10 騒動
冒険者登録を行った日から数日が経ったある日、俺は再び冒険者ギルドを訪れていた。その目的は一つ、昨日までに狩った魔物の売却の為だ。そして、ギルドの中へと入った俺が早速向かったのは魔物の買い取りカウンターだった。
「魔物を狩ってきた。買取を頼む」
「あなたは確か、数日前に登録されたアークスさんでしたね。では、こちらにどうぞ」
俺の応対をしたのは先日の冒険者登録の際に俺の登録を行ってくれた受付嬢であった。その為、俺の事を覚えてくれていたようだ。
そして、俺は早速ポーチから魔物の死体を取り出していく。受付嬢はこの手の対応に慣れているのだろう。最初の方は顔に笑みを浮かべながら、冷静に魔物の数を数えていた。
だが、その数が一体、また一体と増えていくにつれ、受付嬢の笑みは次第に焦りへと変わっていった。
「ちょ、ちょっと、まだあるんですか!?」
「いや、これで最後の一体だ」
そして、俺は最後の魔物を取り出す。だが、それらの魔物を見た受付嬢は明らかに俺に訝し気な視線を向けている。
「先日登録されたばかりだというのにこれほどの数の魔物を?」
「ああ、そうだが。何か問題があるか?」
「問題はありませんが……。一応聞きますが冒険者規則に違反した行為はしていませんよね?」
ここでいう、冒険者規則というのは恐らく魔物の持ち込みについての規則だろう。かつて、ランクを上げる為に、自分で狩った魔物ではなく他人が狩った魔物を金で買い取ってそれを冒険者ギルドに持ち込む奴がいたらしい。
それが発覚した後、冒険者ギルドに持ち込む魔物は全て自分やパーティーで狩った魔物に限定される規則になったそうだ。
そして、目の前にいる受付嬢は俺がその規則に違反していないかを疑っている様だ。
「誓って、規則違反はしていない。ここにあるのは全部俺が討伐した魔物だ」
「そう、ですか……」
しかし、俺の説明に受付嬢の表情は納得していないようだ。
冒険者としての活動を始めたばかりでレベルがたった1しかなかった俺がこれだけの数の魔物を持ち込めば、ギルドからは怪しまれるのは当たり前だろう。
だが、どうせこの街には長居する予定はない。経験値とそれなりの路銀を稼げば、この街から出るつもりだ。
多少怪しまれるよりも、一刻も早くこの街から出る為の路銀を稼ぐ事の方が俺にとっては優先事項だった。それに、事実としてここにある魔物達は全て俺が自分の手で討伐したのだ。問題はない筈だ。
また、受付嬢の方も多少怪しくはあっても、明らかな不法行為の証拠が見受けられない以上、普段通りの対応をするしかないと判断したのだろう。
「では、査定の方をさせていただきます。数も多いので、少しお時間を頂きます」
「分かった」
それから暫く待っていると、査定が終わった様で受付嬢が報酬を持ってきた。
「お待たせいたしました。こちらが討伐報酬になります。ご確認ください」
そして、俺は報酬を確認する。その額はかなりのもので、このまま稼いでいけば帝国に向かう為に必要となる路銀もすぐに貯まるだろう。
(このままのペースで稼げば、二十日もあれば十分な額になるな)
そして、渡された討伐報酬を手に出口へと向かおうとしたその時だった。
「おい、そこの兄ちゃん。ちょっと待ちな」
突然聞こえてきたその声が聞こえてきた方を向くと、そこにいたのは冒険者ギルドに併設された酒場で酒を飲む一人の男がいた。その恰好からしてこの街の冒険者の一人だろう。
そして、その男はおもむろに立ち上がり、俺の前までやってきた。
「あんた、見ない顔だな。新人か?」
そう言いながらも、その男の口元は歪に歪んでいる。かつての経験から、俺は自分に向けられる悪意や敵意に敏感になっていた。
それ故、目の前のこの男が俺に対して悪意を向けている事がはっきりと分かった。
「ああ、つい数日前に登録したばかりの新人だ」
俺がそう言葉を返すと、その男はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。
「俺の名前はレオナルド、この街の冒険者ギルドに所属する冒険者の一人だ。つまり、お前の先輩冒険者になる訳だ。折角の機会だ。俺が冒険者の何たるかを教えてやるよ。代わりに貰うものを貰うけどな」
そう言いながら、その男の視線は俺の持つ先程の報酬が入った袋に向けられていた。この男の目的は先程貰った討伐報酬なのだろう。
つまり、ただの新人イビリと搾取がこのレオナルドという男の目的なのだろう。だが、正直に言えば今の俺にとっては面倒なので関わり合いになりたくない類の相手だ。
「興味ない。他を当たってくれ」
俺は素っ気なくそう返事を返して、ギルドから立ち去ろうとするが、レオナルドは俺がギルドから出れないように立ち塞がった。
「おいおい、そんな事を言うなよ。先輩の俺が折角教えてやると言ってるんだ。大人しく従っといた方が賢明だと思うがな」
レオナルドはそう言うと、俺の肩にそっと手を置く。
「触るな」
だが、俺は自分の片に置かれているレオナルドの手を払い除け、そのままこの場から立ち去ろうとする。
「っ、おい待てっ、この野郎っ!!」
