第十一話「blood plazma」
やあ
日曜日。
最近は雨続きだったにもかかわらず、今日に限って折悪しく晴天だった。
「あちぃよ。俺は暗い方が好きなんだけどな」
今日は雲聲と出かけることになっているんだが、幸先不安である。
天気は関係ねぇか?
時刻は十時ちょうどになろうか、というところだ。
「少し早く出過ぎたか?」
どうやら、時間は守れるらしい。集合は十時半で、俺はもう着いている。えらいぞ。
いつもなら、「遅刻! 遅刻!」と言いながら、ひぃひぃ学校へ向かったりしているのだが、今日は割りかし気合が入ってるらしい。
直射日光は肌の天敵なので、日陰でも探すか。
と周りを見渡していると、
「お待たせー」
涼やかに髪を靡かせながら、雲聲がゆっくり歩いてくる。
フェミニンな印象を与える柔らかそうな生地のスカート、そして休日のスタイルなのかいつもより高い位置で括ったツインテールが風と共に踊っていた。
「その扇風機、最近持ってる人多いな。流行ってんのか」
「んー? 流行ってんじゃない? 知らんけど」
雲聲は手に持っている小型の扇風機をくるくる回しながら、「使う?」と俺に聞いてくる。
「いいのか? お前も暑かろう」
俺の方が暑いが。
「あらら、引っ掛からなかったか。元から貸すつもりなんてないんだけどね」
「ないのかよ」
「ないわね。でも、意外と優しいとこあるじゃない。見直したわ」
雲聲は肩にかかった髪を払いながらそう言った。
「……まあいい。そろそろ電車来るし、行こうぜ」
雲聲をそう促し、俺たちは改札口に向かう。
今日の目的地は街中にある、高校生カップルなどが御用達の商業複合施設だ。
……いや、長崎屋だったかもしれない。
急に庶民的になったな。
様々なショップが入ってないわけでもないが、ほとんど何もない。
ゲーセンやら、飯屋があって、プラスでなんか色々入ってる。
全然覚えてねぇや。あ、でも、本屋はよく行くぞ。
「っと、悪りぃ。ちと混んでんな」
吊り革に捕まりながらも、車内の混雑により雲聲との距離が近くなっていた。
……少し頭をごっつんこ。
『ごっつんこ』ってもう、死語か? 俺も久々に使った気がするな。
と、ここで上着の胸元あたりに、軽い突っかかりを感じた。
雲聲は上目遣いで、「痛いんだけど……」と呟いて、俺の方を睨んでいる。
……俺も痛いからお互い様である。
「てか、何買ったらいいかね。こういう時の定石を教えてクレメンス」
「ほんとっ、ふざけてるわね、あんた。先に頭ぶつけたこと謝りなさいよ」
「すまそ」
「真面目に謝れ!」
「っ!?」
足を踏まれた。痛い痛い。やめてください。
声が出そうになったが、電車で奇声を上げるわけにはいかないので、すんでのところで踏みとどまった。
そんな葛藤をしている間にも、雲聲は俺の足をぐりぐり踏んでいる。
「わかった。悪かった。俺のデリカシーのなさはお墨付きだ。もう許してくれ」
そう言って、吊り革を掴んでいる反対側の手で、雲聲の肩に手を置こうと
「ふんっ」
したら払われた。
「気安く触んないでよね。混んでるのにかこつけて、私とお近づきになろうとしているのかしら」
「お近づきってなんだよ。元からというか、小学校からのお友達でしょうが。私たち」
「何そのムカつく言い方。あたしの真似?」
そう言いながら、足の圧を緩めることなく、なんなら強めてさらに俺の服を引っ張っている。
