第七話「インドア派の苦悩」
やあ
「やはり、こうなるか……」
昨日、妹が大襲来したわけではありますが、その際に家の中にあげてやったんですよ。
まあそれは、見るも無惨。男子高校生の夢と希望が詰まってる部屋でありましてだな。
「母親には黙っといて、頂戴!」とは言ったものの、約束を守るような人間がうちの家族にいるはずがない。いや、それは俺の穿った見方ではあるが、少なくとも妹の楓は、その分類で間違いない。
「どう、するか」
最近は立て続けに、『部屋を片付けろ!』と言われている。
(スバル・お姉さん・妹・ラスボスの母親だ)
最悪の四天王だなぁ! おい!
ようやく重い腰を上げてやってもいいんだが、どこから手をつければいーのって、問題になる。
取り敢えず、転がっている下着を洗濯機に放り込み、布団のシーツを引っぺがして干すところから始める。
「あとは……」
服、雑誌、干し芋、お菓子のゴミ、大量の缶コーヒーの空き缶、ペットボトル類。
「足の踏み場がねぇぞ、おい。よーこんな中で生きとるわ、俺」
不幸中の幸いというか、俺の潔癖が幸いして、生ゴミ類は流石にすぐに捨てるんだが。
それ以外のものは違うわけで。
ただひたすらに惨状が広がっている。
「なんも、幸いじゃねぇから……」
そっとため息をついた時、玄関のチャイムが鳴った。
お? ラッキーパンチメンかも。
もう慣れた来訪者、というよりお節介焼き兼食料提供者が、今日もやってきたようだ。
「ちと、頼んでみるか」
足早に玄関に向かおうとして、足場のなさにすっ転びそうになるが、そこは十七年間で鍛えた俺の体幹で踏ん張った。
はずだったんだが、服に絡まって足がもつれる。
片足を変な方向に伸ばし、片手を壁についたまま、俺は玄関前で停止した。
「痛てぇな、ちくしょう。まあいい、開けるか」
「やあ、少年。……って、何やってるの。そんな踊り子みたいなポーズして」
「してねぇよ……てか、見たらわかんだろ。掃除だ掃除」
「準備体操にしちゃあ、随分と気合が入ってるね。どこの部族かな?」
「未定式拳法の準備体操は、こうなんだよ。今気を練っていたところに、お姉さんが登場だ」
いや、特殊召喚か?
「まあ、何にしても。そろそろ片付けた方がいんじゃない? 私もたまに、ご飯食べに行きたいし」
「くんな、くんじゃねぇ。ん? 待てよ……」
ここで不貞腐れて、彼女を追い返すのは簡単なんだが。
掃除の取り掛かりにおいては、女神であることを失念していた。
当初の目標は、それだったはずだ。
「なにかな?」
「いやぁ、ちょっとお姉さんに頼み事がありまして」
「嫌な予感がするんだけど……」
「奇遇だな。俺もだ!」
× × ×
五分後。
お姉さんは先程の服装とは違い、白いTシャツに黒のスウェットという姿で再登場した。
体に沿うようなTシャツは、少し目のやり場に困るのだが。
まあいい、機能性を重視するのは当然のことだ。
長い髪も後ろでまとめられていて、いわゆるポニーテールってやつだ。
いつもより白い肌や、普段は見えないうなじが見えて、妙に居心地が悪かった。
奇抜な服装を見ることが多かったので、「こういう格好もできるのか」となぜか感心してしまった。
ただ、確かに動きやすそうではあるが、掃除用にしては綺麗な格好であった。
「それ、結構汚れると思うけど、大丈夫か?」
「んー? いいよ、だいぶ着てるやつだし。動きやすい方がいいしね」
そう言いながら、ズカズカと俺の部屋を突き進む。
「意外と豪快だな……」なんて感想が浮かぶが、口には出さない。
「徹底的にやろっか。もうこの際、全部捨ててもいんじゃない?」
「いいわけがないでしょう。俺のお宝たちを、ぞんざいに扱うんじゃありません」
「いやー、ダメだね。そんなこと言ってたら、終わんないもん」
と、改めて部屋の惨状を眺める彼女。
まずいな。このままだと全部捨てられる勢いだ。
どうするか……。
「じゃあ、れっつごー」
「は?」
彼女は袋を片手に、いきなり動き出した。
そこら辺に落ちているものを、片っ端から分別していく。
「あ、待て! 俺の秘蔵雑誌となんかかっこいい袋一号を捨てるな」
と制止の言葉を投げかけるが、彼女はこちらを一瞥してから、「無理ー」と言う。
そして、ニヤニヤしながら、容赦なく袋に入れていく。
俺は「ああ」とか「うう」とか呻くことしかできず、それを尻目になぜか彼女は楽しそうだ。
「とりあえず、君も何かしなきゃね。物の分別はできなさそうだから、洗濯カゴに服を放り込んどいて。おっけー?」
「本当に大丈夫かな?」と、心配しているようで有無を言わさぬ声掛けまで追加されたので、さすがの俺でも「りょ、了」と言わざるを得ない。
「それが終わったら、基本上から下に片付けていくよー。掃除の基本だね」
「姉御、質問いいですか」
「姉御じゃないけど、はいどうぞ」
「なぜ最初に俺の貴重なコレクションを捨てていくのですか」
「あなたがうるさいからです。以上」
「そ、そんなぁ」
休日とはいえ時間は限られているらしく、彼女は妙に張り切って動いていた。
片付けたいとは言ったが、片付けていいとは言ってない。
ちくしょう。何という矛盾だ……。
確かに頼んだのは俺だが、選別の時間ぐらいは欲しかった。
ああ、もう足の踏み場ができていく……。
汚い部屋の方がなぜか安心する現象に、誰か名前をつけてください。
そして、メリットも提示して私のところまで来るように!
