11 少女と魔獣と強化兵
白神は大剣を背負い、ユキを捜していた。
「川は・・・こっちだな」
かすかに聞こえてくる水音を頼りに進む。基本的に小さな川ほど流れが早く水音が大きいので、これだけ小さな音だということはそこそこには大きな川なのだろう。
そのことを踏まえ、魔獣がいるのではないかと心配する白神。
魔獣と呼ばれる危険な生物、それは魔石と呼ばれる強力な『力』をもつ石を取り込んだ生物がその『力』で強化されることによって生まれる。そして魔獣となった生物の大半が巨大化し、元々持っていた能力が何倍にも強化されるため、人間にとっては大きな脅威となるのだ。
そして、魔獣を狩ることで金を稼いだりもする白神は知っている。
水辺、特に川の淵などの場所には魔獣が多い。なぜなら、本来は土の中に存在する魔石が土砂崩れなどで川に流れ込むと、そういった場所にたまっていくからである。時にはそんな魔石を繁殖期などで集まっていた生物が次々と取り込み、魔獣が大量発生する、なんて笑えない話もあったりする。
そして、十日ほど前にはちょうど雨が多く降っていたのだ。それも、土砂崩れが起きそうなほど激しく、大量に。
とりあえずユキを見つけて上手くなだめるか、なんてことを考えながら川を目指す。こんな真夜中に魔獣と鉢合わせ、なんてことにだけはなりたくはなかった。
まあ、さすがにあのユキでも魔獣がいるような場所には近づかないだろ、と楽観的に考える白神。
少し行くと、木々が開け大きな川が現れた。月明かりを映す、ゆっくりとした流れの大きな川。
そこに。
「あれは・・・魔獣か?」
ちょうど水際の辺りにとてつもなく巨大なカエルがいた。月明かりに照らされながらゆっくりと岸に近づく巨大カエル。なにやら凄く嫌な予感がする。
目を凝らして見てみるとその先、まさにカエルの目の前にあの少女がいた。
「あいつ!」
白神は強化兵としての『力』を使って即座に跳躍し、一気にカエルへと跳ぶ。
一気に距離を詰める白神。
少女へと跳びかかろうとした巨大ガエルは途中でこちらに気づいたのか、僅かに動きを鈍らせる。その隙を逃さず、白神は空中で大剣を外すとそのまま振りかぶり、落下の勢いを乗せて力任せに叩きつけた。
独特な鳴き声を上げてもがく巨大ガエル。白神はその背後に水を飛び散らせながら着地する。
「っ」
即座に間を詰め、さらなる斬撃を見舞う白神。
そのまま巨大ガエルの脇をすり抜けるようにして前に回り込み、少女の前に立つと、止まることなく大剣を振るう。急所を捉えた鈍い手応え。大剣はその膨らんだ喉元を切り裂いていく。
足を伸ばして痙攣させ、川底の砂利に乗り上げる巨大ガエル。白神は辺りを警戒しながらも大剣を仕舞い、ユキへと振り向く。
「お前は馬鹿か! なにが一人で大丈ーーーっ!?」
叱るつもりが途中で言葉を失う白神。
目の前、ぺたんと腰が抜けたかのように座り込む少女は服を着ていなかった。一糸纏わぬ、まさにそんな状態の少女。月明かりの下、その白い素肌は薄暗い中浮かび上がるようで、白神の思考を完全に停止させていた。
「ーーー!!」
ようやく自分が裸であることを思い出したのか慌てて体を隠そうとするユキ。白神もそこでようやく呪縛から解放され、とにかく目を逸らそうと背中を向ける。二人の間に流れる気まずい沈黙。
「・・・とって」
それを破ったのは少女のとても小さな、そして震えた声だった。思わず聞き返す白神。
「えっ?」
「・・・私の服、とって」
震える声で繰り返すユキ。
慌てて足下を見てみると、水面に服がかたまって漂っていた。それは見間違えようのない、今日白神が少女のために買ってやったばかりの服。とにかく引き上げ、極力少女の方を見ないようにしながら投げる。
背を向けたまま少女が服を身につけるのを待つ白神。水の流れる音に混じり、少女が服を着る音が響く。どことなく居心地の悪い時間。
その音が止んだのを見計らって、白神はとりあえず声をかける。
「服、着たか?」
「・・・うん」
少し遅れて答えるユキ。
その言葉に振り向くと、少女は俯いて立っていた。どう話しかけるべきかわからず、すごく声をかけづらい白神。
「ええっと、大丈夫だったか? 怪我とかしてないか?」
