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現代に残る聖杯伝説について  作者: 乙黒


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二つ目の杯

「……本気? 今まではまさか手を抜いていたの?」


 凛子は相手が手加減をしていたとしたら、腹が煮えくり返る思いだった。


「いや、そうではない。私はもう一歩、力の深淵を引き出そうと言うのだ。君は知っているかね? 最も効率のいい杯の雫の飲み方を。経口摂取では駄目なのだ。ただ、杯に口をつけて飲むのは駄目なのである。あれには、もっといい飲み方がある」赫食いはズボンのポケットから注射器を取り出した。その中には赤い液体が入ってある。「そもそもこの雫は、偉大な『ムクテュ――様』の〝血〟なのだよ。だから、ただ、飲むのでは駄目なのだ。このように、直接血管に輸血することによって――」赫食いはそういうと左腕に注射針を刺して、ゆっくりと腕に赤い液体を注入していく。「――体に銀河の支配者の血を直接巡らせ、私は何事にも代えがたい全能感を得ることが出来るのだ」その時の赫食いは恍惚の笑みをしており、涎を口の端から僅かにこぼしていた。また肉体にも変化は起こった。全身の筋肉が一段と膨れ上がり、全身に青い筋の血管が浮き上がった。


 その体は歪であり、背骨が曲がって前かがみになっている。まるで獣のように見えた。


「……まずいかしら?」


 凛子の額に脂汗が浮かんでいた。

 凛子はずっと赫食いの隙を伺っていたが、どうやらあの赤い液体を血管に注入したことによって先程まで皮膚の色が薄かった部分も濃く染まり、硬く変化した。先程まであった弱点が無くなったのである。逃げようとも考えるが、単純な足の速さは赫食いのほうが上だ。逃げられない。凛子は既に赫食いが自分から目を離した隙にここから逃げ出すつもりでいた。


「ああ、そうだ。思い出したよ。君には――聞きたい話があったのだ」


 赫食いの初動は早かった。

それこそ凛子には反応できないほどであり、避けることはもう間に合わない。何とか日本刀を前に出して身を守ろうとするが、それすらも超反応をした赫食いに右手首を掴まれて盾にもならなかった。また赫食いはもう一方の手で凛子の首を掴んでそのまま全身で凛子の体を押して壁に押さえつける。凛子は背中を強打し、細い呻き声を上げた。また凛子は足が地面につかず、赫食いが壁に押さえつけている首と、右手首だけで宙に浮いていた。やがて、凛子の手から日本刀が零れ落ちる。左手で何とか首の手をどけようとするが、凛子にはそれが叶わずに足をばたばたとさせるだけであった。

赫食いの赤い顔が凛子に耳元に近づいてそっと囁いた。


「さて、もう一度言う。君に聞きたいことがあったのだ。先程君は言った。杯を、〝私達〟の物だと。あれはどういう意味だ?」


 赫食いはそう言いながら凛子の首に込める力を少し緩めて、足を地面へと届かせた。凛子はぜえはあと大きく呼吸をして、酸素を取り込んでから大声で言った。


「その通りの意味よ! あれは私達の物だった。それをあなた達が奪ったのよ。返して。私たちにアマシ様を! あれはね、私達には大切な物なのよ。あれが無いせいで、私の妹は儀式を行えなかった!」


「私達の物……だと? あの杯が元々君の元にあって、それを私が奪ったというのか? 君の言うことがどこまで正しいか知らないが、そんなことはありえない」


 やれやれ、と赫食いは言う。


「いいえ。あり得るのよ! あなたは不思議に思わなかったの? 人を超える力を持つクラウドを簡単に殺した私。その力の出処を。それがただの努力だと思うの? いいえ。違うわ。努力はしたけど、それだけだったらひ弱な女の力で彼らに勝てるはずがない。なら、答えは簡単よ。私も――飲んだもの。あなた達と同じ赤い液体を」


 凛子は一気に息を吐き出したので、深く呼吸をしながら息を整える。

 だが、赫食いは凛子の訴えを聞いても、顔は暗いままだった。それどころか何か思案しているようでもある。


「……たしかに君の力は人を超えている。それは認めよう。君が杯の雫らしき物を飲んだ。それも正しいだろう。だが、一つ疑問がある。あの杯の雫を君が飲んだというのか? それは――あり得ない」


 赫食いは断言した。

 真正面から凛子の言葉を否定したのである。


「……いいえ、ありえなくないわ」


「いや、本当にあり得ないんだ。何故なら今は何年だ?」


「……2027年よ」


 凛子は少し考えてから答えた。


「それは私も知っている。何故なら君の前に来た高校生の子が、そう言っていたからだ。彼も高校生だった。君と同じ制服を着て、この場所に着た。彼の通っている高校は私も知るところだ。君もその制服を着ているのを見るに、きっと高校生なのだろう?」