「ちょいちょい、早く動きな。そんなんじゃ日が暮れちまうよ」
「あ、姉御。勘弁してくだせぇ」
「やだよー。やるって決めたら、やんのね。私は」
鮮やかな手つきで、できる範囲のものの分別を高速で行っている彼女。
まさに神速。「俺でもなきゃ見逃しちゃうね……」と心の中で呟く。
……まあいいか。俺じゃあ断捨離できないし、もう始めたら止まる気配はないし。
「おし。俺もやるぞ」
「お、いいね少年。……ん? なんか顔についてるよ」
「ど、どこだ?」
顔を触って確認するが、どこについてるかが分からない。
「あーあー、そんなベタベタ顔触らないの。取ってあげるからじっとしてて」
そう言って、こちらへ歩いてくる彼女。
ただ、こちらに注意を向けてしまったがために、足元の干し芋には気づかなかったようだ。
彼女の口から「ひゃっ」という声が漏れる。
「おい、危な――」
バランスを崩した彼女に、急いで駆け寄り腕を掴む。
掴んだところで、彼女の勢いまでは殺せない。
ここで、かっこよく引き寄せられればよかったんだが。
そんな力もなく、倒れる位置を入れ替えて、俺が下敷きになるしかなかった。
「あっ、柔らけ」
視界が一瞬にして暗転し、思わず素っ頓狂な声を上げる。
少し失礼なことを言った気もするが、不可抗力で許してくれ。
「ちょっと、変なこと言わないで!」
声をほんのりと荒げた彼女を見れば、うっすら頬が赤くなっている。
「いや、ごめんごめん。悪かったよ。それよか痛てぇとこない?」
「……ない、けど。こういうことがあるから! 片付けてって言ってるの」
顔を背け頬を紅潮させる彼女は、いつもより数段幼く見えた。
「……ちょっと、聞いていい?」
「なに」
「お姉さん、俺とそこまで歳変わんないだろ」
「ギクっ。……な、なんで」
「学校の女子もそんなような反応するもんでな。それ繋がりだ」
「き、きみ。モテるの?」
「ん? ああいや、そういうんじゃねぇ。ゲームであんだよ。似たようなシチュエーションがな」
勿論、「照れたら負け 大大大しゅきゲーム」のことだ。
大体相手は雲聲だが、たまに別の女子からも仕掛けられることがある。
俺はどこぞの、パチモンリーダーじゃないぞ。倒しにくんじゃねぇ。
「げ、げーむ? 妄想じゃなくて?」
「違う。断じて違う。失礼なこと言うな、ほんと」
「そ、それはいいとして。やっぱり、そう見える?」
「高校生にって、ことであってるか?」
「そ、そう」
「まあ見えるな、近くで見るとだが。どれ、見してみろ」
そう言って、つい彼女の前髪を掻き分ける。
なぜかすごい勢いで赤面している。
そして、顔だけ見れば俺とそう変わらんという確信を得た。
「ちょ、ちょっと。あんま触んないで」
「ん、すまん。未だにわかんねぇんだよな」
俺は気まずい雰囲気になってしまったことを察知し、彼女から上体を遠ざける。
まあ確かに、好きでもねぇ男に顔やらを触れられるのは、気分が良くないだろう。
スバルに髪を触られた時は、いつもイライラしてるしな。
そんなことを考えながら、自分の無神経さに自嘲しつつ、彼女が立てるように体をずらした。
「続きしようぜ」
「う、うん」
幸いなことに、俺のことが嫌になって即帰りというルートではないらしく、二人してゆっくりと立ち上がる。
普通なら俺が照れるべき場面なんだろうけど、情緒の発達が小学生で止まっていることもあり、動揺の種類が少し違った。
「またミスったな」というのが本音だ。
だから、人と関わるのはあまり得意じゃない。
俺だけならまだしも、人に迷惑をかけることは好きじゃない。
……その割には、行動おかしいか?
