第九話「未定不確」
もう佳境まで来ましたね。
長いような、短いような。
まあ、戯言です。
......いや、まだ佳境ではねーな。
「ゲームをしたい?」
「そう。したい」
スバルとゲーム合宿をした翌日、お姉さんからそんなことを言われた。
「別に、自分の家でやりゃいいじゃん」
「私の家、そんなものないもん。買ったこともないし、やったこともない」
「んー、そうか。現代にそんな奴がいるのか、と問いたくなるが、」
「うるさい」
有無を言わせないらしい。
んー、当たりが強いな、最近。
まあ、俺が多少面倒なのを考慮しなければ、断る理由もない。
……人にゲームを教えてるというのも、また乙な事かもしれんしな。
「あいわかった。仕方がないので、お姉さんにゲームを教えて進ぜよう。いつにする?」
「明日」
「早いな。せっかちさんか」
「君風に言うと、思い立ったが吉日ってやつかな。重畳かな?」
「重畳じゃねーよ。俺の詭弁秘術を掠めるんじゃありません」
なんて戯言めいた会話をして、俺たちはゲームをすることになった。
偶然の出会いから、ここまで関係が発達することもあるのか。
いや、必然なのか? 似た者同士は惹かれ合うとは言うけれど、彼女も何か“厄介ごと”を抱え込んでるらしい。
スバルと似たような感じかな。
だってさ……。
ゲームをやったことないの、普通におかしくねぇ?
どういう生き方をすれば、ゲームをせず生きてこられるのか、俺は疑問である。
よほどの英才教育ママかSNS禁止とかの、変なルールを課している家庭じゃないと、それは成立しないはずだ。
……そうならば、偶然も必然もあったもんじゃないな。
あるのはいつも、俺に降ってくる“面倒ごと”だけさ。
知らんけど。
× × ×
翌日家にやってきたお姉さんは、ワクワク半分、そわそわ半分といった様子だった。
いつも来てんのに、何を緊張してんだ?
よくある休日に異性の家に遊びに来た時の緊張――の線は、外すとして。
そしたら、ゲームへの期待と緊張といったところか。
なるほど。納得。
なんでも、ゲームは初めてらしいし? そんな人間がいることを、俺はイマイチ信じきれていないんだが、まあそういうこともあるんだろう。
「ご、ご飯食べた?」
「んにゃ、食ってねーぞ。腹減ってんのか」
「そ、そう。私は少しお腹空いてるかも」
「じゃあ、食うか。あれで頼む。あーなんだっけ、あれあれ」
「オムライスかな? 君、ほんと好きだね」
「そーだ。That’s right。では、とろとろ卵で頼むぞ」
「ちゅ、注文が多いね。まあいいけどっ」
そう言うと、彼女はエプロンをそそくさと付け始め、キッチンへと向かった。
いつもなら、小言の一つでも言いながら料理を始めるので、今日は割と上機嫌な日なんだな。
と、俺は思った。
今のうちに気分を高めておけ……ゲームをするのならば、半端な気持ちで臨むんじゃねぇぞ。
そんなことを考えながら、束ねた髪をゆらゆら揺らして調理する彼女を眺めていた。
待て。
髪を束ねている繋がりで思い出したが、掃除の時も、他の時も、彼女があの髪型をしている日は、大体事件が起きている。
事前策を用意しておくか。
「まず、関係性が曖昧っつーのは、俺としては好ましい状態ではないな」
お姉さんに聞こえないように、俺はスマホ片手にぶつぶつと呟く。
思考を整理する時は、声に出すと効率がいい気がするからな。
んー、そうだな。
スバルなら幼馴染、雲聲ならアホ女、妹は小動物、母親はラスボス。
じゃあ、お姉さんは何だ?
隣人か、食料提供者か、優しい人にでもするか?
