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極悪令嬢だった私ですが、自分で作った罪は自分で刈り取ります  作者: Atelier Lotus文庫
第七章 私が殺すはずだった人

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第47話 完成していない力

 建物へ入る許可が下りたのは、王家側の調査員が内部を一通り確認してからだった。


「まだ奥までは進まないでください」


 入口でそう告げられ、ヴェティアは頷いた。


「中に人は?」


「確認できた範囲では、数名です。研究に関わっていた側なのか、被害を受けている側なのかは、まだ分け切れていません」


「でしたら、先に人を」


「そのつもりです」


 ロンドが短く答える。


「記録は逃げない。人は違う」


 調査員たちは二手に分かれた。


 一方は内部に残っている者の確認と救出。もう一方は、出入口と記録の保全。


 ヴェティアたちは、その後ろから進んだ。


 建物の中は、最初に見つけた地下施設ほど荒れてはいなかった。


 むしろ、一見すれば普通の作業場に見える。


 棚や机、箱。魔法道具を扱うための設備。


 けれど、奥へ進むほど空気が重くなった。


 魔法を使った直後のような感覚が残っている。それも、一つの属性だけではない。


 火、水、風、土。


 それぞれの気配が、妙な形で近くに残っていた。


「……混ざっている」


 ヴェティアが呟く。


 完全に一つになっているわけではない。


 むしろ、無理に近づけられ、押し込められ、それでも馴染み切れずに互いを押し返しているような、そんな不安定さだった。


 ルミエが少し離れた場所から周囲を見る。


「前の場所と、似ていますか?」


「似ているわ」


 ヴェティアは答える。


「でも、こっちの方が……続けていた感じがする」


 最初に見つけた施設は、人が傷つけられた痕跡が強かった。そこでも研究は行われていた。


 けれど、この場所には同じことを何度も試した形跡があった。


 交換された部品。焦げた跡。補修された台座。一度取り外され、別の位置へ付け直されたらしい導線。


 失敗したから直して、また試した。


 そんな繰り返しが見える。


「殿下」


 調査員が一冊の記録を持ってきた。


「一部、読めます」


「見せて」


 ロンドが受け取る。


 ヴェティアとルミエも、横から覗き込んだ。


 日付らしきもの。


 属性。


 量。


 継続時間。


 そして、結果。


『拒絶』


『維持失敗』


『回路負荷、上昇』


『分離』


『再試行』


 同じような言葉が何度も並んでいる。


「……成功していない」


 ルミエが言った。


「少なくとも、これを見る限りは」


 ロンドは記録をめくる。


「うまくいったという記述はない」


 ヴェティアも目で追う。


 火と風。


 水と土。


 三属性。


 四属性。


 組み合わせを変えている。量も変えている。流し込む順番を変えているらしい箇所もある。


 それでも、結果は似ていた。


 崩れる。


 弾く。


 維持できない。


 負荷が大きすぎる。


 止める。


 そして、また試す。


(……違う)


