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極悪令嬢だった私ですが、自分で作った罪は自分で刈り取ります  作者: Atelier Lotus文庫
第七章 私が殺すはずだった人

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第49話 選ばない

 建物全体が大きく揺れた。


 装置の中央で四つの力が激しくぶつかり、これまでとは比べものにならないほど強い魔力の波が周囲へ広がる。


「全員、伏せろ!」


 ロンドの声とほぼ同時に、ヴェティアは杖を振った。


「風!」


 こちらへ押し寄せた力の向きを横へ逸らす。


 直後、床が震えた。


 今度は土属性の力まで装置の外へ漏れ出し、石床へ細かな亀裂が走っていく。


 ヴェティアはすぐに土魔法を重ねた。亀裂が奥の通路へ伸びないよう支え、救助に向かっている者たちの退路を守る。


 腕へ重い反動が返ってきた。


「奥の状況は!」


 ロンドが叫ぶ。


「一人目を運び出しています! 二人目はまだです!」


「一人目はそのまま外へ! 戻る者は最小限にしろ!」


 指示を受けた調査員たちが動く。


 その声を聞きながら、ヴェティアは装置を見つめた。


 悪化している。


 四属性の力が中央へ押し込まれる速度は、先ほどよりも上がっていた。


 そして、その流れを見れば見るほど、ヴェティアには分かってしまう。


 どこから手を入れればいいのか。


 風を少し抑える。


 水の反発を調整する。


 土を支えとして使い、火が中央へ残る時間を合わせる。


 それだけではない。


 そこから先も、完全ではないながら見えていた。


 原作で鮮血姫が完成させた力を知っている。今の失敗と、自分が持つ四属性への適性を重ねれば、進むべき方向を想像できてしまう。


(あと少し)


 今の乱れへ自分から入り、四つすべてを自分で調整すれば。


 もしかすると。


 ヴェティアは一歩、装置へ近づいた。


「ヴェティア?」


 背後からロンドの声が聞こえた。


 答えず、杖を持つ手へ力を込める。


 できるかもしれない。


 その可能性は、先ほどよりもはっきりしていた。


(私なら、できる)


 四属性すべてを扱える。


 細かな制御もできる。


 原作で何が完成したのかも知っている。


 今の研究者たちが何度試しても越えられなかった場所へ、原作の自分は辿り着いた。


 だったら、ここで自分が続きをやればいい。


 未完成だから暴れているのなら、完成させて自分の管理下へ置けばいい。


 そうすれば装置を止められるかもしれない。奥の被害者を助けられる。ロンドもルミエも、王家側の人間たちも、これ以上危険にさらさずに済む。


(私一人がやればいい)


 その考えは、あまりにも自然だった。


 自分が禁忌へ踏み込む。


 自分がその力を抱える。


 何かが起きても、自分が責任を取る。


 他の誰にも使わせない。誰にも背負わせない。自分だけで終わらせる。


 杖がゆっくり持ち上がった。


 火、水、風、土。


 四つの力へ、自分の魔力を伸ばそうとした、その瞬間。


『責任を負うことと、すべてを一人で背負うことは同じではありません』


 ミュゲの声が蘇った。


 ヴェティアの手が止まる。


 先ほども思い出した言葉だった。


 けれど今、目の前で大勢の人間が動いているのを見ながら思い返すと、ようやく違う意味が見え始めた。


(私が全部引き受ければいい)


 自分は何度、この結論へ戻ってきたのだろう。


 アンナを傷つけた過去から逃げないと決めたときも、原作の未来を知り、ルミエが狙われているかもしれないと分かったときも、ロンドまで危険へ巻き込みそうになったときも。


 何かが起こるたび、自分が前へ出ればいいと思っていた。


 自分が苦しめばいい。


 自分が危険を負えばいい。


 そうすれば他人を傷つけずに済む。それが責任なのだと、どこかで思い込んでいた。


 けれど、ルミエは自分でここに残ると決めた。


 ロンドも調査から退かず、自分の役割を果たすと決めた。


 王家側の人間たちも、それぞれの役目を持って被害者を助けようとしている。


 誰も、ヴェティアへすべてを任せたとは言っていない。


 なのに、自分が一人ですべてを決めてしまえば、危険だけではなく、彼らが何をするのかまで自分の都合で決めることになる。


(また同じことをするの?)