「……どれもしっくりこねぇな。どうしようか」
こちらが関係性を設定してしまえば、良いんじゃねーか。
ゲームみたいにな。
たとえば、特定の選択肢を踏むまでは、重要イベントが発生しない。
NPCだって、条件を満たさなければ同じ台詞しか喋らない。
なら、俺とお姉さんの関係にも、そういう制限を設ければいい。
「そうだな。そうしよう」
まず懸念点としては、距離感の問題だな。
俺はその辺の管理が下手らしいし、基本肌の接触は無しにしよう。
それから、名前についても触れない。出しても、「未定不確」までだ。
「あとはー。飯についても、決めといた方がいいな」
現状、彼女の優しさに甘えている形だが、健全な形とは言えないだろう。
本当は詐欺師で、代金を要求される可能性もゼロではない。
「じゃあ、買い物ぐらいは俺が行くってのは、どうだ?」
本末転倒な気もするが、ご厚意を裏切らず、俺も飯を食える。
最善っちゃ、最善か。
「まあ、掃除やら、これまでの飯代に比べれりゃ、安いもんか」
んーこれくらいかな。現時点で決めれそうなの。
「……何をさっきから、ぶつぶつ言ってるの。ご飯できたよ」
「お、せんきゅー。じゃあ、食おうぜ」
「うん」
彼女は俺に訝しげな視線を向けながら、二人分のオムライスをテーブルに置く。
二つのスプーン。
二つの皿。
そこから視線を上げると、目の前の紫苑の瞳とぶつかる。
「……じゃあ、食べよっか。少年」
「ああ、そうだな」
では、手を合わせて。
『いただきます』
× × ×
「……どうやって、やるのこれ。少年、教えてよ」
昼食後、二人でテレビの前で、クッションを抱えながらゲームに励んでいた。
どんなやつがいいか聞くと、「なんでもいい」と言われたので、スバルといつもやっているモンスター狩猟系にしておいた。
だが。なぜだかやり方がわからないらしく、そんなことを聞いてくる。
フィーリングでできんだろ。
俺は遥か昔からゲームを嗜んでいるので、教えるっつても、感覚的なことしか言えないしなぁ……。
「ダメだ。こういうのは、自分でやり方を見つける瞬間が一番楽しいんだ。……でも、どうしても困ったら言ってくれ。ゲームを嫌いになられると、悲しいからな」
「えー、もう結構困ってるんだけどー。教えてよ、少年―」
「もうちょい頑張ってみろ。ほら、そこの小さい恐竜みたいなのを倒してみろ」
「うーん。おけ」
テレビとコントローラーを交互に見ながら操作する姿は、なぜだか俺の嗜虐心をとても刺激する。
……あんまこういう、あたふたしてる姿は見たことはなかったが。
うん。悪くないぞ、悪くない。
ふむふむと上下に首を振っていると、横から強い衝撃が来た。
「痛ってぇ!」
「あ、ごめん。敵が襲ってきたから、びっくりしちゃった」
「何をしとるんだ。驚く要素ないだろ、現実じゃないんだし」
「しょうがないじゃんー。びっくりしちゃったんだから」
「ふ、ふざけんな……」
涙目で反論する俺に、彼女は「大丈夫?」と言いながら、当たったところを摩ってくる。
「大丈夫なわけあるか……。てか、もういい。男子たるもの、このくらいは日常茶飯事だ。続けるぞ」
……距離が近いんだ、お前は。
故に今回は、いつもは見えない下睫毛まで視認可能だった。
全く、心臓に悪い。
長い睫毛に縁取られた瞳の色が、いつもより輝いてる。
なんて情報は、俺には要らないんだ。多分。
そんな俺の気を知ってか、知らずか、彼女はもうゲームの世界へ戻っている。
あっさり流されたことに安堵を覚えつつ、「薄情者め」と心の中で、悪態をついた。
「……勝てない」
頬を膨らませ、そう抗議する彼女。
そのまま視線をテレビの画面から、俺へスライドした。
「……何事も挑戦だ。と、言いたいところだが。今回は特別に、俺がお手本を見せてやろう。ちょい、貸してみろ」
今は来客用のアカウントで遊んでいたので、一度ホーム画面に戻り、俺のアカウントを選択する。
画面に表示された名前を見て、彼女が小さく首を傾げた。
「みていふたしか? 何この趣味の悪い名前。本名?」
「かっこいいだろ……この名前。本名ではない。二つ名だ」
若干肩を落としつつも、俺は右腕を掲げ、自慢のハンドルネームを説明してやる。
「未定不確は、ゲームだったり、現実でも使う。ファミレスとか行ったときは、いつもこの名前を書く」
「……それ、犯罪じゃないの? 普通に本名書きなよ」
呆れたように息を吐く彼女だが、俺の知ったことではない。
「半分本名みたいなもんだ。犯罪じゃない。全然セーフ、万事オーケー、順風満帆だ」
「どっちなのよ。意味わかんないし……それより、早く見せてよ。お手本」
「おう。了だ」
コントローラーを渡した時の彼女の挙動を思い出す。
何をどうすればいいのか、根本から分かっていなさそうだった。
なら、最初に教えるべきはそこだろう。
「えーとだな。まず、このスティックで移動だ。そして、ジャンプはこのボタン。オーケー?」
「おーけー」
人差し指と親指で輪っかを作って、満面の笑みを浮かべるところを見るに、多分大丈夫だろう。
次。
「んで、このボタンは攻撃で、ここが回避。これさえできれば、雑魚キャラは倒せる。オーケー?」
「おっけー!」
彼女は手を差し出して、「早よ貸せ」みたいな表情をしているので、もういけるだろう。
ええい、ままよ!
