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極悪令嬢だった私ですが、自分で作った罪は自分で刈り取ります  作者: Atelier Lotus文庫
第七章 私が殺すはずだった人

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第46話 私が殺すはずだった二人

「人と、記録が動いています」


 調査員の言葉に、ロンドの表情が引き締まった。


「どこから?」


「以前から確認していた関係先の一つです。保管されていた荷物の一部が、予定のない時間に運び出されています」


「人は?」


「出入りしていた者のうち、数名が同時に姿を消しました」


 ヴェティアは机の上へ置いていた手を握った。


 ただ荷物を移しただけなら、ただ人が帰っただけなら、それだけで罪にはならない。


 けれど、こちらが調査を進めている最中に、複数の人間と記録がまとめて動いた。


「証拠隠滅ですか?」


 ルミエが尋ねる。


「可能性はあります。ただ、まだ断定はできません」


 調査員の答えは変わらない。


 分からないものは、分からない。


 だからこそ、今確認する必要がある。


「追っている者は?」


「すでに出ています」


 ロンドが立ち上がった。


「僕たちも行く」


「殿下」


「現場の安全確認が終わるまで前へは出ない」


 調査員が一瞬だけ迷い、それから頷いた。


「承知しました」


 ヴェティアも立ち上がる。


 そのとき、先ほど決めたことを思い出した。


 勝手に動かない。


 一人で決めない。


「ルミエさん」


「はい」


「あなたは――」


 残る?


