ザックじゃねえか」
「おう、久しぶりだな」
その男の名はザック、レオナルドの昔なじみの男だった。そして、ザックは自分の分の酒を注文すると、そのまま物珍しげな眼をレオナルドへと向けた。
「珍しいじゃねえか、こんな所で飲んでるなんて。今日はギルドの酒場じゃないのか?」
「ああ、まぁ色々あってな。お前の方こそこんな所でどうしたんだ?」
「俺はボスから頼まれた仕事の帰りさ。それで、少し時間が出来たからこの酒場に寄ったんだが、その時に偶然お前の姿を見かけたんだ。そんで、こうして声を掛けたわけだよ」
「なるほど、そうだったのか……」
「俺が話したんだから、お前の方も聞かせろよ。ギルドの酒場じゃなくて、こんな場末で飲んでる理由をさ」
「…………分かった。だが、絶対に笑うなよ?」
そして、レオナルドは今迄にあった事をザックへと話し出した。
ギルドで新人に絡んだ事、その新人に決闘を申し込まれた結果、その決闘に負けた事、その後に怒りのあまり決闘相手に不意打ちをした結果、ギルドから暫くの間、出禁を食らった事などだ。
だが、レオナルドの口から語られたそれら一連の出来事の話を聞き終えたザックはその話の内容に笑いを堪えられなかった様で、ケラケラと笑い始めた。
「じゃあ、なにか? お前はその新人に負けたと? Bランクのお前が?」
「くそっ、笑うなって言っただろ!!」
だが、レオナルドの咎めるようなその強い言葉を気にする事無く、ザックは笑い続ける。そして、一通り笑い終えて彼は満足したのか、改めてレオナルドへと視線を向けた。
「いやぁ、すまんすまん。しかし、一つだけ聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「お前はその男に報復しないのか?」
「報復?」
「そうだ。このまま、やられっぱなしでおめおめと引き下がるつもりか? Bランクまで上り詰めたお前がその男にやり返さないつもりなのか?」
報復、やり返す。ザックの口から放たれた言葉にレオナルドは一瞬だけ考え込むが、諦めたように首を横に振る。
「……だが、あの決闘で思い知らされた。俺一人じゃあ、あの男には敵わないってな」
レオナルドの頭に今までその発想が出なかったその理由は単純だ。あの決闘でアークスに実力差を理解させられたからだ。
あの決闘はまぐれや運の要素は一切なかった。彼が再びアークスに挑んでも負ける可能性は大きいだろう。
「だったら、俺がお前に力を貸してやるよ。その男がお前より強くとも、俺の仲間と一緒に奴に襲撃を仕掛ければ勝てるだろう?」
「それ、は……」
ザックのその言葉を聞いたレオナルドはその心のベクトルを次第にアークスへの報復へと向けていく。
このザックという男はこのクルストの街のスラムを拠点とする、とある犯罪組織の構成員だった。しかも、末端ではなくそれなり以上の地位にいる組織でも上位の人間であった。
実際、かつてその素行の悪さから小さくない問題が起きた時、レオナルドはザックに頼み、秘密裏にその問題を処理してもらった事があった。
今のレオナルドではアークスには敵わない。だが、目の前にいるザックとその仲間の力を借りれば話は変わってくるだろう。
しかし、分からないのはそんな提案をしてくる彼の目的だ。それをレオナルドが問いただすと、ザックは思いの外簡単に理由を話し出した。
「最近、ボスからの突き上げが厳しくてな。上納金用の金が欲しいんだよ」
「つまり、お前の目的は報酬か」
「そうだ。お前も一応はBランク冒険者だろ。それに、結構ため込んでるのも知っている。だから、この依頼の成功の暁には報酬はタンマリ貰うぜ」
ザックのその言葉にレオナルドは考え込む。確かにこいつに依頼をすれば、それなりの金を持っていかれるだろう。実際、前回の問題を解決してもらった際にはかなりの額を持っていかれた事を彼は覚えている。
しかし、レオナルドは曲がりなりにもBランクの冒険者だ。金はそれなりにため込んでいる。その貯金の一部を切り崩せば、報酬は十分に支払える。
それにアークスにやり返せば、レオナルドの心は晴れるだろう。そして、またこいつに支払う分の報酬を稼げばいい。ただそれだけの簡単な事だ。
「そうか。だったら、お前に頼むぜ、あのアークスという男への襲撃をな」
「ああ、他ならぬお前の頼みだ。そいつを一緒に始末してやろうぜ」
そして、レオナルドとザックは軽く握手をした後、互いに口元を歪めるのだった。