「……少年」
「はい」
「反省してるなら、まずそこの干し芋から捨てようか」
「何なりと」
そう言って、俺たちは掃除を再開した。
× × ×
「……だいぶ、綺麗になったね」
まったく遺憾だが、休日を一日費やし、何とか掃除を終わらせることができた。
服やら雑誌やらで数時間、埃やらゴミやらも小一時間。
そして、干し芋の件について、三時間。
おっと、比率がおかしいな。
まあずっと正座していたわけではなく、掃除しながら怒られた形ではあるのだが。
……最初の三十分は正座だったか。
斜陽が彼女を照らしている。
太陽はもう少しで姿を隠し、月が顔を現すだろう。
なんて、詩的なことを考えながら、説教を受けていた。
「聞いてる?」
「月が綺麗だなと思って」
「干し芋の話をしてるんだけど」
「月より干し芋が強い日もある。てか、飯食おうぜ。腹減ったろ」
日が沈むまで、引きずられるとは思わなかったが、飯を食えば忘れるだろ。
俺も嫌なことがあった日は、爆食いして寝るし。
「……まあ、減ったけど」
「何がいい? 奢ってやるぞ」
「じゃあ、干し芋」
「は?」
「嘘。お寿司」
「お、おっけー」
び、びっくりした。
こいつもしや、俺の困る反応を見て楽しんでるだけなんじゃ?
そこに愉悦を見出していたら、ラスボスレベル。
「お寿司、好きなんだ」
ただ、言葉に付け加えられた無邪気な笑顔を見て、そんな戯言は吹き飛んだ。
……穿った見方をするのは、俺の悪い癖だ。
しっかりと検討して、検討を加速させて、検討しよう。
嘘。しっかり反省してるよ。
「ああいいぞ。任せろ」
かくいう俺も寿司は大好きであり、金に余裕がある時はちょくちょく頼む。
いつも使っている店には、宅配サービスもあるので、そこで頼もう。
「回ってないので、お願いね」
「そ、それは。……後生ですから勘弁してください」
「嘘だよ。早く頼んでー、お腹減った」
こ、こいつ。絶対に俺をからかって、遊んでやがるな。
今日は特別に許してやるが、次からは許さんぞ。
と、心の中で悪態を吐きつつ、俺も腹が減っているのは同様だった。
「じゃあ、どれにすっか。この店でいいよな?」
「ん? 見せてー」
そう言って近づいてくると、俺の横から顔をひょこっと出し、スマホを覗き込んでくる。
「おー、私はマグロ多めかな。君は?」
振り向くとまた、顔が近い位置にくる。
なんならさっきよりも近く、ふわりと甘い香りがする。
……こいつ瞳も紫って珍しいな、そういえば。
「俺はサーモンだ」
だから、どうということもなく、俺は淡々と意見を言った。
俺の自意識はしっかりと仕事をしてくれているようだ。
感情は、理性で制御できる。
「じゃあ、サーモンも頼もっか。君の好きなやつだし」
「あ、うん。ありがとう」
予想外の返答に、素っ頓狂な声になってしまった。
……うん。やはりサーモンは最高だな。
だが、マグロも少し頼んでやろう。
しょうがないからな。
「この半々のやつにするか。うん、それがいい」
「何で自問自答してるの……。それでいいけど」
ため息をついて呆れた感じを出しているが、心なしか目が輝いていることを、俺は見逃さんぞ。
お前も楽しみなんじゃないか。
× × ×
約一時間後。
届いた寿司を俺はサーモン、彼女はマグロという感じで食っていた。
彼女は小さく寿司を口に運び、ゆっくりと味わうように食べていた。
それを尻目に、久々の贅沢飯に浮かれた俺は、爆速でサーモンを食い終え、恨めしそうに彼女の食べている姿を眺める他なかった。
「……食べる?」
「いいんですか、姉御」
「姉御じゃないけど……まあ、干し芋の件も少し怒りすぎちゃったし。お詫び」
「じゃあくれ。まだ腹減ってんだ」
「切り替えが本当に早いね。……あーんは、いらない?」
寿司を両手で持ち、どこか煽るような視線を向けてくる彼女。
……魅力的な提案ではあるが、引き受けたら馬鹿にされることが確定しているので、遠慮しておく。
「いらん。俺はマグロにしか、興味がない」
「ちょっとよく分からないけど。まあそれなら、いっか」
彼女が食べ進めていた反対の方向から、マグロを取り、むしゃむしゃ食べる。
途中で、「食べ過ぎー」とか「あー、それ楽しみにしてたのにー」とかが聞こえたが、無視して食べた。
……人と飯を食うのは、意外と面白い。
なんて、変な感想が浮かんだ。
ご高覧いただきありがとうございます。