 その言葉を飲み込む。


「どうする?」


 ルミエは少しだけ驚いた顔をして、それから頷いた。


「行きます」


「分かったわ」


 もう、勝手に安全な場所へ押し込めない。


 その代わり。


「絶対に、一人にならないで」


「ヴェティア様もですよ」


「分かってる」


 ロンドが二人を見る。


「行くぞ」


 ◇


 目的の場所へ近づくにつれ、空気が変わった。


 王家側の人間が先行し、周辺を押さえている。


 ヴェティアたちは、確認が取れるまでは通りから少し離れた位置で待たされた。


 遠くに見える建物は、特別なものには見えない。人や物が一時的に出入りしていても、不自然ではない場所だった。


 だからこそ、これまで長く使われていたのかもしれない。


「殿下」


 先行していた調査員が戻ってくる。


「中はすでに一部空になっています」


「記録は?」


「残っているものもあります。ただ、持ち出された形跡があります」


「人は?」


「二名確保しました。ですが、もう一組が裏側から移動した可能性があります」


 ロンドがすぐに指示を出す。


「追跡は王家側に任せる。僕たちは残っているものを確認する」


「承知しました」


 その瞬間だった。


「待ってください!」


 別方向から声が飛んだ。


 同時に、乾いた破裂音が響く。


 ヴェティアは反射的に振り返った。


「ルミエさん!」


 通りの端。ルミエの近くへ、一人の男が踏み込んでいた。


 距離が近すぎる。


 護衛が間へ入ろうとしている。だが、相手の手には魔法の気配があった。


「風!」


 ヴェティアは杖を振った。


 鋭い風を、人ではなくその足元へ叩き込む。


 身体を浮かせるほど強くはしない。


 踏み込みを崩す。


 男の体勢が傾いた。


 同時にルミエが後ろへ下がる。


「大丈夫!?」


「はい!」


 短い返事。


 ルミエは自分の前へ薄い光の膜を展開した。


 完全な防御ではない。それでも、次に飛んできた小さな魔法の塊を受け、勢いを削ぐ。


 そこへ護衛が入った。


 男の腕を押さえ、杖を落とさせる。


「確保!」


 声が響く。


 ヴェティアは息を吐きかけて――。


「殿下!」


 今度は別の声。


 振り向く。


 ロンドの近くで、馬車が急に進路を変えていた。


 狭い通りを、こちらへ向かってくる。


 偶然。


 そう思うには、あまりにも。


「土!」


 ヴェティアは地面へ杖を向けた。


 ロンドの前、石畳の一部を僅かに隆起させる。


 馬車の車輪が跳ね、進路がずれた。


 御者が慌てて手綱を引き、護衛がロンドを脇へ引く。


 馬車は壁へぶつかる直前で止まった。


「ロンド様!」


「僕は大丈夫だ!」


 声が返ってくる。


 ヴェティアは息を呑んだ。


 二人。


 同時に。


 ルミエへ近づいた者と、ロンドの動きを妨げた馬車。


 別々の出来事で、まだ同じ命令で動いたとは言えない。


「偶然……?」


 ルミエが呟く。


 誰も答えなかった。


 答えられなかった。


 ただ、王家側の人間たちの動きだけが一気に速くなる。


「セルメール嬢を中央へ!」


「殿下の周囲を固めろ!」


「馬車の御者を確保!」


「裏手の追跡を続けます!」


 ロンドが声を上げる。


「全員、追うな!」


 命令に、数人が足を止めた。


「保護と追跡を分けろ。ここを空にするな。残っている記録を先に確保する」


「ですが、殿下」


「全員で追えば、証拠を残して逃げられる」


 ロンドは早口にならない。


 危険の中でも、必要なことを分けている。


「捕まえられる者を追う班。ここを押さえる班。セルメールとブュッフェの周囲にも人を残せ」


「承知しました!」


 人が動く。


 ヴェティアはルミエを見る。


「怪我は?」


「ありません」


「本当に?」


「はい」


 ルミエは自分の腕を見てから頷いた。


「結界が少し削られただけです」


「無理しないで」


「ヴェティア様も」


 言われて、自分の手を見る。


 杖を握る指が、僅かに震えていた。


(怖かった)


 ルミエが近づかれた瞬間。


 ロンドの前へ馬車が来た瞬間。


 頭の中が真っ白になった。


 その直後、別の光景が浮かんだ。


 知っている。


 この二人が、同じ場所にいて、自分と向き合っていた光景を。


 原作の最後。


 闇魔法を完成させた鮮血姫ヴェティア。


 その向かいに立つ、ロンドとルミエ。


 自分を選ばなかった男。


 自分から奪ったと思い込んだ女。


 だから殺す。


 原作のヴェティアは、そんなところまで進んでいた。


(……違う)


 今、目の前にいる二人を見る。


 ロンドは王家側の人間へ指示を出している。


 ルミエは、倒れた護衛の腕へ弱い光を当てていた。


「大丈夫です。大きな怪我ではありません」


 守られるだけではない。


 二人とも、自分にできることをしている。


 その姿を見て、胸が痛くなった。


(私は)


 原作では、この二人を殺そうとしていた。


 ロンドが自分を選ばなかったから。


 ルミエがロンドに選ばれたから。


 自分のものにならないなら、許せない。


 そんな気持ちで。


(……今は)


 違う。


 ロンドがこれから先、自分を選ぶかどうかなんて分からない。そもそも、まだ自分を完全に信用しているわけでもない。


 ルミエだって、自分と友人でいてくれるとしても、ずっと隣にいるとは限らない。


 いつか、別の道を選ぶかもしれない。


 それでも。


(生きていて)


 喉の奥が熱くなる。


(お願いだから)


 自分を選ばなくてもいい。


 自分のそばにいなくてもいい。


 それでも。


(生きていてほしい)


