↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極悪令嬢だった私ですが、自分で作った罪は自分で刈り取ります  作者: Atelier Lotus文庫
第五章 攻略本のない未来

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/57

第36話 攻略本のない未来

「ヴェティア」


 放課後、ロンドに呼ばれて顔を上げると、その表情はいつもより硬かった。


「何か分かったのですか?」


「ああ」


 短い返事。


 それだけで、ヴェティアは机の上に広げていた紙を閉じた。


「ルミエも呼んでいる」


「……分かりました」


 胸の奥が僅かに重くなる。


 失踪した人物について、何か新しいことが分かったのだ。


 少し前までなら、その瞬間に原作の記憶を探していただろう。


 失踪。


 王権派。


 エドガー。


 そこから次に起きる場面を探そうとしていた。


 けれど、今日はしなかった。


 今分かったことを、まず聞く。


 それから考える。


 ヴェティアは立ち上がった。


 ◇


「まず、失踪した人物についてだ」


 ロンドが机の上へ数枚の紙を置いた。


 ルミエも、ヴェティアの隣へ座っている。


「まだ見つかってはいない」


 最初の言葉で、ルミエの表情が少し曇った。


「ただ、学校を出た後の動きについては、前より分かった」


「以前話していた場所ですね」


 ヴェティアが言う。


「ああ」


 学校とも、その人物の普段の生活とも直接関係のない場所。


 そこで以前、ルミエについて情報を集めるために動いていた人物の周辺と、一部接点があるらしい。


 そこまでは聞いていた。


「その後を調べた結果、人や仕事の仲介をしていた者が、少し前から別の種類の品を扱っていたことが分かった」


「別の種類?」


 ルミエが尋ねる。


「書物や古い記録だ」


 ヴェティアの目が僅かに細くなる。


「何の?」


「それを調べた」


 ロンドが一枚の紙を手前へ出した。


「全部が残っているわけではない。実物も、今のところ確認できていない」


「では、これは?」


「何を扱ったかを書いた控えの一部だ」


 ヴェティアは紙へ目を落とす。


 古い研究記録。


 複写された断片。


 処分されたはずの研究書。


 それらしい記載がいくつか並んでいる。


 詳しい内容まではない。題名もすべて揃っているわけではなかった。


「このうち、いくつかは王家に残る古い記録とも照合した」


 ロンドが言う。


「魔王が活動していた時代、危険性を理由に保管や閲覧を制限された研究群と、名称や記述の一部が一致している」


 ルミエの顔が強張った。


「では、本当に危険なものなんですか?」


「少なくとも、ただの古書として扱っていいものではない」


 ロンドはそこで一度区切った。


「もっとも、ここに書かれている資料そのものが現存しているのか、控えに名前だけ残っているのかも、まだ分かっていない」


「……そうですか」


 現在の記録だけでも、警戒すべき理由はある。


 そのうえで、ヴェティアの視線が記載の一つへ吸い寄せられた。


「……これ」


「知っているのか?」


 ロンドに聞かれ、ヴェティアはすぐには答えなかった。


 正確には、その資料そのものを知っているわけではない。


 けれど、書かれている言葉と、研究の目的を示す短い記述には覚えがあった。


(似ている)


 原作後半。


 鮮血姫となったヴェティアが、王権派とともに踏み込んでいったもの。


 最初から人体実験だったわけではない。


 もっと、それらしい理由がついていた。


 魔王時代に残された知識を調べる。


 危険な技術が、なぜ危険なのかを理解する。


 失われた研究を、管理できる形へ戻す。


 そんな言葉から始まっていた。


 そして、いつの間にか人を研究のために使うことまで許されるようになった。


(……でも)


