第五話「メランコリー未定」
やあ
俺が苦手なことを言えば、それはもう列挙するほどある。
まあ、あえて二個取り上げるとするならば、掃除と人間関係といったところか。
あと最近は、外に出るのがマジで憂鬱だ。家最高! MY ユートピア!
……しかしながら、健康志向が多い現代では、不摂生は良くないらしく、筋トレは百薬の長として信じられているらしい。
「らしい、らしいって、何一つ断定された情報がねぇな」
「……短パン小僧がなんか言ってら」
さらに言えば、今日の体育も憂鬱だ。
俺は運動が不得意ではないものの、動くのは好きじゃない。
「寒い……」
季節は進み、このクソ肌寒い時期に長ジャージを忘れるという愚行を犯した。
結構な大罪である。
「スバル、お前の貸せ。俺が風邪引いたら、どーすんだ。みんな悲しむぞ」
「……みんなって、誰だよ。お前友達いないだろ。それとも、俺に構って欲しいのか?」
「けっ、本当に性格悪いな。わんちゃん、俺より悪いまである」
洗濯物が溜まっていた上に、どこに脱ぎ捨てたかも分からず、朝からあたふたしたのはまた別のお話。
からかわれるのはいつものことだが、横から「うーん、あったかい! 未定くん、ジャージどうしたの?」とまで煽られると、脳の血管が悲鳴を上げ始める。
「雲聲か……」
雲聲茜。マニキュア片手に、完全防寒対策及び日焼け対策までしている。優雅な微笑みをたずさえて登場した彼女は、小学年来のクラスメイトである。
「あと、授業中に傘さすんじゃねぇよ」
「……未定くんさぁ。どうして短パンなの? バカなのかな、それとも死んじゃうのかな?」
「死なねーよ。ゆうて毎回忘れるから、もうこの寒さには慣れた。それよか、そんだけ着込んでんなら、上着の一枚ぐらい貸してくれよ」
「……相変わらず。デリカシーがないようで、安心したわ」
その言葉とは裏腹に、おもむろにジャージに手を掛け、「ちょっと待ってね」とか言い出した。
「待て待て。冗談だ、冗談。女子のジャージ着る趣味はねぇ」
「あら、もう少し動揺すると思ったんだけど。面白くない反応ね」
俺は口元を歪め、「なんなんお前……」みたいな雰囲気を返すが、気にした様子はない。俺で遊ぶんじゃねーよ。
「まあ未定、これでも着ろ」
スバルが俺の肩にジャージを掛けてきた。
お、王子様か?
「さ、さんきゅー。ほら、問題も解決したことだし、雲聲もどっかいけ。邪魔くさいぞ」
「……ふーん。いーよ、別にいいし。お邪魔虫は消えますよーだ」
小さく舌を出しながら、そう言い残し去っていく彼女。
……何だったんだ。あいつの行動原理はよく分からん。
「まったく、困った奴らばかりで、艱難辛苦といったところか」
「……意味が重複しているが、そこは心中お察しするよ」
「まあでも、この景色もあと一年半ぐらいか。そしたら……俺は、自由だ!」
「言ってる意味が分からないが、元気になって何よりだ」
苦笑を浮かべながら、視線をこちらに向けてくるスバル。
こいつとも、一年半後にはお別れかもな。
実際、小学生の頃から残っている友人関係というのは、ほんの数人しかいない。
いつの間にリセットされてんだか。……リセットじゃなくて、デリートだな。
「おっ、打ったぞ! ホームラン級だぞ」
「あ、ああ。野球していたんだったな。忘れていた」
「頼むぜまじで。最近、ぼーっとしすぎお前」
「......そうだな、悪い。」
打順が回ってきたのか、スバルは「行ってくる」と言いベースへ向かう。
送電線が囲むグラウンド。王子の片手には金属バッド。
俺からしたらノイズだが、誰かからしたら青春の一ページ。
「ちと、最近疲れてんな――」
「おい! 未定危ないぞ!」
「は?」
その言葉が聞こえた時にはもう遅かった。
眼前に白い球状の物体が迫っており、避けることも叶わず、脳天が揺れる。
「ふ、不幸だ……」
そう言い残し、俺の意識は途切れた。
× × ×
「……ヒステリックナイトガール?」
目を覚ますなり、そんな単語が湧き出てくる。
夢の中で、見覚えのある女が二人、俺の退路を塞いでいた気がする。
身に覚えがない……わけでもないな。ノンデリらしいし、知らんとこで激怒されてる可能性はある。