 赫食いはゆっくりと自らの考えを述べた。


「……ええ、そうよ」


「なら、君の年はきっと三十よりも下なのだろう」


「……ええ。そうよ」


 凛子はもう一度頷いた。


「なら、やはり君のこの杯の滴を飲んだということはやはりありえない。何故なら私がこの杯を手に入れたのは今から三十年も前、つまり97年だ。その頃には君は生まれていないだろう? だが、その頃には杯はもうこの館にあったのだ。だから君が杯の雫を飲んだということはやはりあり得ないんだよ――」


 赫食いはゆっくりと告げた。


「……待って! どういうことなの?」


「私にも分からない。だが、君はあの杯の雫を飲めないことは時間が表している。この杯の滴を飲むのは無理だ。だが、君の力はおそらく私達と根源が同じだと思う。どういうことなのだろうか?」


 赫食いは少しだけ考える。


「やはりあなた達が盗んだんじゃないの?」


 凛子の言葉に、赫食いは何も答えなかった。だが、彼の中でようやく考えが纏まったようだ。


「いや……違う。そもそもこれは土の中にあったのだよ。昔の遺跡の中にあったのだよ。だから君の村から盗んだことはありえない。何故ならこれは千年以上前の地層にあったのだから。だとすれば、答えは一つだ。君は――別の杯の雫を飲んだ。おそらく、間違いないだろう」


「別の……杯?」


 凛子は今にも赫食いに噛みつかんとばかりに言った。


「ああ。私は知っている。あの杯はかつての銀河の支配者の体の一部だと。その一部が君の村にあってもおかしくはない。それどころか、『ムクテュ――様』は何者かに体を八つ裂きにされたのだ。ということは、宇宙には最低でも二体も、私達の想像を絶する者がいることになる。いや、もしかしたらもっといるかも知れないのだ。『ムクテュ――様』のような者が。ああ、なるほど。だから君は角も生えていなければ、体も赤くないのか。そもそも杯の雫を飲んだ者はそれが絶対条件のはずなのだから。君はおそらく、『ムクテュ――様』ではない別の者の血を飲んだのだろう。だから君は私達と似ているが根本的に違うのだ。ああ、なんと素晴らしいことだ。あのような素晴らしいものが他にもこの地球にあったのだなんて」


「なんていう……事なの――」


 凛子は顔を下に向けた。

 赫食いから知らされた真実。それを否定する要素は一つもなく、数々の情況証拠がそれを示している。そもそも赫食いに嘘をつくメリットはないのだ。もしこの場で凛子の村のアマシ様を盗んだと言ったとしても、凛子にはどうしようもできない。


「それなら、君に聞きたいことはもう一つある。君の村は何ていう村だ?」


 赫食いは凛子の首を締める力を少し強くした。


「もう……盗まれたから、私の村には無いわよ」


 凛子は強く絞められる喉から微かに出せる声で言った。その際にはやはり、生存本能として体を強く暴れさせるが、赫食いはびくともしない。


「それでもいい。君の村には何か杯の名残があるかも知れない。私は今後の為にもそれが欲しいのだ――」


 赫食いは力を一層込めた。

 凛子は殺される恐怖から、微かな声で自らの村の名前を言う。けれども物音がしない玄関では、その声はよく響いた。屋敷中に聞こえるぐらいに。


「く、く……にし……しろむ……ら――」


 凛子が自分の住んでいた村の名前を言うと、赫食いは両手を放した。凛子は首から手が離れると力なく床に尻をついた。そして涎が床に垂れるのも気にせずに必死に両手で首を擦りながら空気を杯に取り込む。その際にはぜえぜえと大きな声を立てており、また首と手首には赫食いの手の形をした痣がついている。


「さあ、君にも杯の雫を飲んで貰わなくてはな。この世界からは『ムクテュ――様』の叡智を知ってからでないと、出られない仕組みになっている。それが杯の意志であり、『ムクテュ――様』のご意思なのだ。私は君の村に大変興味が出た。おそらくは外界と隔絶された村なのだろう。そこに行くためには君の案内が必要だ――」そこまで言いかけて、赫食いは二階に視線を向けた。どうやらそこにいた人影が気になったらしい。赫食いは注意深く目を凝らし、二階の人物に声をかける。「――まさか、もう一人屋敷に人が紛れ込んでいたとはな。こんな日は久しぶりだ。一日に二人もの人が、この屋敷に舞い込むなんて」


「……そうなの? 所で、聞きたいことがあるんだ。あなたが――この屋敷の主人なのかな?」


 二階の奥から出てきたのは、顔が土埃で汚れた男であった。凛子と同じ高校の制服を着ている。右手にはコップらしき物を持っておりそれを見て赫食いは顔を歪ませ、また左手には赤い液体が入った瓶を二本も持っているのを見て男を睨んだ。

 その男の名は――秋空久羽人であった。


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