 その願いだけは、何の迷いもなく胸の中にあった。


「ヴェティア?」


 呼ばれて顔を上げる。


 ロンドがこちらを見ていた。


「どうした?」


「……何でもありません」


「本当に?」


「今は」


 ヴェティアはルミエを見る。


 怪我はない。


 次にロンドを見る。


 こちらも無事だ。


 それだけで、胸の奥が少しだけほどけた。


「二人とも」


「はい?」


「何だ?」


「……無事でよかったです」


 ルミエが目を瞬いた。


 ロンドも、一瞬だけ黙った。


「ヴェティア様もです」


 先にルミエが言う。


「あなたも無事でよかったです」


「……そうね」


 ロンドも小さく息を吐いた。


「三人ともだ」


 ヴェティアは、その言葉に頷いた。


「はい」


 ◇


 現場の確認は、それからもしばらく続いた。


 近づいてきた男については、ルミエ本人へ用があった可能性が高い。


 ただし、誰から何を命じられたのかはすぐには分からなかった。


 馬車についても同じだった。


 御者は、急いで人を運ぶよう指示されたと話しているらしい。


 誰が、どこまで、何を知っていたのか。


 まだ整理が必要だった。


「直接つながったとは言えないな」


 ロンドが言う。


「はい」


 ヴェティアも同意する。


 同じタイミングだった。


 だから同じ指示だった。


 そう決めつけるのは簡単だ。


 けれど、簡単だからこそやってはいけない。


「でも」


 ルミエが言う。


「私たちが危険だと思っていたときに、こういうことが起きたんですよね」


「そうだ」


 ロンドが頷く。


「偶然だと切り捨てる理由もない」


 確定ではない。


 それでも、警戒を強める理由には十分だった。


 しばらくして、裏手へ回っていた調査員が戻ってきた。


「殿下」


「どうした?」


「運び出された荷の一部を確認しました」


 ロンドの目が細くなる。


「中身は?」


「すべてではありません。ただ、古い研究記録と思われる紙束と、魔法装置の部品らしきものが含まれています」


 ヴェティアの背中へ冷たいものが走った。


「装置……」


「以前確保した地下施設のものと、完全に同じとは確認できていません」


 調査員は続ける。


「ですが、使われている部材と魔力を通すための構造に共通点があります」


「運び先は?」


「途中で二手に分かれています。一方は確保。もう一方は追跡中です」


 ロンドが考える。


「逃げるために持ち出したのか」


「あるいは」


 ヴェティアは口を開く。


「別の場所へ移そうとしている?」


 調査員が頷いた。


「その可能性があります」


 別の場所。


 ヴェティアの頭に地下室が浮かぶ。


 拘束具。


 傷。


 不完全な記録。


 失敗。


 拒絶。


 融合。


「研究場所が……他にもある?」


「まだ断定はできません」


「分かっています」


 それでも、もしここで運ばれているものが研究を続けるためのものなら。


 あるいは、証拠として残しておけないものを移しているのなら。


「殿下」


 別の調査員が戻ってきた。


 手には、保護された紙片がある。


「荷を運んでいた者が落としたものです」


「読めるか?」


「一部だけです」


 ロンドが受け取る。


 ヴェティアとルミエも、横から見る。


 完全な文書ではない。


 数字。


 短い記号。


 物品らしき記載。


 そして、場所を示しているらしい簡単な指示。


「これって」


 ルミエが小さく言う。


「今、追っている先ですか?」


「方角は一致しています」


 調査員が答える。


「それと」


 別の紙を出す。


「ここに記載されている支払い先の一部が、以前確認した仲介経路と重なっています」


 ヴェティアは息を止めた。


 エドガー・クラヴェル伯爵家の周辺へ、何度も遠回りにつながっていた経路。


「伯爵本人まで?」


 ヴェティアは聞いた。


「まだです」


 即答だった。


「ですが、これまで個別に見えていた人、物、金の動きが、同じ方向へ集まり始めています」


「……そう」


 疑いは強くなった。


 でも、まだ足りない。


 エドガー本人の命令だとは言えない。


 まして、その上にレナードがいるとも。


 まだ。


「追跡班から連絡です!」


 遠くから声が飛ぶ。


 全員が振り向いた。


「運び出された荷の一部が、別の建物へ入ったことを確認しました!」


「中は?」


 ロンドが聞く。


「まだ確認中です。ただ」


 報告に来た男が息を整える。


「外から確認できる範囲で、魔法装置らしきものがあります」


 ヴェティアの指先が冷えた。


「動いているの?」


「分かりません」


「人は?」


「複数いる可能性があります」


 ロンドが即座に命令する。


「近づきすぎるな。中に人がいるなら、証拠より先に安全確認だ。周囲を押さえて、出入りを記録しろ」


「承知しました!」


 人が走る。


 ヴェティアは遠ざかる背中を見つめた。


 逃げている。


 消そうとしている。


 それでも、何かをまだ動かそうとしている。


(未完成の研究……)


 胸の奥で、嫌な予感が形を持ち始めていた。


 原作の最後に、自分が完成させるはずだった力。


 その手前まで、今、別の誰かが進もうとしている。


 ヴェティアは隣を見る。


 ロンド。


 ルミエ。


 原作では、自分が殺すはずだった二人。


 今はただ――。


 この二人が生きている未来を、失いたくなかった。

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