すると、レオナルドは怒りの形相を浮かべながら、俺を制止するかのように再び俺の肩へと手を置いたのだ。だが、先程とは違い、その手には明らかに力が入っている。
そして、俺が再度こいつの手を払いのけようとしたその時だった。
「ちょっと、レオナルドさん、ギルド内での揉め事は禁止ですよ!!」
そう言いながら、俺とレオナルドの諍いに割り込んできた人物がいた。それは先程まで俺の対応をしていた受付嬢だった。
「レオナルドさん、これで何度目ですか。新人に集るのはそろそろやめてください」
「おいおい、酷い事を言うなぁ。俺は集っちゃなんかいないさ。俺が面倒を見てやった新人の連中からは文句の声は聞こえてこないだろう?」
「そ、それは……」
だが、受付嬢もどうやらレオナルドに強く出られない様で、上手く仲裁が出来ないようだ。レオナルドの口車に受付嬢は反論できず、二人の話し合いは平行線を辿っている。
その一方で俺はそんな彼等を見ながら、はぁ、と溜め息を零す。そして、俺はレオナルドに向き直ると、この男にある提案を持ち掛けた。
「決闘で決着を付けよう。もし、お前が勝てばこれをお前にくれてやる。だが、俺が勝てばこれ以上、俺に関わるな」
いずれはこの街を出ていくつもりだが、まだ懐事情が潤沢と言えない今の状態ではまだこの街に留まらざるを得ない。
そして、暫く留まらなければならないとなれば、俺と同じ冒険者であるこいつと顔を合わせる事になるだろう。もし、俺が手元にある報奨金をこいつに渡せば、この場は丸く収まるかもしれない。
だが、それをすれば、今回の事に味を占めたレオナルドに今後も絡まれる事になりかねない。そうなれば、またこいつは俺に集ってくる可能性は大きい。
そして、それが続けば路銀を貯めるどころではなくなるだろう。そうなる位であれば、ここで決闘という形で決着を付ける。そうすれば、少なくとも俺がこの街から出ていくまでは時間を稼げるだろう。
勿論、ここで俺がレオナルドと戦えば必然的に俺の実力が知られる事になる。正直、今迄は念には念を入れて極力実力を隠す方針を取っていた。その理由は俺の正体が露呈する危険性を考えての事と他の冒険者からのパーティーの勧誘といった様な余計な面倒事を避ける事、その二つの為だった。
しかし、避けたかった筈だったその余計な面倒事が現に目の前で繰り広げられているのだ。
それに、遠くない日に俺はこの街から出ていくつもりだ。ここでこの男と戦ったとしても今の俺とかつての勇者とを結びつけるのは不可能に近いだろう。
更に言うなら、この男であれば今の俺であっても苦戦はあっても、敗北は無い。そう考えての決闘の申し込みだった。
そんな事を考えている一方でレオナルドは俺の言葉に何やら満足気な笑みを浮かべている。
「決闘、か。まさか、新人がこの俺に決闘を申し込んでくるとはな。いいだろう。おい、あんた、ギルドの訓練場を使わせてもらうぞ。いいな?」
「は、はい」
そして、受付嬢の言葉に満足したのか、レオナルドはその視線を俺へと向けてくる。
「お前、名前は?」
「アークスだ」
「そうか。アークス、俺は先に訓練場で待っている。逃げるなよ」
そして、レオナルドは言いたい事を言い終えたのか、そのままギルドの奥にある訓練場へと向かっていった。
その直後、受付嬢は俺の元まで歩み寄ってきた。
「アークスさん、本当に決闘なんて申し込んでよかったんですか?」
「何か問題があったか?」
「レオナルドさん、実はかなりの実力者なんです」
受付嬢曰く、レオナルドはBランクの冒険者であり、このクルストの街のギルドでもトップクラスの実力の持ち主なのだという。だが、その素行は良いものとは決して言えず、今回と同じように新人の冒険者に絡んでは金を巻き上げるという悪癖を持っているとの事だ。
普通、そんな事をすれば他の冒険者からは咎められるだろうが、レオナルドは素行はともかく、その実力だけは確かな為、他の冒険者たちもレオナルドに対して強く出られないらしい。
「そうか……。あの男がBランクなのか」
確かに纏った雰囲気的にある程度の実力があるようには思える。しかし、所詮あの男はこの街でトップクラスなだけ。俺からすれば、圧倒的な脅威とは言い難い。かつて俺が戦ってきた魔族や帝国が誇る騎士団長や教会の聖騎士たちに比べれば、その実力の差は歴然だ。
「今日、アークスさんの持ち込んだ魔物の数から、あなたがかなりの実力をお持ちだという事は察しています。そして、何らかの事情を抱えており、その実力を隠しているという事も。ですが、決して油断はしないでください」
「忠告はありがたく受け取っておく」
そして、俺はレオナルドが待つというギルドの訓練場へと向かおうとする。しかし、その時、ある事に気が付いた。
「……一つ聞いてもいいか?」
「何でしょうか」
「あの男が待っていると言っていた訓練場、何処にあるんだ?」
「……ああ、そう言えばアークスさんは訓練場を使った事がありませんでしたね。分かりました。私が案内します」
「助かる」
その後、受付嬢に案内されながら俺はレオナルドが待つ訓練場へと向かうのだった。




