第六話「予定が未定な休日」
やあ
一週間のうちで、最強な曜日について議論しよう。
俺の意見では、土曜日だ。明日は休み、今日の予定は未定、それでもう許される!
ああなんと素晴らしいことだろう。
神様がもしいるのならば、土曜日をあと二つほど増やしてほしい!!
圧倒的勝利、圧倒的全能感、圧倒的自由!
「ふぅ……」
そんな適当な戯言を吐いていると、今日も今日とてインターホンが鳴る。
「姉御か? また飯でも作ってきてくれたか」
普段から一緒に飯を食べるという仲にまでは至ってないが、昼食や夕飯をたまに持ってきてくれることがある。
ちなみに土日は、その可能性が結構高い。
「ちょうどいいな。腹減ってたし。ういー、今いくぞー」
……そういえば最近は世間話もするようになったな。
先日も部屋をきちんと片付けないと、女の子に嫌われるぞ。という、ありがたい情報をいただいた。いや、それただの説教だ。
玄関口へ行き、ワクワクの気分で扉を開けてみると、そこには意外な人物がいた。
「おにーちゃん! きちゃった」
茶色に染め上げたお団子髪、春らしい服に身を包み、キャリーケースを携えている。
「お、およ? なんでお前がここに……。俺の飯は?」
予想外の光景にちょっと固まってしまう。お互いに見つめ合うこと数秒、口を開いたのは妹だった。
「お兄ちゃん! 犬と猫、見に行こー!」
がばっとチラシを掲げ、俺の顔の前へ突き出してくる。
「い、いや。それでなんで俺ん家まで来るんだ。おかしいだろ」
「えー、だって。お母さんとお父さん、アレルギーだし。お兄ちゃんどうせ暇だろうしぃ。って感じかな? あと生存確認を母君から、頼まれてるよ!」
ちっ、まあそういう理由もあるよな。動物を見に行くこと自体は構わないが、俺の私生活を詮索されるのは、ちと面倒だな。
ここは、快く行ってやるとしよう。
どうせ暇だし、飯もねぇしな。
「よーし、いいぞ妹よ。お前の遊びに付き合ってやる。その代わり、母親には内緒だぞ」
そろそろ足の踏み場がなくなってきた部屋を指差し、俺は重々しく告げた。
「うん、いいぞー。ぎぶあんどていくって、やつだね!」
「おお、わかるか。偉いぞ〜、撫でてやるからこっちに来なさい」
「いや、それは勘弁」
なんでだよ! いい雰囲気だったじゃん。
久々の兄妹の再会を祝おうと思ったのに、薄情なやつめ。
「じゃあいいや。行くぞほれ、どけどけ」
「わー、急に適当になった。わかりやすっ」
そうやって、妹を家の外に押しやりながら、鍵を閉める。
さあ、行くか! 冒険へ!
× × ×
家からその「なんたらショー」まではバスで二十分ほどだった。
会場にはそこそこの人が入っており、中にはペット連れもいる。
動物は苦手ではないので、俺でもまあ楽しめそうだ。
それなりに盛況なので、離れないように、「服を掴んでろ」と言っといた。
手を繋ぐほうが確実なんだが、さっき拒否られて学習した俺に、その選択肢はない。
そういえば、昔から二人で出かけることも多かったな。
なんて、感慨に浸りながら辺りを見回す。
「わー、お兄ちゃん! ライオンだよ、ライオン! ふさふさのたてがみ? お兄ちゃんの寝癖みたい」
「そんなに爆発してねーよ。……最近はな」
「……何か、心境の変化がおありで?」
「んにゃあ、なんでもないぞ。それよか、猫見んだろ。ほれ、こっちだ」
さて、このイベントは要するに、犬や猫といったペットの展示即売会らしい。ついでに、珍しい動物とかもいるが、メインはそっちじゃねぇ。
歩き出したはいいが、なぜか袖が引っ張られた。
「どした? 腹でも痛いか」
「……違うよ。お兄ちゃんは、ほんと乙女心がわかってないね。道草を楽しむって言葉を知らないのかな」
し、知らねーよ。いや、言葉の意味は知ってるけども。
俺からしたら、そんな行動に意味を見出すほうがおかしいんだが……。
「わかったよ。で? どこ行く」
「もー、全然わかってないし。まあいいや、あたしについてきて!」
そう言って、妹は俺の手を引っ張って駆け出す。
……手は繋いでいいのね。なるほど、よく分からん。
どうやら次の目的地は鳥ゾーンであるらしく、インコだのおうむだのといった派手な極彩色の世界が広がっていた。
赤に黄色に緑に……紫?
鮮烈な色の洪水の中で、もっとも鮮明に映ったのは、動物ではなかった。
葡萄色の髪を靡かせた可憐な美少女。そう、我らが姉御だ。
だが、今日会うのはちとだるい。顔を手で少し覆いながら、通り過ぎようとした。
その時、彼女はこっちへ振り向く。
なに! 気配察知能力でもあるのか、こいつ!
