第三話「献立未定」
やあ
「飯食うのって、だるくね?」
某ゼリー飲料を腹に入れながら、屋上でそうのたまう俺。
看病された翌日の昼休み、戯言を吐けるぐらいには元気になっていた。
「お隣さん、様様だな」
感謝感激理科社会っと。
と? ……宿題やってねぇな。
嫌なこと思い出したな、週明けから幸先悪りぃ。
後方で、重たい鉄扉がキィ、と鳴った。
「誰か来たか?」
知らんやつだったら、だるいな。
そう思いながら振り向くと、ドアの隙間から見慣れた顔が覗いていた。
「また、こんなとこで飯食ってんのか」
「……スバルか」
「だいぶ、元気そうだな」
先週の帰り際は半分死んでいた俺をこいつも心配していたらしい。
朝から体調のことばかり聞いてくるし、土日も『大丈夫か?』なんてメッセージが来ていたらしい。
普段あまり確認しないので、見たのは今日だが。
そりゃ、死んだとでも思われる。
「問題ないっつの。お節介さんか、どこの女神だよ」
「いやー、あんだけ体調悪そうにしてたら、さすがに俺でも心配するぜ。……女神?」
「女神のことはいい。お前は俺の心配だけしてろ」
「汚部屋の心配でもしたらいいのか?」
「うるせぇ。もう二度と家に呼ばんぞ」
「あーすまんすまん。お前んちは、ゲームがたくさんあるから助かるんだよ。ゴミ投げといても、怒られないし」
「投げんじゃねぇよ。ん? ゴミ箱にってことだよな」
「……さあ、どうだったかな」
お? まじかこいつ。
学校では優等生気取ってるくせに、ずいぶんとやるようになったじゃねぇか。
許さん。
キッと睨みつけてみるが、どうやら俺と向き合う気はないらしい。
教科書で扇ぎながら、「あちー」とか言ってる始末である。
くそう、扇ぐ姿も様になってやがる。神様こいつに天罰を……。
「まあいいけどな。部屋が汚れているかいないかなんてのは、小さな些事だ。俺には考えるべきことがたくさんなんだ」
「……進路希望調査まだ出してないのか?」
俺はここでわざとらしく、ニヤっと笑う。
「ふふ……残念だったな。その件はもう解決したのさ」
「ま、まじか! あの自分じゃ何も決められない未決定くんがか! 成長したんだな……」
喜びのあまり涙がちょちょぎれそうになっている幼馴染を横目に、「ちげぇんだよなぁ」と思いながら、ゼリーを啜る。
「……じゃあ、何が問題なんだ? それが最重要事項だろ」
「んーいや、これは毎日の課題なんだが。ズバリ、飯だな」
つまり、献立である。
面倒くさがりな俺は、「なんなら夜もゼリーでよくね?」
そう思い立ったが最後。
腹が減りすぎて、夜が眠れないという事態に発展することが、週に二、三度ある。
「その左手にあるのが、もしかして昼飯か? そりゃ体調も崩すぜ」
「スーパーでお惣菜でも、買うこった」と、言ったところでチャイムが鳴る。
「……もう時間だな。献立もそうだが、宿題もやってねぇや。見してくんね? スバルくん」
「ほ、本当にダメ人間だな……。まあいいけど、ゴミ投げたことは許してな」
「わ、わかった。等価交換だな。それでいい。いい、よな?」
なぜかとても不安な気持ちになったが、今日を生き延びれば、明日もくる。
たぶん。
そう心で呟き、俺たちは教室へ向かった。
× × ×
「ペッ! 口に虫が入った! 最悪だ……」
放課後、俺はスバルと一緒に帰路へついていた。
もちろん、愛用のロードバイクをかっ飛ばして、でだ。
「騒がしいやっちゃなぁ。学校では、可愛こぶってるくせに。今の状況、みんなが見たら驚くぞ」
「それはお前だ、お前。おめぇも優等生気取ってる割には、俺の前では皮肉屋のニヒリストだろ」
「……否定はしないが、そこまでじゃないよ。腹黒男さん」
『ぷっ、ははは』二人揃って、吹き出してしまう。
本当に、似たもの同士だな。と、思う。
猫かぶってるという面では、こいつも俺もそんな大差ない。
あるのは圧倒的評価差、と言ったところか。
「片方は学校の天使様。もう片方は、顔は良いけど、だらしない鼻くそ堕天使。笑っちまうよな」
「正確には、ひねくれ遅刻魔進路未決定堕天使だけどな」
「そこまで言われてねぇよ!」
「おいっ! 取り消せよ、今の言葉……」と言うが、スバルは顔を背けて「おー、空が綺麗だなー」とか言ってる。舐めてんな、俺のこと。
「……そういや、進路はどうやって決めたんだ? お前が決められるとは思わないが。親か?」
「んーにゃ、女神様が降臨したんでな。その祝福を受けたのさ」
スバルは眉を顰め、訝しげな視線を送ってくる。