とりあえずそれだけ聞いてみる。べつに白神が悪いわけではないのだが、どことなく負い目に感じるのだ。
叱るつもりがそんなことしか聞けない白神。
「・・・うん、大丈夫だから、しばらく一人にして・・・」
対してユキは俯いたまま、消え入りそうな声で言う。
少女にはあまりにも恥ずかしいことだっただろうし、魔獣に襲われた恐怖も手伝って、気持ちが落ち着くまで一人でいたいのだろう。白神としてもそうさせてやりたいのはやまやまなのだが、それは無理な話だった。
なぜなら、
「いや、川の中にまだ魔獣が何匹かいるから・・・」
そう言いながら淵の方を指差す白神。
そこには巨大ガエルの目玉がいくつも浮いていた。そう、繁殖期などに集まった生物が次々と魔獣化する現象、まさにそれが起きていたのだ。
今は白神が巨大ガエル一匹を仕留めたばかりなので警戒して近寄ってきていないが、ユキが一人になればすぐにでも獲物を求めて寄ってくるだろう。
ひっ、とそれに気づいたユキが怯えたように座り込む。余程怖かったのだろう、その膝は震えている。このまま放っておいたらどうなるかわかったものではない。
このままだと大変なことになりかねないため、白神は安心させようと少女へと歩み寄る。
「とりあえず戻ろう。それからなら好きなようにさせてやるから、な?」
あやすように言う白神。
ユキは小さく頷き、白神の袖を掴む。幼い子どものように素直に従うその姿をそっと窺いながら、少女の歩く速度に合わせて元来た道を帰ってゆく。静かな森に響く、二人の足音。ユキは無言で、白神も話す話題を見つけられなかったために口を開くことなく歩いていく。
しばらくして焚き火をしている場所へとたどり着く。炎が消えることなく燃えていることにひと安心する白神。乾かしていた荷物はユキを捜しに出た時からずっと置き去りにしていたのだが、風に飛ばされたり火が燃え移ったりすることもなく無事だった。これなら明日の朝までにはほとんど乾くだろう。
焚き火の傍で乾かしていた大きめのタオルを手に取る。完全に、とまでは言えないが、一応は乾いているのを確認するとユキへと手渡す。
「ちょっと臭いけど体に巻いとけ。そんなに濡れてたまま寝たら風邪ひくから」
少女はこくりと頷き、肩にかけるようにして体をくるむとまた白神の袖を掴む。
「・・・どうしたんだ? しばらく一人になりたいんじゃないのか?」
白神の言葉にふるふると首を横に振るユキ。
俯いたまま、袖を離そうとしないのだ。まるで何かに怯えるかのようにぎゅっと袖を握りしめてくる。
その姿を見て、白神は大きく息を吐き出す。
「わかったよ、このままでいいから早く寝ろ。俺は火と周りを見張っとくから」
そのまま腰を下ろす白神。
ユキは袖を握ったままその隣に座り、こちらに体を預けてくる。その体重は軽く、布越しに伝わってくる体温はやけに冷たい。その小さな体は、微かに震えていた。
白神は脳裏に焼きついたあの白い素肌のために、僅かに自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じるが、震える少女の手前、平静を装う。最低だな、と自己嫌悪に襲われる白神。今までならそのくらいのことで動じるはずがなかったのに、今は違っていた。かつての自分では考えられないこと。それは自分に起きた変化なのだろうか。
そこまで考えてふっ、と自嘲の笑みを浮かべる。
変われるはずがない。それは自分が一番知っていることだった。ただ一人の少女と出会ったくらいで、白神という名の兵器が変われるはずがないのだ。
パチパチ、と爆ぜる焚き火を無言のまま見つめる。
暗い夜の闇の中、炎をその身に宿して辺りを照らし、灰となっていく木々。炎という強大な力にその存在全てを奪われていくかのように黒ずみ、形を崩していく。
白神はまた1つ、木の枝を炎の中に投げ込む。パチパチ、と新たな獲物を呑み込もうと勢いを増す炎。木の枝はまだ生木だったのか押し寄せる炎に抗い、その身を保とうとする。続く僅かな抵抗。白神はなんの感情も持たずにそれを見つめる。
そして、少しの時間が流れて。
パチンと。抵抗も虚しく木の枝は炎に呑まれ、その身を瞬く間に焼き尽くされた。




