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極悪令嬢だった私ですが、自分で作った罪は自分で刈り取ります  作者: Atelier Lotus文庫
第六章 鮮血姫の研究

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第44話 次の標的

「証言と記録は、分けて見る」


 ロンドは机の上へ並べられた資料を見ながら言った。


 地下施設から確保された記録。


 仲介者たちを通った金銭の流れ。


 研究設備や古い資料が運ばれた経路。


 そして、救出された被害者の証言。


 どれも同じ事件へ繋がっている可能性はある。だが、最初から一本の線として扱うことはできない。


「救出した人の証言と、施設に残されていた記録は別だ。内容が一致すれば重要な材料にはなる。だが、証言だけで誰かを犯人とは決めない」


「はい」


 ルミエが頷く。


 ヴェティアも資料へ目を落とした。


 あの地下施設を見てしまった今、気を抜けば、すべてが繋がっているように思えてしまう。


 人間の身体を使った実験は行われていた。


 救出された人も、何かを繰り返しされたと話している。


 そこまでは、もう紙の上の疑いではない。


 けれど、誰が命じたのか。誰がどこまで知っていたのか。誰が何をしたのか。


 そこは別だった。


 原作を知っているからこそ、ヴェティアはそこを混ぜてはいけないと思う。


「金の流れは?」


 尋ねると、ロンドが一枚の紙を指した。


「少し進んだ。人を紹介した者への支払い。物を運んだ者への支払い。それから、地下施設で使われていたと考えられる設備や材料の購入。その一部が、途中で同じ周辺へ戻っている」