だがすぐに、「ああ、昼のやつか」とでも言いたげな顔になった。
「ああ、なるほどな。合点がいったぞ。また、お前の巻き込まれ体質が幸いして、知らん人にでも話しかけられたか」
「……お前の理解力が怖いが、大体合ってる。ただ、そいつは隣人だ」
「ふふーん。学年三位様に理解力を褒められるとは、嬉しいね。んで、その人が女神? 可愛いのか」
「まあ、綺麗な人ではあるな。暫定怪しい隣人、ってところか。本名も知らないし、俺も名乗る気はない」
「そりゃあ、お前らしいな。どうせ、『僕』なんだろ? 目上の人と女子には、一人称が変わるからな」
スバルは舌を少し出しながら、「うえー、気持ち悪りぃ」と言う。
「……まあそこは、処世術ってやつだな。人に本性を曝け出すのは、俺の精神衛生上よろしくない。その一環だ」
と言ったところで、スバルと別れる道へ来た。
お互いに目配せする。
今日はここまで。そういう合図だった。
「じゃ、未決定くん。献立ぐらい決めれるようになれよ〜。ゼリーばっか食ってると、死ぬぞ」
「うっせ! 未決定やめろ! 未定の方が、まだマシだ」
「それもそうだ。それじゃまたなー」
髪をかきあげてから、手を振って去っていくスバル。
去り際すら、どこか爽やかさを感じる。
恨めしい……。
× × ×
「およ、不良少年発見」
夜に出歩くもんじゃないな。そう気づいた時には、もう遅かった。
さっそく、懸念点その二、登場だ。
これでさらに、『補導します!』とか言われたら、俺の人生は終わってたんだが。
まあ、そんなことがあるわけもなく。
「誰が不良少年ですか。コンビニの外で、ゼリー食ってるだけでしょ」
結局、スーパーに行くのも面倒で、さらにいえば、家に帰るのも面倒で。
そこに折悪しく――というのは、失礼か。
まあ、隣人さんと近くのコンビニで会った。
……それにしても、相変わらずの美貌を発揮している。男女問わず好かれそうな、端正な顔立ちだ。
「そんなことより、それは何ご飯? 小腹満たしかな」
「晩御飯ってやつですな。作るのも面倒なので。そちらは?」
「んー、家賃の支払い。君と違って、晩御飯は自炊だよ。よかったら、食べる?」
重畳な提案だが、ここで「はい、僕食べたいです!」と言うのは俺の自意識が許さない。やんわり断っておこう。
「いやあ。願ってもない提案ではありますが、結構腹一杯なので大丈夫ですよ」
まあ嘘だが。
本当は死ぬほど食べたい。三日連続晩飯がゼリーというのは、さすがの俺もきつい。
や、やっぱりお願いしようかな?
そう思った瞬間、ぐぅ〜、と腹が鳴った。
おい。ジャストミート。
良いタイミングすぎるだろ、我が胃袋。
「……鳴ってますけど? 食べ盛りの男子高校生が、それだけでお腹満たせるわけないじゃん。甘える時は、甘えた方が得だし、可愛げがあるぞ?」
俺は眉を寄せたまま、残りのゼリーを飲み干す。
ちくりちくりと刺された事実ども。
俺は反論することができなかった。
「ん、んじゃあ。お言葉に甘えてもいいですかね? 僕、実は結構腹減ってるんで」
「僕やめて。君の柄じゃないでしょ、多分。ご飯は食べさせてあげる。見てて危なっかしいし、隣人が餓死とか笑えないし……」
「そ、そこまで? ぼ――俺は、そんなに不摂生に見えんのか?」
「……敬語も一緒に亡くなった。『俺』は似合ってるけど、お姉さん少しびっくり」
「んまあ、バレてるんだったら猫被る必要もないし。そっちの方が俺としては楽だ」
「そ、そっか。じゃ、じゃあ……お姉さん、家賃払ってくるから、待っててね」
「うい」
コンビニに入っていくお姉さんを見送りながら、「どこでばれた?」と考える。
スバルは幼馴染だから、まあ分かっていてもおかしくはない。
だが、会ってから二日やそこらの隣人だぞ。
……お姉さんがとても鋭い人間か、結構誰にでもバレてるかの二択だな。
おそらく、前者だ。
コンビニの窓越しに、お姉さんが端末を操作しているのが見えた。
名前もよくわからない機械から、レシートが吐き出される。
人のぬくもりなんてものは、感じられない。
でも、その冷たさは嫌いじゃなかった。
「お待たせ〜、じゃあ帰ろっか」
そう言って、差し出された手。
迷子じゃないんだから、手なんか繋がなくてもいいでしょうが……。
「そういうの勘違いさせるんで、やめた方がいいですよ。俺も反応に困るわ」
「……冗談だよ。からかってみただけっ」
歩き出した彼女の背中を追いかけるように、俺は歩き出した。
ご高覧いただきありがとうございます。