 ヴェティアの胸の中に、以前からあった疑問がまた浮かぶ。


 原作では、鮮血姫は完成させた。


 異なる属性の力を無理やり混ぜ、本来なら成立しない力へ変える。


 闇魔法。


 今ここに残っているものは、そこへ届いていない。


「ヴェティア様?」


 ルミエに呼ばれ、顔を上げる。


「何でもないわ」


 そう答えかけて、やめた。


「……原作のことを考えてた」


 ロンドには、その言葉の意味までは分からない。


 けれど、ルミエには、ヴェティアが自分だけに話していない秘密を抱えていることは分かっている。


 今さら、すべてを説明する必要はない。


「前に話した危険な魔法と、似ているのか?」


 ロンドが尋ねた。


「ええ」


 ヴェティアは記録を見る。


「ただ、完成していません」


「断言できる?」


「この記録の範囲なら」


 言い切りすぎないようにする。


「少なくとも、私が知っているものとは違います」


 ロンドは頷いた。


「なら、それ以上は今はいい」


 問い詰めない。


 そのことに、ヴェティアは少しだけ救われた。


 別の調査員が、さらに紙束を運んできた。


「こちらにも記録があります」


 机へ置かれる。


 途中で破れたもの。文字が滲んでいるもの。急いで持ち出そうとしたのか、順番すら揃っていない。


 その中に、ヴェティアは見覚えのある言葉を見つけた。


「……光」


 ルミエも気付いた。


「私の?」


「まだ分からないわ」


 ヴェティアは紙を取り上げなかった。


 調査員が保全している最中だ。


 触れずに、読める範囲だけを見る。


『分解』


『解除』


『観察』


『再試行』


 前にも見た言葉。


 そこへ、新しい断片が混じる。


『不安定状態の分離』


『残留の確認』


『再構成前の――』


 その先は破れていた。


「これだけでは、光魔法で何をしようとしていたのかまでは分からないな」


 ロンドが言う。


「はい」


 ルミエは紙から目を離さない。


「でも、完成させるための代わり、という感じでもないですよね」


「そうね」


 ヴェティアも同じだった。


 光魔法は、魔素へ直接働きかけ、それを火、水、風、土の四つの魔粒子へ分解する。そして、その際に生じたエネルギーを、目的に応じて制御して利用する。


 少なくとも、ミュゲが教えてくれた範囲では、そういう性質を持つ。


「失敗したものを、一度ばらすため?」


 ルミエが言う。


「それなら『分解』と『再試行』はつながります」


「可能性はあるわ。でも、それだけとは限らない」


「はい」


「異常な状態を解除するためかもしれない。どう混ざっているかを見るためかもしれない。失敗した後に、何が残っているか確かめるためかもしれない」


 ロンドが紙を見つめる。


「つまり、セルメールの光があれば闇魔法を完成させられる、とは言えない」


「言えません」


 ヴェティアははっきり答えた。


「むしろ、今残っている記録を見る限りでは……研究を繰り返すために使おうとしていたように見えます」


 失敗する。


 壊れる。


 分離する。


 また始める。


 その繰り返しを、光魔法で少しでも安全に、あるいは効率よく続けようとした。


 そう考えれば、記録の並びは理解できる。


 でも、理解できるからこそ気持ちが悪かった。


 ルミエの力を。


 人を救うための魔法を。


 失敗を続けるために使おうとしている。


「……嫌です」


 ルミエが小さく言った。


 ヴェティアは彼女を見る。


「私の魔法が、そういうことに使われるのは嫌です」


「ええ」


 それ以上は言わなかった。


 嫌なら、嫌でいい。


 それを本人が決めていい。


「殿下」


 奥から声がした。


「こちらを」


 案内された先に、大きな装置があった。


 ヴェティアは足を止める。


 最初に見た施設のものより、明らかに複雑だった。


 複数の属性の力を別々に導くための経路。その中央には、それらを集めるための部分がある。


 周囲には焦げやひび、補修の跡。


 何度も使われた痕跡。


「動いているの?」


「ごく弱くですが、魔力の残留があります」


 調査員が答える。


「停止していると見てよいか?」


 ロンドが聞く。


「今のところは。ただ、完全に安全だとは言えません」


「なら触るな」


「はい」


 全員が距離を取る。


 ヴェティアは装置を見る。


 四つの別々の経路。


 中央へ集め、押し込み、融合させようとする構造。


(……これ)


 頭の中で、構造が妙に分かった。


 以前の施設でも、似たことはあった。


 あのときは壊すために、四属性を分けたまま使った。


 混ぜなかった。


 それで止められた。


 けれど今、目の前にある装置はもっと先まで進んでいる。


 失敗を何度も繰り返し、どうすれば混ざるのか、どうすれば長く保てるのか、どうすれば拒絶を抑えられるのか。


 そこまで近づいている。


 それでも、越えられていない。


(何が違うの?)


 また、同じ疑問が浮かぶ。


 原作の鮮血姫は、ここを越えた。


 今の研究者たちは越えられない。何度やっても失敗している。


(……方法だけじゃない?)


 原作のヴェティアは、四属性すべてへ高い適性を持っていた。


 細かな魔力制御も、魔法式を扱う力も、異常なほど高かった。


 そして、止まらなかった。


 人を使って、傷つけて、失敗してもまた試して、最後まで研究を続けた。


(だから……?)


 ヴェティアは、自分の手を見る。


 今の自分にも、同じものがある。


 火が使える。


 水が使える。


 風が使える。


 土が使える。


 四つとも、細かく扱える。


 それはずっと、自分の長所だと思っていた。


 今も、力そのものが悪いとは思わない。


 実際、何度も人を守るために使ってきた。


 でも、同じ手で、あれを作ることも――。


「ヴェティア」


 ロンドの声に顔を上げる。


「近づきすぎるな」


「……はい」


 一歩、下がる。


 そのときだった。


 装置の中央で、小さな音がした。


 ぱち、と。


 火花のような音。


 けれど、一色ではない。


 熱。


 湿り気。


 風。


 地面を伝う微かな震え。


 別々のものが、一瞬だけ中央でぶつかった。


「全員、離れろ!」


 ロンドの声が飛ぶ。


 調査員たちが動く。


 ルミエも後ろへ下がる。


 ヴェティアも身体は動いた。


 なのに、目だけが装置から離れなかった。


 崩れた。


 今のも、融合し切れずにすぐ散った。


 だから失敗している。


 けれど。


(……分かる)


 どこで崩れたのか。


 何が揃っていないのか。


 少なくとも、その一部が自分には見えてしまった。


 胸の奥が冷える。


 怖いのは、敵が完成させることではない。


 もっと近いところにある。


 ヴェティアは自分の手を見る。


(……私なら)


 その先を。


 越えられるかもしれない。

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