「クラヴェル伯爵家?」


「正確には、その周辺だ」


 すぐに訂正された。


「伯爵家から直接金が出たと確認できたわけではない。ただ、以前から調べていた人間や取引先との接点は増えている」


「ルミエさんの情報を集めていたときの経路とも?」


「一部は近い」


 胸の奥が僅かに重くなった。


 以前、ルミエの評判を落とそうとした動き。


 その周辺にいた者たち。


 人を紹介する者。


 金を渡す者。


 荷物を運ぶ者。


 一つ一つだけを見れば、今回の人体実験とは繋がらない。


 仕事を紹介しただけ。


 荷物を運んだだけ。


 依頼された情報を集めただけ。


 そういう人間もいるはずだ。


「仲介した人たちは、実験のことを知っていたんでしょうか」


 ルミエが尋ねた。


「分からない」


 ロンドは首を横へ振る。


「少なくとも、全員が知っていたと考える理由はない。普通の仕事を紹介したつもりだった者もいるだろう」


「知らないまま、使われた……」


「その可能性はある」


 ヴェティアは以前、自分が口にしたことを思い出した。


 直接動かない。


 何人も間へ挟む。


 本当の目的とは別の理由を表へ出す。


 関わった者全員が、本当の目的を知らなくても成立する。


 だからこそ、上まで辿るのが難しい。


「ただ」


 ロンドの指が別の資料へ移った。


「証拠を残しにくくするためのものと考えられる指示は出ている」


「どんな?」


「使い終わった記録を残さない。運んだ物の最終的な行き先を、同じ人間へ何度も知らせない。仲介者同士を直接繋がない」


 ルミエの顔が曇った。


「……かなり意識的ですね」


「ああ。地下施設でも、資料を運び出した跡と、焼こうとした跡があった」


 少なくとも、何かを隠そうとしていた者はいる。


「エドガー・クラヴェル伯爵本人までは?」


 ヴェティアが尋ねる。


「まだだ」


 答えは即座だった。


「伯爵家周辺の人間や取引経路と重なる部分は増えている。もう無関係だと簡単に考えられる段階ではない」


「でも、本人が命じたとは」


「言えない」


「はい」


 それでいい。


 原作では、エドガー・クラヴェルは王権派の実働役だった。


 なら今回もそう考えたくなる。


 けれど、それは証拠ではない。


 ロンドも、今あるものだけで進めている。


「もう一つある」


 ロンドが言った。


「研究そのものについてだ」


 ヴェティアは顔を上げる。


 机の端へ、地下施設から回収された研究記録の写しが置かれた。


 すべてではない。


 焼けたもの。


 破られたもの。


 持ち去られたと考えられるものもある。


 それでも、残された断片を重ねることで、研究者たちが何を求めていたのかが少しずつ見え始めていた。


「ここだ」


 ロンドが一か所を指す。


「似た記載が何度か出てくる」


 ヴェティアが目を落とす。


 異なる属性。


 不安定。


 維持できない。


 拒絶。


 分離。


 そして、その先。


「分解……」


 ルミエが呟いた。


 ヴェティアの視線も止まる。


 光。


 その文字も残っていた。


 文章は途中で欠けている。


 誰が、何へ、どのように試そうとしていたのか。そこまでは分からない。


 ただ、異なる属性の力を無理に近づけた状態と光魔法を、何らかの形で関連付けて考えていたことは読み取れた。


「どういう意味でしょう」


 ルミエが紙を覗き込む。


 ヴェティアはすぐには答えなかった。


 思い出したのは、以前ミュゲが学校で教えた光魔法の性質だった。


 対象となる魔素へ直接働きかけ、火、水、風、土の四つの魔粒子へ分解する。


「もしかして」


 ヴェティアの声が低くなる。


「自分たちで無理に重ねたものを、光魔法で崩そうとしている?」


 ロンドがこちらを見る。


「説明してくれ」


「まだ推測です」


 先に断った。


「この研究では、異なる属性の力を無理に一つへ近づけようとしている。でも、安定していない」


「残っていた記録でも、失敗が続いていたな」


「はい」


 ヴェティアは紙の一部を指した。


「もし失敗した状態を光魔法で分解できるなら、途中で何が起きているのか調べやすくなるかもしれません」


 ルミエも考え込む。


「元の状態に戻すためですか?」


「それもあるかもしれない。それか、混ぜたものがどう崩れるのかを見る」


「研究のために……」


「ええ」


 胸の奥が冷えた。


 原作の鮮血姫は、最後にはその助けを必要としなかったのかもしれない。


 四属性すべてを高い水準で扱い、それぞれを細かく制御し、何度失敗しても自分自身の技量で先へ進んだ。


 だからこそ、最後の壁を越えた。


 けれど今、同じ方向へ進もうとしている者たちは越えられていない。


 記録にあるのは失敗ばかりだ。


 安定しない。


 維持できない。


 身体への負荷が大きすぎる。


 なら、別の方法を探していても不思議ではない。


「光魔法を使えば」


 ヴェティアは続ける。


「失敗した状態を崩して、条件を変えて、また試すこともできるかもしれない」


「……何度も?」


 ルミエの声が僅かに揺れた。


「可能性としては」


 人体実験。


 失敗。


 負荷。


 分解。


 条件を変えて、また試す。


 想像するだけで、胃の奥が重くなる。


「それだけじゃない」


 ロンドが別の記録を示した。


「こっちは、光魔法そのものの性質を調べようとしているようにも読める」


 残っているのは短い記載だけだった。


 分解。


 安定。


 魔力回路への影響。


 異常状態の解除。


 これだけでは、実際に何をしたのかも、何をしようとしていたのかも断定できない。


 それでも。


「研究対象……」


 思わず口から漏れた。


 ルミエが顔を上げる。


「え?」


 ヴェティアは彼女を見る。


 光魔法。


 極めて珍しい力。


 そして、以前から王権派側の動きの中で情報を集められていた人物。


 あのときは、ルミエの評価を操作するための情報集めだった。少なくとも、確認できた範囲ではそうだった。


 だから、最初から研究目的だったと決めつけることはできない。


 けれど今、光魔法へ関心を向けた研究記録が出てきた。


 以前の情報収集と、現在の研究。


 その二つが同じ経路の近くへ現れている。


(別の目的まであった?)


 まだ、そう疑う理由ができただけだ。


 証拠はない。


 それでも、嫌な予感が消えなかった。


「ルミエさん」


「はい?」


「……あなたの魔法が欲しいのかもしれない」


 ルミエの表情が固まる。


「私の?」


「魔法だけで済むかは分からない」


 口にした途端、地下室の光景が蘇った。


 拘束具。


 人間の身体について書かれた記録。


 薄い布の上に横たわっていた被害者。


 もし研究者が、光魔法が異常な状態へどう作用するかを、実際の人間で確かめようと考えたなら。


(だめ)


 胸の奥から、強い拒絶が湧き上がる。


「ルミエさんは、この件から――」


 そこで、ヴェティアは自分の言葉を止めた。


 つい先ほど、約束したばかりだった。


『少なくとも、あなたたちを勝手に置いていかない』


 ルミエが黙ってこちらを見ている。


 ロンドも何も言わない。


(……危なかった)


