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現代に残る聖杯伝説について  作者: 乙黒


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本の終わり

 橙の霧はあれから屋敷の庭を飛び出して、山を包み、また川を下って町にまで広がった。その時にはもう私は霧の外に出ることはほぼ無かった。必要が無かったのだ。私はもう食事が必要のない体になった。私の食事は赤い液体――この杯の滴だけで十分なのだ。たった一滴飲むだけで私の腹は満たされるのだ。


そして橙に包まれた町は、最早私の知る町ではなかった。橙で包まれた世界は人がいなければ、虫などの動物すらいない静寂とした場所になっていた。代わりにこの町を我が物顔で歩くのは、私と同じクラウドである怪物たちだ。彼らは町を彷徨っている。人の血肉を求めて。だが、橙の霧が、彼らが人里に降りるのを防いでいる檻なのだと思った。


だが、彼らクラウドは私にとって仲間だ。彼らの仲間を増やすのも私の大切な役目の一つだと思う。


また私は彼らの腹を満たすのも大切な役目の一つだと思って、外から人をクラウド達の〝餌〟として読んだ。私は姿を隠して橙の霧を通って、人ならざる力を使って人を攫ったのだ。一人、また二人と、だが私はそれに時間を割くがあまり、仲間を増やすことが出来なくなっていた。


だが、その問題も〝杯〟が解決してくれた。

 杯は橙の霧を使って、ただの人を私達がいる檻に紛れ込ませた。彼らはクラウド達の極上の餌として、また運良くこの屋敷に着いた者には褒美としてクラウドになるために杯の雫を振る舞った。


私は、彼らに言うのだ。

この世界が、檻という真実を。

この世界に出口など無いと。そもそも正しい出口を知っていても、橙の霧は一度入れた人を出さない。クラウドもこの世界から出さない。この世界に入り口はあっても、出口などないのだ。だから屋敷にたどり着いた者がクラウドにならないかという私の誘いを断って、外に逃げ出したとしても無駄だ。どれだけこの狭い世界を彷徨い歩こうと、待っているのは一つであり、それは彼らの餌になることだけだ。そして唯一、この世界で救われる方法は、あの杯から出る雫を飲み、私達と同じクラウドになるだけなのだ。


そもそもこの世界と、人里を自由に行き来できる人間はただ一人、私だけである。私がこの異界を統べる支配者なのだ。私は選ばれたのだ。『――様』に。そもそも杯は元々『――様』の脊髄であった。それなのに、あるものとの戦いに負けたせいで、体が何個にも切り分けられてしまった。その一つが脊髄であり、この杯なのだ。だが、『――様』はまだ死んではいない。このような姿になっても生きている。それだけの生命力を、私は赤い液体つまり『――様』の血を飲み、一心同体になることによって感じることが出来る。『――様』の思考、容姿、能力、歴史。どれも素晴らしいものだ。『――様』は偉大なるお方である。そんなお方が復活しないのはおかしいと私は思う。私が手助けをするのだ。『――様』の眷属であるクラウドを増やし、じっと力をためて、やがてもう一度この広大なる宇宙に『――様』の御姿を。『――様』もそれを望んでおられる。だから杯はただの人を、決して外には出さない。彼らは尊い贄なのだ。私達と同じ存在になるか、もしくは私達のための糧となるか。その試練が、この世界なのだ。


そしてこの異界から外に出られるのはクラウドと成り、やがて『――様』の、銀河の支配者の叡智に触れた私のような存在だけなのだ。だから私は何も間違ったことは言っていない。クラウドになればこの世界から出られる。さらに、もっと素晴らしい存在になれる。なんていいことだろうか。なんて美しいことだろうか。


ああ、『――様』。

私は想像するのだ。


かのお方がこの宇宙に君臨し、支配者と成り、素晴らしい世界が築かれる場所を。そしてそこで私は安寧に満ちた世界で暮らすのである。いぃうぅ。ああ。『――様』に栄光あれ――。


――僕はそこで本を読み終わった。それ以降は何が書かれているか分からなかったので読めなかったのだ。また、杯の本来の持ち主であり、彼が信仰している者の名前は文字が読めなかった。日本語ではなかったのだ。それはペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶし、無造作に書いたような文字であるが、どの箇所も同じ文字となっているので、同一の存在であることは分かったが、読み方は分からなかった。


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