「ほい、交代」
「うん、交代―」
そう言うと、ウキウキでコントローラーを俺から取り上げ、「ジャンプはこれで……回避はこれ!」と、俺がさっき言ったことを復唱し始めた。
うん。これは正直可愛いです。俺の自意識敗北。
……ゲームごとき。と、言う人もいるだろう。
だが、そんなゲームにも真摯に向き合ってくれる人がいたり、楽しさを共有できる仲間がいるというのは、この上なく、重畳なことだと思う。
彼女は端正な横顔からは想像もできないほど、鋭い目つきで画面を見つめていた。
「これはちょっと、真剣すぎて顔が怖いです……」
という感想が漏れそうになった俺は、ノンデリなんでしょうか……。
「ほっ、せいやっ」
「ちょっ、暴れんな。さっき危なかったんだから。どうするのもう一個たんこぶできちゃったら」
「ごめんごめん。入り込んじゃって」
コントローラーで頭を掻く彼女を見て、俺は思う。
こいつ、もしや……天然か?
行動とのめり込み方が、天然のそれだ。
あと、二の腕と手がちょくちょく当たってるから、そこも気をつけてね。
うん、重畳。
……んなことより、こいつ全然動きが変わってねぇぞ。
んー、どう教えたものか。
俺はこの手のゲームで悩んだことがないから、わかんねぇんだよな。
ずぶの初心者ってのは、こんな感じなのか。
スバルや雲聲とかは意外にできるし、こういう悩みは初めてだな。
……あいつらは、別の悩みの種を持ってくるんだった。
「一旦、休憩するか? 根詰めてやっても、できるとは限らんぞ」
実際、休むのも練習だ。
雲聲あたりはムキになるので、途中でコントローラーが悲鳴を上げ始めるという事態に発展したりする。
「えーじゃあ、私はいつこいつを倒せるのー」
「慣れだ慣れ。寝たら意外と勝てるようになってたりするから、今日はもう諦めなさい。今度やらせてあげるから」
あとは、これまでのゲーム経験だな。
幾度となく敗北と勝利を味わい、ボタンなんぞ見なくとも、反射的に体が動くように徹底的に叩き込む。
のは時間がかかるから、まあ少しずつやればいんだよ、お前は。
彼女の方を見やれば、なんだか納得のいっていなさそうに、こちらを見つめている。
そんなに俺を見つめても、敵は倒せませんよ?
「今日は諦めなさい。姉御、やめどきだ」
窓の外を見ればもうだいぶ暗い。
明日の準備やらもあるだろうし、ここら辺で切り上げるのが吉だろう。
「んー、わかった。……じゃあ、連絡先教えて? ゲームしたい時、連絡するからさ」
連絡先か。……あんま見ないから返信遅いんだよな、俺。
「いや、カードキーでもいいか? 勝手に入ってくれて構わんぞ」
「……不用心だし、いらないよ。危機管理の方向間違ってない? 名前は隠すのに、家に入られるのはいいんだ」
「ん。言われてみればそうだな。……まあ、そんくらいにはお姉さんを信頼してるってことだよ。名前はまた別の問題だからな」
「連絡先。ちょーだい」
「お、おう」
口をすぼませて、頑なな表情をされると断る訳にもいかない。
しゃーなしだ。
「ほれ。勝手に追加していいぞ。追加の仕方わかんないしな」
そう言って、アプリを起動しスマホを手渡した。
「これまた、不用心ね……」
うっせ。いんだよ、俺はこれで。
彼女は慣れた手つきで画面を操作し、「はいどうぞ」と言って、スマホを返してきた。
俺はそれをそのままポケットに突っ込み、立ち上がる。
「よし。今日は終わりだ。日も暮れてきたし、姉御も早く自分の部屋に戻りなさい。俺も色々やることがある」
「ないでしょ。嘘つかないの」
「……姉御見てたら、ゲームしたくなったんだよ。久々に、腕が鳴るぜ!」
「やっぱり、しょうもない理由だった……。んーでも、おっけ。じゃあ、またね」
「おう、暇な時にでも連絡してくれ。次はみっちり教えてやる」
「うん、ありがとー。みっちりはうざいけど、今度こそ倒すぞー」
彼女は腕を高らかと上げ、手のひらをこちらに向けてきた。
なに? ハイタッチってやつですか。しょうがねぇなぁ。
「うい、またな。楽しみにしてるぞ、次頑張れ」
そう言って、差し出された手のひらに、軽く自分の手をぶつけた。
彼女は「にしし」と笑うと、玄関の方へ足早に歩いていく。
リビングのドアに手をかけると、「ここまででいいよー。今日は楽しかった」と言い、そのまま、彼女の姿はリビングの向こうへ消えた。
「ああ、俺も楽しかったさ」
そう一人で呟き、俺はゲームを再開した。
ご高覧いただきありがとうございます。