目が合ってしまった俺は、観念して腕を下ろす。
「ういっす、姉御。休日まで奇遇ですね」
「……いつの間に姉御になったのかな。あと、私から逃げようとしてたでしょ、今」
「そ、そんなことは……」
俺に訝しげな視線が二つ。
ここにはもう一人小さい生物がいることを忘れてはいけない。
そう、ホモ・サピエンス・サピエンス、霊長類ヒト科。
俺の妹である!
「お、お兄ちゃんに、知り合い? お金とか取られてないよね」
「取られてねーよ! 隣人さんだ。それ以上でもそれ以下でもない」
そんな俺をよそに、お姉さんは「わー可愛い」とか言って、妹と戯れている。
……能天気なやつだな、心配損した。
「わ、わあ。本当に綺麗な人……グラマラスだよ。ナイスバディだよ! お兄ちゃん」
「やめなさい、バカ妹。……こういう部分は俺に、似てんだよな。多分」
まったく、困ったやつだ。
俺も言わないように細心の注意を払いながら、過ごしていたのに。
だが、ありがとう! 妹!
「ふふっ。久しぶりに血の繋がりを感じたぜ」
「何を言ってるの……」
少し呆れたような視線を向けられるが、妹を盾にして防ぐ。
ほら、お前が喋れ。
「? どしたの、お兄ちゃん。あ、ていうか。せっかく会ったんですし、一緒に回ります?」
「え? 別にいいけれど、どこら辺回る予定なのかな」
「猫でいんじゃねーか。お前も猫見にきたんだろ? パンフレットに丸つけてあるし」
「あ、うん。そ、そうだよ」
少し頬を染めながら言う彼女。
ん、なんだ。ばれちゃ嫌なことだったか?
「じゃあ、行くか」
俺は妹と手を繋ぎ直し、猫コーナーへ向かって行った。
× × ×
と思っていた時期が、私にもありました。
猫コーナーへ向かう途中、「トイレに行きたい」と妹が言い出し、送り届けたんだが。
全然戻って来ず、スマホを確認すると……『お兄ちゃん! 彼女作る大チャンス! 頑張って〜』というメッセージが。
「終わってる……。これ母親までいったら、相当面倒なことになるぞ」
「ん? どうしたの、未定くん。妹ちゃんは?」
「い、いや。なんかいなくなちった。ま、まあ。一旦、猫コーナーでも行くか?」
「私は別にいいけど……大丈夫なの? 迷子とかじゃなくて?」
「意図的だ」
「意図的って、なに……」
はぁ、と呆れたようにため息をつく彼女。
ため息を吐きたいのは、俺の方だっつの。
「猫コーナーは、あの先だな」
「え、ええ。犬コーナーの先、ね。……ちょうどいいわ。君が先頭に立って」
「あ? なんでだ」
「いいから」
お姉さんはゆっくりと立ち上がると俺の背後に回り込み、先に立たせる。
しまった、背後を取られた! 狙いは俺の命だったか! と思ったが、別に何をしてくるわけでもない。
視線は犬の方に向けられており、どこかの犬が吠えるたび、ビクッとしている。
ああ、なるほど。犬が苦手なのね。素直に言えよな、まったく。
「一応言っとくが、ここには子犬しかいないぞ」
このイベントは展示即売会の側面が大きいので、基本的にいるのは子犬や子猫だ。俺には何が怖いのか分からないが、そういうこともあるんだろう。
「ほれ、行くぞ。怖くない怖くない」
そう言って、手を差し出す。
……しまった。妹と行動してたせいか、距離感ミスったかも。
お姉さんは差し出された手を見て、少しだけ固まった。
それから、なぜか俺の袖をつまむ。
「ん、じゃあ。お言葉に甘えて。レッツゴー」
「急に元気だな、おい」
「むぅ、うるさいな。猫好きなんだし、いいじゃん。楽しみにしてたの」
ぐいぐい背中を押され、犬コーナーを突き進んでいく。
ちょいちょい。変な目で見られてるから、あんま押さないで。
あと、こそばゆいから。急に触れられると、びっくりしちゃうから。
「いけいけー」
楽しげにはしゃぐ彼女を見て、たまにはこういうのも悪くないかもな。
と思った矢先、猫コーナーに見慣れた影……というか、妹。
あのバカ、先回りしてやがったのか。
「おーい、お兄ちゃん。こっちこっち。いいね、ラブラブになってきたねー」
親指を立てながら、そんなことを言ってくる妹に迎えられ、俺はなんとかにゃんこちゃんたちにたどり着いた。
「……疲れた。やはり外に出るもんじゃないな。今日また、その確信が深まった気がするよ」
『うわー、インドアー』
二人の声が重なる。
うっせーつの。お前ら、二度と連れてきてやんねぇからな……。
ご高覧いただきありがとうございます。