 胸の奥へ、冷たいものが落ちた。


 過去の自分は、自分が傷ついたから、自分が苦しかったから、自分がそうしたかったからという理由で、他人の気持ちを考えずに傷つけた。


 今は理由が違う。


 人を助けたい。


 守りたい。


 その気持ちは嘘ではない。


 けれど、人を助けたいと思っているからといって、相手の意思まで無視していいわけではない。


 自分一人が正しいと思った答えを、他人へ押しつけてもいいことにはならない。


 学校でミュゲから聞いた言葉が、もう一つ浮かんだ。


 同じ魔法でも、何に使うかは人間が決める。


 なら、同じ力を持っているからといって、同じ道を選ぶ必要もない。


 ヴェティアは装置を見た。


 この先へ進めるかもしれない。


 闇魔法を完成させられるかもしれない。


 その可能性は消えていない。


 できないから諦めるのではない。


 怖いから逃げるのでもない。


 自分で決めるのだ。


「……選ばない」


 声に出した。


「ヴェティア?」


 振り返る。


 ロンドがこちらを見ていた。


 ルミエも少し離れた場所で杖を握っている。


 ヴェティアは一度息を吸った。


「ロンド様。お伝えしておかなければならないことがあります」


「何だ?」


「この装置が、どこで失敗しているのか……私には、ある程度分かります」


 ロンドの表情が僅かに変わる。


「止められる?」


「一人で止めようとすれば、もっと危険な方法へ進めるかもしれません」


 自分の口から言うだけで、喉が乾いた。


「危険な方法?」


「今ここで、すべてを説明する時間はありません」


 ロンドは数秒だけヴェティアを見た。


 問い詰められるかもしれないと思った。


 けれど彼は、それ以上追及しなかった。


「分かった。続けて」


「私は、それを使いません」


「止められる可能性があっても?」


「はい」


 答えた瞬間、恐怖が押し寄せた。


 もし、この判断をしたせいで誰かが死んだら。


 あとになって、あの方法なら助けられたかもしれないと思ったら。


 後悔するかもしれない。


 それでも。


「できないからではありません」


 ヴェティアは自分の杖へ目を落とした。


「たぶん、私ならできるかもしれません」


 ルミエが息を呑む。


「ですが、やりません」


 そこまで言ったとき、自分の中でようやく言葉が定まった。


「完成させないと、決めます」


 ロンドはすぐには答えなかった。


 やがて、一度だけ頷く。


「分かった」


 それだけだった。


 否定もしない。


 褒めもしない。


「なら、別の方法を教えて」


 ヴェティアは装置へ目を戻した。


 別の方法なら、ある。


 完璧ではない。


 自分一人では終わらせられない。


 だからこそ、今までとは違う。


「四属性を、分けます」


「分ける?」


「ええ」


 ヴェティアは装置を指した。


「今は四つの力が中央へ無理に集められています。それを完成させる方向へ進むのではなく、それぞれがこれ以上広がらないよう、別々に押さえます」


 以前、地下施設で装置を止めたときも、一つにはしなかった。


 混ぜなかった。


 四つは、四つのまま。


 あのときは装置を弱めるためだった。


 今度は、完成させないために使う。


「私は四つ全部を扱えるので、同時に見ることができます。ただ、これだけで完全に止めるのは無理です」


「どれくらい持たせられる?」


「分かりません。少なくとも、救助する時間を作ることはできると思います」


「必要な範囲は?」


 ロンドはすぐに実務へ切り替えた。


 ヴェティアは周囲を見渡す。


「装置の近くから人を下げてください。今より内側には入らないで。救助班も、通るとき以外は装置側へ寄らないでください」


「分かった」


 ロンドが調査員たちへ向き直る。