 また、自分だけで決めるところだった。


「……ごめんなさい」


 ヴェティアは言い直した。


「今、一人で決めるところだった」


 ルミエの表情が、少しだけ緩む。


「止まりましたね」


「ええ」


「よかったです」


「褒められるようなことではないでしょう」


「前よりは進歩です」


「厳しいのか優しいのか分からないわ」


「両方です」


 ほんの一瞬だけ、張り詰めていた空気が緩んだ。


 ヴェティアも小さく息を吐く。


 それから、改めてルミエを見た。


「怖い?」


 ルミエは少し迷った。


 けれど、やがて頷く。


「はい。怖いです」


 強がらなかった。


 そのまま研究記録へ目を落とす。


「でも、どうして狙われるかもしれないのかは知りたいです」


「ルミエさん」


「知らないままにされる方が怖いです」


 以前、政治のことを何も知らないままでいたくないと話したときと同じだった。


「私の光魔法が、何に使われるかもしれないのか。それを知った上で、どうするか考えたいです」


 ヴェティアはすぐには答えなかった。


 以前なら、危険だから知らなくていい。自分が何とかするから関わらなくていい。


 そう言っていたかもしれない。


「……分かったわ」


 今度は止めなかった。


 ロンドが二人を見てから、別の資料を机の中央へ出した。


「危険なのはセルメールだけではない」


「ロンド様も?」


「ああ」


「なぜ?」


「こちらの調査について、探られている形跡がある」


 ヴェティアの顔が強張った。


「誰が?」


「そこまでは分かっていない」


 ロンドはすぐに答える。


「ただ、王家側がどこまで把握しているか。誰が調査を主導しているか。その情報を求めた人間がいる」


「それって」


 ルミエが小さく言った。


「ロンド様を止めたいってことですか?」


「その可能性はある」


 ロンドの声は落ち着いていた。


「少なくとも、こちらの動きを警戒している者はいる」


 ヴェティアの胸の中で、また同じ考えが動く。


 ルミエを遠ざける。


 ロンドも危険から外す。


 自分が前へ出る。


(私が代われば……)


 二人より、自分が狙われた方が――。


 そこまで考えて、止めた。


 それを一人で決めない。


 そう選び直したばかりだ。


「二人とも」


 声に出す。


 ルミエとロンドがこちらを見る。


「狙われる可能性があります」


「そうだな」


 ロンドが答えた。


「だから……」


 一瞬、言葉が詰まる。


 守りたい。


 遠ざけたい。


 自分だけで何とかしたい。


 その全部を、今度は胸の奥へ押し込まない。


「……どうするか、一緒に考えてください」


 ルミエが少しだけ目を見開いた。


 ロンドも、ほんの僅かに表情を変える。


「もちろんです」


 ルミエが先に答えた。


「そのためにいるんですから」


「そうだな」


 ロンドも頷く。


「調査は次の段階へ進める」


「次の段階?」


「この施設だけを調べて終わりにはできない」


 ロンドが資料の一つへ指を置く。


 地下施設から得た記録。


 被害者の証言。


 金の流れ。


 仲介者への指示。


 クラヴェル伯爵家周辺へ近づいていく経路。


 そして、研究の目的らしきものへ触れた断片。


 そこには、何度か似た考えが残っていた。


 教会。


 聖女。


 その力へ依存しないこと。


 国家が、自ら扱える力を持つこと。


「……レナード様」


 ヴェティアが呟く。


「似ている」


 ロンドが答えた。


「以前、彼が話していた考えにはな」


 教会の影響力が強くなりすぎることへの警戒。


 国の意思決定が、大聖女や聖女という個人の力へ左右されることへの危惧。


 その問題意識そのものまで、ヴェティアは間違いだとは思えなかった。


「でも」


 ルミエが言う。


「それだけでは、レナード様がこの研究を命じたことにはなりませんよね」


「ならない」


 ロンドは頷いた。


「考えが似ているというだけだ」


 ヴェティアも頷く。


 原作を知っている。


 だからこそ、飛びつかない。


 レナードがどこまで知っていたのか。


 何を許したのか。


 何を知らなかったのか。


 それは、今ある証拠から確かめるしかない。


 それでも、かつて鮮血姫へ繋がっていたものが、少しずつ形を持って目の前へ現れ始めていた。


 国家の力。


 禁忌の研究。


 人間を使った実験。


 成立しない異なる属性の融合。


 そして、光魔法への関心。


 原作では、その先に鮮血姫ヴェティアがいた。


 けれど今は違う。


 ヴェティアはルミエを見る。


 次に、ロンドを見る。


 もう、自分が鮮血姫にならなければ終わる話ではない。


 自分が原作から外れたあとも、禁忌へ進もうとする人間はいる。


 そして今、ルミエは研究に利用できるかもしれない光魔法の使い手として、ロンドは研究を追う王家側の中心人物として、相手に意識され始めている可能性がある。


(守らなきゃ)


 また、そう思った。


 けれど今度は、その先を変える。


(――三人で)


 ヴェティアは机の上の資料へ手を置いた。


「続けましょう」


 ルミエが頷く。


「はい」


 ロンドも静かに答えた。


「ああ」


 原作通りではない未来で。


 鮮血姫になるはずだったヴェティアと、鮮血姫が傷つけるはずだった二人が、今度は同じ側に立っていた。

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