12 しっとり乾パン夏のお堀味
朝靄。
まさに雲が地上に降りてきたかのように神秘的な光景の森を、白神は一人で歩いていた。その手にはうっすらと輝く小さな石が握られている。
(これを回収しないともったいないからな)
そう、これは夜に倒した魔獣が取り込んでいた魔石なのだ。貴重な鉱石である魔石は高値で売れる。合理主義者、というよりはただのケチ臭い男である白神はわざわざ川まで戻って回収してきたのである。
お金は多くても決して損することはない、これが白神の信条なのだ。
ちなみに魔獣は死ぬと肉体を維持できずに消滅、つまり跡形もなく消え去るため、魔石の回収は落ちてるものを拾うだけという非常に簡単なものだったりする。
サクサクと少し湿った落ち葉を踏みしめて進む白神。軽く早足なのは寝ている少女を置いて一人で出てきたため、少女が起きる前に帰ろうと思っているからである。
夜に色々とあったので、またあの場所に連れていくのはな、と白神なりに気を使って寝かせたまま来たのだが、もし目が覚めて辺りに誰もいないことに気づいたら、あの少女がどんな行動をとるかわかったものではないのだ。もし仮に一人で動かれたりでもした時には、森の中で迷子を捜す羽目になりかねない。
まだ日が昇るまでには時間があるので、さすがに寝ていると思うのだが相手はあの少女、ユキである。想像の斜め上をいくような事ばかり引き起こしてくれているので、用心に越したことはないだろう。
焚き火をしていた場所まで戻る。
さて、ユキはーーーと寝ているはずの少女を確認しようとした白神の視線がすぐそこの木で止まる。そこには白い布のようなものが見え隠れしていた。見覚えのある、というよりそれはどう見ても白神がユキに買った服の裾にしか見えない。
「何してるんだ、お前」
その声を聞いて木の陰に隠れたまま、ひょっこっと顔だけこちらに向けているユキ。白神の顔を見て少し安堵したような表情を作ると、ようやく木の陰から出てくる。
「だって起きたら突然足音が聞こえて、しらかみがいなくて・・・」
・・・あれで隠れたつもりだったのだろうか。頭を抱えたくなる衝動を抑え、とりあえず置きっぱなしにしていた荷物の傍に座る。どうやら夜のことを引きずっていない訳ではなさそうだが、それでもユキらしさを取り戻し始めていた。
少し安心する白神。
「悪かったよ、魔石を回収しに行ってたんだ。売れば金になるからな、あって損はないだろ」
「魔石?」
隣にきたユキが不思議そうに聞く。
「そうそう、魔獣から取れる強大な『力』を秘めた石で、あの巨大ガエルからーーーってなに赤くなってるんだ?」
「なんでもないっ!」
怒ったように言うユキ。
思い当たる節は思いっきりあるのだが、あえて知らない風を装う白神。ここで夜のことを蒸し返すのは野暮というものだろう。
というより、話の流れをそこに持っていくと白神としても困ったことになる。具体的にはあの夜、脳裏に焼きついてしまった映像が出てきそうで、ユキの顔を直視できなくなりそうだった。
「・・・まあ、とにかく金になるんだ。だから次の街くらいで売ろうと思って取りに行ってきたんだよ。べつにお前を置き去りにしていくつもりはないから、そこは安心してくれ」
少し誤魔化すように言いながら、昨日濡れてしまったため乾かしていた鞄から1つの袋を取り出す。そこそこに大きな、防水性のある黒い袋。白神の貴重品入れなのだ。
けっこう色々なものが詰まっている袋の中から、さらに魔石入れにしている小さな袋を引っ張り出す。貯めていた魔石はこの前売り払ったばかりなので、ほぼ空になっているその袋に小さな魔石を入れる白神。
「それ、中に何が入ってるの?」
興味津々、といった様子で聞いてくるユキ。少女の視線の先にあるのは先ほどの貴重品袋だった。
「金になるものとか大切なものとか、まあそんな感じのものだな。水を通さないし防刃仕様だから大事なものはここに入れとくんだよ。けっこう安全性は高いからな、お前の首飾りも入れとくか?」
「いいの?」
「俺は何も困らないからな。それより落とした、とか言われた方が困る」
服の袖から例の首飾りを取り出すユキ。
その服の中にどうやって仕舞ってたんだよ、と聞きたくなるが、そう言えば初めて会った時には髪の中に隠していたことを思い出す。もしかすると少女にはそんな才能があるかもしれなかった。
渡してきながらも名残惜しそうな顔をするユキ。無くすのは怖いが、手放すのは寂しいのだろう。
「言えばいつでも出してやるって」
「・・・うん」
ユキから受け取った首飾りを適当な袋に入れてから貴重品袋に入れる。中にはそこそこ重いものも入っているが、壊れるなんてことはないだろう。貴重品袋を鞄に仕舞い、白神はユキへと向き直る。
そして、少し真剣な顔をして緊迫感を演出する白神。
「さて、これからについてなんだがな・・・まさに今、直面している問題がある」
「ど、どうしたの?」
その空気に呑まれたのかユキが緊張した面持ちで聞いてくる。どうやら最初の掴みには成功したらしい。
「それが、食料についてなんだが・・・」
食い入るように聞いているユキ。
白神はそこで一度、間を空ける。そう、ここからが本当の勝負なのだ。
「俺が用意していた乾パン全部が浸水被害に遭ってな、もう日持ちしないし、他に食べ物はないからこれを消費ーーー」
「絶対にやだ!」
言い終わる前に拒絶されてしまった。想定していたとはいえここで諦める訳にはいかない。
必死に粘る白神。
「大丈夫だ、一応鼻をつまめば少し不味いパンーーー」
「絶対に食べない!」
頑なな拒絶にやっぱり無理か、と白神はため息をつく。
どうやら、しっとり乾パン夏のお堀味は破棄するしかないらしい。もったいないので白神が一人で全部食べてもいいのだが、それでは少女だけが空腹で旅をする、ということになってしまう。次の街までどれだけの距離があるのかわからないが、それでは不公平だろう。
食えるのに、ともったいなく思う白神。
それに少し心配でもあった。夏の炎天下を歩くのはけっこうな体力を使う。水があるとはいえ絶食していたら相当辛いだろう。白神は耐える自信があるのだが、目の前の少女が耐えられるとは到底思えなかった。そして、もし少女が倒れた場合、白神が運ぶしかないのである。
諦めきれない白神はもう一度だけ聞いてみる。
「・・・なあ、やっぱりこの乾パーーー」
「いやっ!!」
・・・どうやら、諦めるしかないようだった。