「聞いた通りだ! 装置の周囲を空けろ! 救助班は奥の二人を優先、それ以外は近づくな!」


「承知しました!」


「一人目は?」


「外へ向かっています!」


「二人目を急げ。ただし退路を崩すな!」


 次々と指示が飛ぶ。


 ヴェティアはそれを聞きながら、今度はルミエを見た。


「ルミエさん」


「はい」


 すぐに返事が来る。


「あなたの光魔法も、必要になるかもしれない」


 ルミエの表情が引き締まった。


「何をすればいいですか?」


「まだ使わないで」


「はい」


「私が四属性を分けて、暴走の広がりを抑える。それでも中央には不安定な状態が残ると思う」


 先ほど読んだ記録を思い出す。


 分解。


 解除。


 観察。


 再試行。


 研究者たちが光魔法をどう使おうとしていたのか、すべては分からない。


 けれど、ミュゲから教わった光魔法の性質なら、異常な状態へ介入できる可能性はある。


「その状態を見てから、あなたにできる範囲で介入してほしい」


「分かりました」


「無理だと思ったらやめて」


「はい」


 ルミエは頷いたあと、少しだけ眉を寄せた。


「ヴェティア様もですよ」


「……分かってるわ」


「今、一瞬迷いましたよね」


「こんなときまで見ているところが細かいのよ」


 ルミエの口元が僅かに緩んだ。


 ヴェティアも、ほんの少しだけ息を吐く。


 装置が再び軋んだ。


 今度こそ、話している余裕はない。


「始めます!」


 ヴェティアは杖を構えた。


 最初に火の流れを捉える。


 押し込まれている熱を、それ以上中央へ寄せない。


 次に水。


 火へぶつけて消そうとはしない。ただ、別の流れとして保つ。


 風は広がる方向を変え、土は下から支えながら周囲へ抜ける力を押さえる。


 四つを同時に扱う。


 けれど、一つにはしない。


「……っ」


 すぐに腕が重くなり、額に汗が滲んだ。


 装置そのものが四属性を中央へ集めようとしているため、ヴェティアはその流れへ逆らい続けなければならない。


「どうだ?」


 ロンドが聞く。


「今なら……少し持たせられます!」


「救助班、今だ!」


 奥から足音が聞こえた。


 人を運んでいる。


 誰かが声を掛け、別の誰かが通路を開ける。


 ヴェティアには、そちらを確認する余裕がなかった。


 でも、それでいい。


 自分が見なくても、ロンドが見ている。


 救助する人たちがいる。


 ルミエも、自分の出番を待っている。


 全部を自分でやらなくても、物事は進んでいる。


 火が一瞬強くなった。


 ヴェティアは火だけを抑える。


 水が乱れれば、水へ意識を移す。


 風も、土も。


 必要なところへ、必要なだけ。


(同じ力なのに)


 原作のヴェティアは、この才能を一つへ集めるために使った。


 人を傷つけても止まらず、最後には闇魔法を完成させた。


 今の自分にも、同じ才能がある。


 その事実は変わらない。


 けれど、使い方は自分で決められる。


 ヴェティアは杖を握り直した。


(私は、完成させない)


 できるかもしれないからこそ。


 その先を選ばない。


 四つの力が再び中央へ寄ろうとする。


 ヴェティアはそれぞれの流れを捉え、別々のまま押し留めた。


「ルミエさん!」


「はい!」


 背後で杖を構える気配がする。


「まだ待って!」


「分かりました!」


「ロンド様、救助は!」


「二人目を運び始めた!」


 答えが返ってくる。


 ヴェティアは装置から目を離さず頷いた。


 自分にできることをする。


 できないことは、任せる。


 闇魔法を完成させるより、ずっと不格好で、ずっと時間のかかるやり方だった。


 それでも。


 今度は、一人ではなかった。

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