第45話 狙われる二人
「ルミエさんの予定を、確認しようとした者がいます」
王家側の調査員がそう告げたとき、ヴェティアは反射的にルミエを見た。
放課後。三人が使っている小さな会議室の机には、これまで集めた記録の写しが並べられている。
ルミエも、隣に座るロンドも黙っていた。
「予定……というのは?」
ロンドが尋ねる。
「学校を出る時間。教会関係者との面会がある日。それから、大聖女様の指導を受ける日の確認です」
ヴェティアの指先に力が入った。
「誰が聞いたのですか?」
「そこまでは分かっていません」
調査員は即座に線を引いた。
「直接セルメール嬢の予定表を盗もうとした者がいた、という話ではありません。複数の人間へ、それとなく尋ねていた形跡があります」
「複数……」
「はい。学校関係者だけではありません。教会側へも、似た確認がありました」
誰が、何のために。
そこまでは分からない。
けれど、ルミエがいつ、どこにいるのか。それを知ろうとしている者がいる。
(……光魔法)
先日見つけた記録が頭に浮かぶ。
分解。安定。魔力回路への影響。異常状態の解除。
研究者たちが、ルミエの光魔法へ何らかの利用価値を見いだしている可能性がある。
まだ推測に過ぎない。最初から研究目的でルミエへ近づこうとしていると決まったわけでもない。
それでも、無視できる話ではなかった。
「どの程度、危険だと考えていますか?」
ヴェティアが尋ねると、調査員は少し考えた。
「現時点で『誘拐を計画している』とまでは申し上げられません」
「……はい」
「ただ、偶然の興味で説明するには、確認している内容が具体的です」
ルミエが膝の上で手を組んだ。
怖いのだろう。指先には僅かに力が入っている。それでも、目は逸らさなかった。
「私が、どこにいるのかを知りたい人がいるんですね」
「その可能性は高いです」
「光魔法のことも?」
「それは分かりません」
「……はい」
ルミエは小さく息を吸った。
その横で、ロンドが資料の一枚へ視線を落とす。
「僕の方は?」
ヴェティアが顔を向けた。
「ロンド様?」
調査員は別の紙を取り出した。
「殿下についても、気になる動きがあります」
胸の奥が冷えた。
「どういうことです?」
今度はヴェティアの方が先に聞いていた。
「今回の調査に関わっている者へ、殿下がどこまで直接指示を出しているのか確認しようとした者がいます」
「……僕の指示を?」
「はい」
「誰が調査へ参加しているか、ではなく?」
「それも含まれています。ただ、殿下ご自身がどの記録まで確認しているのか。次にどこを調べようとしているのか。そうしたことを探ろうとしていたようです」
ロンドの表情は変わらない。
けれど、ヴェティアにはその意味が分かった。
ルミエとは違う。
ルミエは、その力に利用価値があるかもしれない。
ロンドは――。
「……邪魔だから?」
口から出た。
調査員は頷きも否定もしなかった。
「その可能性はあります。ただし、これも同じです。殿下への攻撃や暗殺を企図している証拠はありません」
「分かっています」
ヴェティアは答えた。
証拠がないものを、事実として扱ってはいけない。
それは分かっている。
それでも、二人とも見られている。
理由は違うかもしれない。
片方は欲しい。
片方は邪魔。
そんな形で。
胸の奥がざわついた。
(守らなきゃ)
すぐに浮かぶ。
ルミエを。ロンドを。
二人とも危険なのなら――。
「でしたら――」
そこまで口にして、ヴェティアは止まった。
ルミエがこちらを見ている。
ロンドも。
「……ヴェティア様?」
「何だ?」
続きが喉の奥に残っている。
二人とも危険なのだから、自分が代わればいい。
自分が前へ出ればいい。
ルミエは学校か教会の安全な場所へ。
ロンドは王子なのだから王宮へ。
調査には、自分が――。
(違う)
先日も、同じところまで進みかけた。
『……ごめんなさい』
『今、一人で決めるところだった』
ルミエにそう言った。
あのときは止まれた。
だったら、今も止まれる。
ヴェティアは一度息を吐いた。
「……お二人は、どうしたいですか?」
ルミエが目を瞬いた。
ロンドも僅かに眉を上げる。
「何よ、その顔」
「いえ」
ルミエの口元が少しだけ緩んだ。
「ちゃんと聞いてくれたなと思って」
「聞くわよ」
「前なら聞かなかったと思います」
「……それは」
否定できない。
ロンドが僅かに笑った気がした。
「それで、セルメールは?」
「はい」
ルミエは表情を戻す。
膝の上の手は、まだ固い。
「怖いです」
その言葉を、今度もルミエは隠さなかった。
「誰かが私の予定を調べているって聞いたら、やっぱり怖いです」
「なら」
安全なところへ。
そう言いかける前に、ルミエは続けた。
「でも、私だけ何も知らない場所へ下がるのは嫌です」
ヴェティアは黙る。
「前にも言いました。私の光魔法が、何に使われるかもしれないのか知りたいです。その上で、自分がどうするのか決めたいです」
「危険でも?」
「危険だからです」
声は震えていない。
「危険なことを知らないまま動く方が、私は怖いです」