伸びちゃうでしょーが。
まあいい。そろそろ潮時だ。
「ほら、もう着くぞ。足どけろ」
あと、ちゃんと掴んでろよ。
電車のドアが開き、人の群れが行進を始める。
雑多に紛れながら付かず離れず、手を取り合って進む。
だなんて、カップルみたいなことになるはずがなく人混みから抜け出す頃には、俺の服はよれよれになっていた。
× × ×
駅から出て少し歩くと、右手に目的地が見えてくる。
近くには映画館やレジャースポットもあったり……と思ったんだが、なぜだか消えてんな。今はもうなくなった跡地には、何ができるのだろう。
そんな想像をしながら、「いつから俺ここら辺来てないんだっけ……」と、思った。
時間の流れとは早いもので、俺も気付かぬうちに大人になってるのかもしれない。
……体はな。
そんな強くなったはずの体ではあるが、今は結構だるい。
人混みというのには慣れることがなく、年々苦手になっている気がする。
さらに言えば、横でぐったりしている彼女もまた、そうなのだろう。
駅から出てすぐ、「さあ、行くか。ちゃっちゃと終わらそう」と言った俺の服を、雲聲は再度掴み直し、無言でベンチを指差していた。
俺もまあ、そんないたいけな女の子を引っ張っていくほど鬼じゃない。俺は引っ張られてるがな。……根に持ってんな、俺。
人の圧力から解放された俺たちは、「ふぅ」と一息つきながら、ベンチに腰を下ろした。
「さっき聞きそびれたが、何買えばいいと思う。この座ってる時間も勿体ないし、有効活用しよう。ブレストってやつだ」
「……自分で考えなさいよ。あんたはいつもどんなものをもらうのよ」
「もらったことがないな。スバルと俺もそういう関係ではないし、それ以外は言わずもがなだ」
少しだけ陰鬱な気分になりながら、雲聲にそう言った。
「ああそうだったわね。あなた、友達少ない……というか、ほとんどいないのか」
小さくため息を吐きながら、物憂げな顔をして黙ってしまう雲聲。
ん? 俺のことを気遣っているのか。
別に今に始まったことではないんだし、お前が気に病む必要はないぞ。
なんてことも考えたが、多分人混みで疲れているんだろう。
今はそっとしとくか。
「あー、空が青いな。天気がいいな。晴れてるぞ、ほら。あの雲なんてドラゴンみたいだ」
「ドラゴンって……あんたは本当に、小学生の頃から変わんないわね」
雲聲の俯きがちだった顔が少し上がり、こちらを見ながら苦笑した。
うん。元気そうで何よりだ。
下ばっか見ていてもいいことはないからな。
特に俺は身長が高い方ではないので、なんなら上を向いて歩かなければならない。
……まじ戯言。
「よし! 元気出た! 未定いこっか」
そう言って急に立ち上がると、雲聲は手を差し出して、俺に立つように促す。
切り替えがはえーな。
俺はちょっと休むモード入ってたのに……なんて言えたら楽なんだが、折角浮かんだ彼女の微笑を絶やすわけにもいくまい。
俺は雲聲の手を掴み、立ち上がる。
「次から電車とかでは服掴まないで、手にしてくれ。服が伸びないで済む」
「……嫌だわよ。キモいし」
「さいですか……」
少しいい雰囲気を感じ取った俺の判断はミスだったようだ。
キモいってなんだよ、キモいって。
酷くないかなさすがに。今日は風呂も入って、寝癖も直してきたんだぞ。
ちょっとぐらい褒めてくれてもいいだろ!