正夢にならないことを願う。
「あら、起きた?」
「ああ――じゃねーんだった。……看病ありがとうございます。僕、どのくらい寝てました?」
「ん? 十分ぐらいかな。王子様に抱えられてきたから、王女様でも運ばれてきたのかと思ったけど、顔を見たら目が死んでてびっくりしたわよ」
「目は関係ねぇ――なくないですか?」
テンプルにボールを喰らった後、スバルに保健室へ連れてこられた感じか。
それにしても、頭のチャンネルがうまく切り替わらねぇな。寝ぼけてんのか俺。
「無理に敬語使わなくてもいいよ? 君の悪評は届いているし、いまさらって感じだよ」
「ああ、まじか。そこまでバレてんなら、話は別だ。……ちなみに、どこ情報?」
「雲聲さん」
「おうふ」
まったく、厄介な女ばっかりだ。なぜか俺の行く先々に、手を回されている気がする。
気のせいか? いやぁ、気のせいじゃねぇよなぁ。
「ど、どんな風に、言われてんですか? おれ」
「んー、いつも『未定くんがさぁ』で、始まるね。……この先は個人情報だから、言えませんっ」
プイッと顔を背ける先生は、これ以上先は言ってくれなさそうだ。いや、言えよ。気になるだろ。
「まあいい。俺は一旦寝る。最近寝不足だったんだ、ちょうどいい」
「……うん。その方がいいよ。目の下のクマやばいから」
そう言ってカーテンを閉める先生は、「うえー、ゾンビだ。宝の持ち腐れだ」などと抜かしていた。
ふざけんな、そこまでじゃねぇだろ。……やっぱそう見えるか?
だが、だがな。
最近は体調と睡眠時間を犠牲に、綺麗なお姉さん系隣人を特殊召喚することに成功した。
……それはどうかな。少なくとも助けになってるとは、言い切れんな。
「もういい。寝よう」
瞳を閉じて、昨日あったことを思い出す。
綺麗なお姉さんと食事を共にするなんてのは、重畳なことこの上ない。
しかしながら、距離感を見誤ると、危険であることは思い知った。
秘密の関係。
と言えば、聞こえはいいが。
それにしても、関係性が未定すぎる。
「ただの隣人だ」そう言い聞かせて、俺はゆっくりと意識を沈めた。
× × ×
「大好きだよ。未定」
「ああ、知ってるぞ」
この返答にも、慣れたものだ。
雲聲茜は、俺のことが大好きである。その事実は変わらない。
「と言っても、元最推しだけどね。今はスバルくん」
「……やめとけ。あいつも俺と、そう変わらんぞ」
「昔の君のようだけどね? 神童くん」
「……黙れ。その話はするな」
「じゃあ、『彼女』にして」
「別に、断る理由もないが、引き受ける理由もないな。お前が、健康美人的外見をした年上に、なるんだったら考えなくもない」
「何その、ピンポイントで私を攻撃するワード。嫌ならはっきり言えばいいのに〜。でも、否定しないのは優しいね」
「まあ、そりゃそうだろう。紳士だしな、俺」
「……」
そこは、肯定しろよ! 俺のこと好きなんだよね?
じゃあ、おかしくないかな。今の反応。
「もー飽きた。このゲーム終わり。どっちが照れるか対決、また勝負つかずぅー」
「おい、しっかり最後までやれよ。毎回逃げやがって」
「っ! 逃げてないし! 未定くんさぁ。そんなんだから、彼女の一つもできないんだよ」
おい……急に辛辣だな。
保健室で暇を持て余した結果、『大大大しゅき! どっちが照れるかな?』とかいう、自主創作のクソゲーを始めたのは良かったんだが。
まったく、こいつも俺もムキになっちまうんだよな。こういう時。
それが災いし、喧嘩に発展することが……いや、今日はそんな体力ないわ。
「もー疲れた。ほら、雲聲。俺の肩揉んでくれ」
「は? 自分でやれし。私の足揉んでくれるなら、いいけど。あっ、それより友達来た。んじゃあ、またねいっ」
「お、おう」
……静かになった。嵐が過ぎ去って、晴天だ。やはり、一人こそ孤高。
「暇だな。天井のシミでも数えるか」
白いタイルに蛍光灯が一つ。シミは天井全体を埋め尽くしている。
お。あのシミは、ドラゴンみたいだな。
……っ! スクリュードライバーと名付けよう。
だ、ダセェな。
ご高覧いただきありがとうございます。