強くなった。
そう思った。
魔法が、ではない。
ルミエ自身が。
怖いと言えるまま、それでも考えて、自分で選ぼうとしている。
「もちろん」
ルミエは少し困ったように笑った。
「危ないところへ一人で行きたい、という意味ではありませんよ」
「……当たり前よ」
「ヴェティア様、私が言わなかったら勝手にそう解釈しそうなので」
「しないわよ」
「本当ですか?」
「……今は」
「今は?」
「しないようにするわよ」
ルミエが小さく笑った。
その声を聞いて、胸の中の張りつめたものがほんの少しだけ緩む。
「ロンド様は?」
ヴェティアが尋ねる。
「僕も調査から外れるつもりはない」
予想していた答えだった。
「王子だからこそ、ですか?」
「それもある」
ロンドは机の資料へ手を置く。
「王家側の調査として始めた以上、危険が出たから僕だけ退くわけにはいかない」
「ですが」
「もちろん、無意味に危険へ出るつもりもない」
先回りされた。
「護衛も増やす。僕が直接動く必要のない調査は任せる。行動予定を必要以上に共有しない。でも、判断まで他人へ預けるつもりはない」
「……はい」
「それに」
ロンドの視線がヴェティアへ向いた。
「君も同じだ」
「私?」
「僕たちが危険なら君が代わる、とでも言うつもりだっただろう」
図星だった。
ヴェティアは眉を寄せる。
「……言ってません」
「言いかけた」
「最後まで言わなかったでしょう」
「そこは評価している」
何だか腹が立つ。
けれど、以前なら腹が立った勢いのまま言い返していたかもしれない。
今は、別のことが先に浮かんだ。
「では」
ヴェティアは二人を見る。
「三人とも、勝手な行動はしない」
「はい」
「異論はない」
「ルミエさんの予定は、これまで以上に必要な人だけへ共有する。移動するときは一人にならない」
「分かりました」
「ロンド様も」
「僕も?」
「調査へ行くとき、護衛を置いていかないでください」
「置いていったことはない」
「必要最低限に減らしたことはあるでしょう」
ロンドが黙った。
「あるんですね?」
「……ある」
「なら駄目です」
「君に言われるとは思わなかった」
「私も思いませんでした」
ルミエが横で吹き出した。
ほんの少しだけ空気が緩む。
けれど、笑っていられるのは今だけかもしれない。
ヴェティアは調査員へ向き直った。
「私については?」
「現時点では、セルメール嬢や殿下ほど具体的な確認は見つかっていません」
「そうですか」
一瞬だけ安堵して、すぐに思い直す。
自分が狙われていないからいいわけではない。
「でしたら、三人の行動を別々に考えない方がよいと思います」
調査員が頷く。
「こちらでも同じ判断です」
机の上へ新しい紙が置かれた。
「今後は、相手側がこちらの動きを確認している可能性を前提にします」
調査する場所、会う人物、移動する時間。
必要のない情報は広げない。
調査員同士も、担当外の予定まで持たない。
ルミエの学校生活を必要以上に制限しない一方で、一人になる時間を減らす。
ロンドも自ら動く範囲を絞り、現場へ出る場合には事前に王家側と共有する。
ヴェティアも勝手に動かない。
それぞれができることをする。
誰か一人が、全部を背負わない。
(……難しいわね)
以前ミュゲから教えられたことが、また少し違う形で胸の奥へ戻ってくる。
自分が責任を感じたからといって、自分だけで全部を引き受ける必要はない。
今も、その考えが完全に身についたとは思わない。
それでも少なくとも、二人に何も言わず、自分だけ前へ出るのは違う。
「一つだけ」
調査員が言った。
「今後、何か不自然な接触があった場合は、その場で判断せず報告してください」
「不自然な接触?」
ルミエが聞く。
「普段関わりのない者から呼び出される。予定を尋ねられる。誰かの名を使って移動を促される。そうしたことです」
ヴェティアの胸が重くなる。
まだ何かが起きたわけではない。
誘拐も、暗殺も、襲撃も、何一つ確認されていない。
ただ、これまでとは違う。
こちらが調べているだけではなくなった。
向こうも、こちらを見ている。
「分かりました」
ロンドが答える。
ルミエも頷いた。
「私も気を付けます」
二人の声を聞いてから、ヴェティアも言った。
「私も」
一人で守る、ではない。
一人で何とかする、でもない。
危険なら、危険だと伝える。
怖いなら、怖いと認める。
できることを分ける。
今は、それでいい。
会議を終え、資料をまとめ始めたときだった。
扉の外から足音が近づき、すぐに短いノックが響いた。
「失礼いたします」
先ほどとは別の王家側の調査員が入ってくる。
表情が硬い。
ロンドが立ち上がった。
「何があった?」
「殿下」
調査員は一度だけ、ルミエとヴェティアを見た。
「先ほど、確認していた関係先の一つで動きがありました」
部屋の空気が変わる。
「人と、記録が動いています」
ヴェティアの手が止まった。
警戒していた。
相手がこちらを見ている可能性も考えていた。
それでも――向こうは待ってはくれなかった。