なんて、彼女でもない奴に求めることでもねーか。
歩道橋を歩きながら、横を通り過ぎるカップルを見ながらそんなことを思った。
奴らは手を繋ぐどころか、肩を組んでるし、双方ともにこやかだ。
一方こちらはどちらも仏頂面。
うーん、厳しい。
「中も人多そうね……」
「ああまったくだ。それよか、結構広いなここ」
「あんた来たことあるんじゃないの? 記憶喪失?」
「ちげーよ。いつもは本屋直行だから、こうまじまじと見ることがなかっただけだ。記憶はある。本屋のだけだが」
だが、かなりの広さであることは間違いない。
本屋直行ルートはわかるが、それ以外はからっきし。
コースは考えて行った方が良さそうだ。
「じゃあ、コースは雲聲、お前に頼むぞ」
「最初から人任せなのね。まあいいけどっ」
肩をすくめながらそう言う雲聲ではあるが、もう俺の適当さには辟易してるのか、反論はしてこなかった。
俺たちは案内板の前に立ちながら、パンフレットを手にとった。
雲聲が指さしたのは、一階の奥のほう、女子が好きそうな雑貨やアクセサリー系が置いてあるとこだった。
俺には一生縁のない場所だと思っていたが、行ってみたらそれはそれで、新しい経験もあるのだろう。
「うん、そこでいいぞ。行こうか」
俺がそう言うと、雲聲も別に異存はないのか、こくっと頷いた。
うし、出発だ。
行きがかり上、俺が先頭を取っているが目的地に着くまでに、「えーあれ可愛いー」だの、「あれ買ってよー、男でしょ?」だの、なかなか到着するのに時間がかかった。
ちなみに、また服は伸びた。
俺も気になるものは色々あったが、アニメ関連だったり、うまそー飯屋だったりなので、女子は興味なかろう。
それに今日は、それを目的にきたわけじゃない。
俺も我慢してるんだから、お前も我慢しろ。雲聲。
「どれがいいかね……」
服屋にアクセサリーショップ、色彩豊かな空間に少し俺は気圧される。
フローラルやシャボンの香りが、雲聲やお姉さんを連想させる。
なんで女子ってみんなこういう匂いするんだろうな。
「まず、雑貨から行こっか。消耗品がおすすめだよ」
指をふりふりしながら、そう言う雲聲。
俺、気になります。
「ほう、その心は」
「基本は形に残らないもののほうがいいからね。関係性によるけど、隣人さんだったら最初は軽めの方がいいよ」
「なぜ、隣人さん限定?」
「スバルくんから聞いた」
だろうな、口が軽いやつめ。
まあ今さら気にすることではない。
「そっちはまあいいや。それより、消耗品だったらどんなのがある?」
「ハンドクリームかな」
おー、なるほど。それは、重畳な情報だ。俺だったら、CDとかあげてたかもしれん。さらに言えば、ロックバンドをおすすめして、嫌われる可能性まである。
「じゃあ、それでいい。選ぼう」
「なんでもいんじゃないの、あなた……そんなパッと行くもん?」
「……お前を信用してんだよ」
「あ、そう」
少し目を見開いて驚いた様子だったが、事実はしっかり伝えた方がいい。
実際、信用してる。俺の美的センスよりはな。
「んー、俺が好きな香りでいいか。金木犀かホワイトムスクかな」
「うわっ、妙に良い線いってる気がする。なに、調べてきたの?」
「ちげーよ。柔軟剤とボディソープがこんなような匂いなんだ。大変リピートしてる」
店頭のテスターを手に取り、軽く蓋を開ける。
甘いような、少し落ち着くような香りがした。
んーそうそう、この匂い。俺も買っちゃおうかな。
おそろっち! なんちって。
「よし、おけ。これにする」
「はっや。ちゃんと考えなさいよ」
「いやいや、ちゃんと考えてるよ。ただ直感が一番良いんだ、こういう時は」
変に悩んでも、ドツボにハマるだけだしな。
「まあ……なら、いいけど。私の買い物の時間も増えるし」
? 買い物? なにそれ、俺、聞いてない。
「ん? 君の買い物? そんな約束してたっけ」
「してないわよ。でも、タダより怖いものはないわよ? 返済は早めにしなさい。付き合ってあげてるんだし」
「……わーったよ。さっさと買って、さっさと帰ろう」
「んーいやよー。しっかり付き合って」
めんどくせぇ。
これでだから、外に出るのは嫌なんだ。
俺の周りはなぜだか、面倒ごとを持ってくるやつが多い。
このプレゼントもそんな事態に発展しなければいいが……なんて、考えながら。
結局、雲聲の買い物が終わる頃には、日が暮れていた。
それでも、鞄の中に入った小さな箱の重さだけは、不思議と忘れなかった。
ご高覧いただき、いつもありがとうございます。
明日、完結です。




