第四話「U R MY 未定」
やあ
「……どうしてこうなった」
コンビニから戻った後、俺たちは一度、それぞれの部屋に帰った。
はずだったんだが、すぐに玄関の方から電子音が響いた。
来客を知らせる通知に、俺は嫌な予感がした。
帰りに荷物を持ってやったから、その件か?
「この袋、臭いんだけど……」とか言われたら、死ぬぞ我。
「あまりにも君の不摂生が目に止まったからでしょ。なんなら、感謝されてもおかしくないと思うんだけど」
まあそんなことを言われながら、乱雑に置かれた服やペットボトルを掻き分け、玄関を開ける。
予想通り、そこにいたのはお姉さんだ。
俺より目線の低いところで、葡萄色の髪を、指先でくしくしと整えている。
そして、小さく華奢なもう片方の手には鍋。
……意外と力持ちなのかもしれないな。なんて、場違いな感想が浮かんだ。
お、おっけー。どうやら、俺の匂いの件ではなさそうだ。
「と、思ったんだが。まさか飯を持ってきてくれるとはな。……ありがたいが、一緒に食う必要はないと思うがな」
「君一人だと食べないかもしれないし、私もまだだったから、いーの。黙って食べて」
ちらっ、と俺の方を見てわかりやすく呆れたように瞳を細めている彼女に、
俺は「わかったよ……」という他ない。
なんかずっと尻に敷かれてね、俺。こんなキャラじゃねぇはずなんだけど。
「あと、部屋汚いのどうにかしてよ。足の踏み場なかったんですけど」
そう言って、そこら辺に転がってる俺の服を足先でつまむように持ち上げる。
しまいには、「うわー、不潔」とか言い出す始末である。
「不潔じゃねぇよ。服の一枚や二枚で、うだうだ言うんじゃありません」
「いや、数枚レベルだったら言わないよ。しかも、お菓子のゴミとかも落ちてるし」
……それは、俺が食った覚えがないぞ。干し芋? スバルか!
「ああ、もうなんでもいいよ。俺が悪かった、ごめんなさい。さっさと食おう」
「さっきから、そう言ってんじゃん……。お、できたね」
湯気が立ってきた鍋からは、ほんのりと出汁の香りが漂ってきた。
具材をじっと見つめる俺をよそに、彼女は野菜と肉を半々の割合で、よそってくれる。
……肉が食いてぇんだが。
「はい、どうぞ。召し上がれ〜」
「に、肉が――い、いや。いただきます」
受け取ったものの、箸を握ったまま動かない俺に、若干訝るような視線が飛んでくる。
「……野菜も食べなきゃダメだぞ。その不健康そうな顔、直さなきゃ」
「野菜だけで直ったら、苦労しないですよ。そのほかにも原因がある」
自信満々にそう宣言する俺を見て、「なんで偉そうなの……」と言われた。
ふん。だが、この詭弁対決に関しては、俺の勝ちだろう。
将、討ち取ったり!
「まあでも、感謝はしてますよ。僕じゃこんな料理、作れませんし。久しぶりに温かいご飯を食べました」
「……びっくり。そんなお世辞を言えるんだ」
箸を止めたお姉さんの頬は、少し紅潮している。
さっきまで澄ましていた顔が嘘みたいだ。
髪もくるくる指で巻いているし、照れてんのか?
か、可愛い……な。
そう思ったのが顔に出そうになって、俺は味噌汁だか鍋汁だかわからない何かを啜って誤魔化した。
「あ、あと、君が食べてるのはご飯じゃないと思う」
「? じゃあなんだ」
「栄養補助食品です。ご飯じゃありません」
「な、なるほど。頭良いな……」
もしかして俺、一人暮らし適性なし?
わがままを言って親にねだったのはいいが、最後の最後まで心配されていたことを思い出す。
親の慧眼、さすがなり……。
「変な顔してるよ」
「し、してねーよ。俺だって、一人暮らしできるんだ」
「何の話かな? ……一人暮らしはできてないと思うよ」
お姉さんは呆れるようにため息を吐くが、口元には微かな笑みが浮かんでいる。
「かわ――」
「ん?」
あっぶねぇ! 変なこと口走りそうになった。
今まで見てこなかった表情を立て続けに見たせいで、頭が混乱しているな。
これは危険な兆候だ。何か別のこと、別のこと。
「あ、てか。お姉さん、何歳なん?」
「……君よりは年上だと思うよ。それ以上は言いたくないし、女性に年齢を聞くんじゃありませんっ」
ぷいっと顔を背ける彼女を見て、俺はまた不要な感情を抱きそうになる。
こ、こっちにも地雷があったとは。八方塞がりか……。
いや、待てよ。このまま地雷踏み続けたら、呆れて帰ってくれんじゃね?
……やってみるか。
「あーじゃあ、何で一人暮らししてるん? 親はどうした」
「黙秘権を行使します」
「んーじゃあ、何で髪紫なの。地毛?」
「これに関しては地毛です!」
「おおそうなんか。大人ぶってるかと、思ってたわ」
「こほろん、こほんっ」
わざとらしい咳払いだな……。
ん? 待て。図星を突けたんじゃないか。
と思ったが、髪の毛は地毛らしいし、引っかかる要素はねぇはずだな。
「き、きみ、本当にデリカシーないね」
「ん、よく言われる。正確に言うと、一時間に一回は地雷を踏んでいるらしい。スバル調べ」
「す、すばる?」
「ああ、俺の悪友だ。そこら辺に落ちてるゴミの何割かは、あいつの残骸だ」
「あ、そう。……部屋を片付けなくて良い理由には、ならないことは――」
「わかっているとも。ただ、やらないだけさ」
ここで彼女は、カクッと肩を落とした。
ついでに、頭も机につきそうなぐらい下がってきている。
よし! KO寸前か! さあ、仕上げといこうか。
「最後の質問だ」
「……何かな」
顔を上げた彼女は、少し涙ぐんでいた。
や、やりすぎたか? さすがに心配になり、立ち上がりかけた。
……いや、こいつと俺は赤の他人だ。
こうやって、食卓を囲む理由を持ち合わせていない。
それだけは、はっきりさせるべきだ。
「何で俺に構う」
「……別に。と言いたいところだけど、それぐらいは言ってもいいか」
「ん、ああ。言ってくれんのか」
意外だな。これが一番効く質問だと思ったんだが、当てが外れたようだ。
「……君が私のことをどう思っているかは知らないけど、お姉さんにだって寂しい時はあるんだぞ」
「そ、そんな理由?」
……俺には理解できない感情だな。
一人でいること、孤高でいること。
それが正しいと、俺は今でも思っている。
だが、その正しさを受け入れられない人の存在も知っている。
……少しは、歩み寄っても良いのだろうか。
俺は箸を握り直す。
「ほれ、まだ肉余ってるぞ。食え」
「……いいの? あんなに渋ってたのに」
「俺は元々少食だしな。さらに言えば、噛むのすら面倒という理由で、ゼリーをいつも飲んでいる」
「そ、そっか。なら、もらうよ。ありがとう」
「あ、ああ」
目元を拭った後に、添えられた感謝の言葉。
幼さが残る笑みを携え、こちらに向けられた瞳。
……何で俺は、視線を逸らしたんだ。
「食べないの?」
「た、食べるよ」
「ん? どうしたの、顔赤いよ。ちょっと見せてみそ」
「おい、くん――な」
机を挟んで乗り出すように、こちらに手を差し出してくる。
「あっつ! また熱かな。……お姉さんに移さないでね」
ジトっとした視線を向けられるが、直視できない。
ああもう。やめてくれ、これ以上は……限界だ。
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