 ヴェティアは紙から目を離した。


 似ている。


 それだけだ。


 ここにあるものが原作と同じ研究だとは、まだ言えない。


「ヴェティア?」


 ルミエが心配そうにこちらを見る。


「……ごめんなさい」


 ヴェティアは一度息を整えた。


「少し、知っているものと似ていました」


「以前知ったことか?」


 ロンドが聞く。


「はい」


「話せる範囲でいい」


 その言い方に、ヴェティアは少しだけ救われた。


 全部を話さなくてもいい。


 話せる部分を、今必要な形で出せばいい。


「この資料そのものを知っているわけではありません」


 まず、そこから切り分ける。


「でも、魔王時代の研究を調べるという名目で、危険な研究へ踏み込んでいくやり方を知っています」


「危険な研究とは?」


「人を使うものです」


 ルミエの顔から表情が消えた。


「……人を?」


「はい」


 ヴェティアは自分の手を握る。


 原作の中で、鮮血姫となった自分はそこまで行った。


 人間を材料のように扱った。


 結果を得るために、痛みも命も数字のように扱った。


「最初から、人を傷つける研究として始まるとは限りません」


 ロンドは黙って聞いている。


「古い研究を調べるだけ。失われた技術を確認するだけ。危険性を知るだけ。そういう理由から始められます」


「そこから、どうなる?」


「研究を進めるために、実際に試さなければ分からないと言い出す」


 自分でも、声が少し冷たくなっていくのが分かった。


「最初は物で。それで足りなくなれば、生き物で。それでも分からないことがあると」


 ヴェティアはそこで止まった。


 続きを言わなくても、二人には伝わった。


 ルミエが静かに口を開く。


「人で、試す」


「……そういうところまで行く可能性があります」


「可能性、だな」


 ロンドが言った。


 ヴェティアはすぐに頷く。


「はい」


 その言葉が大事だった。


「この記録がそうだと決まったわけではありません」


「失踪した人物が、その研究へ関係したとも?」


「まだ分かりません」


「王権派が研究を進めているとも?」


「言えません」


 ロンドが少しだけ頷いた。


「それでいい」


 ヴェティアはもう一度紙を見る。


 今、確かに分かっていること。


 失踪した人間がいる。


 その人の足取りが、以前の工作へ関係した者の周囲と一部重なっている。


 その先で、古い研究資料を扱っていた形跡が見つかった。


 そして、その一部は王家に残る記録からも、魔王時代に危険視された研究群との関係が疑われている。


 そこまで。


 それ以上は、まだ分からない。


「もう一つある」


 ロンドが言った。


「その仲介をしていた者について、クラヴェル伯爵家周辺の人間と接触した記録が出ている」


 ヴェティアの胸が強く鳴った。


「エドガー本人ですか?」


「違う」


 ロンドはすぐに否定した。


「伯爵家に出入りしている者の一人だ。何のための接触だったかも確認できていない」


「……はい」


 それでも、繋がった。


 原作の記憶が、頭の中で強く警鐘を鳴らす。


 エドガー。


 裏の人間。


 古い研究。


 失踪。


 そして、人体実験。


(原作では)


 そこまで考えて、止める。


 違う。


 原作でそうだったから、今も同じなのではない。


 今ある事実の並び方そのものが危険なのだ。


「ヴェティア様」


 ルミエが紙を見ながら言った。


「この方がいなくなったことと、研究資料に関係があると思いますか?」


「分からない」


 ヴェティアは答えた。


 以前なら、もっと早く答えを出していたかもしれない。


「でも、調べる必要はあると思う」


「どうして?」


「もし関係があるなら」


 一度、言葉を選ぶ。


「失踪した人が、ただ逃げただけではない可能性があるから」


 ルミエが黙る。


「それから」


 ヴェティアはロンドを見る。


「この種の研究が本当に進められているのなら、人が研究材料として扱われるところまで行く可能性があります」


「そこまで危険だと?」


「はい」


「根拠は?」


 問われる。


 当然の問いだった。


 ヴェティアは全部は話せない。


 けれど、もう自分だけの中へ閉じ込めるつもりもなかった。


「以前、同じような研究が、どこまで進み得るのかを知る機会がありました」


「また、それか」


「……すみません」


「責めてはいない」


 ロンドが言う。


「今の君が、知っている範囲を出そうとしていることは分かっている」


 ヴェティアは少しだけ目を見開いた。


「ただ、君の知識だけで決めるつもりもない」


「はい」


「現在の資料を確認する。失踪者の足取りを追う。仲介していた者についても調べる。クラヴェル伯爵家との接点も、何の接点だったのかまで見る」


「はい」


「古い研究資料についても、現在確認できる記録から調べる」


 ロンドは机の上の紙を指先で押さえた。


「君の知識だけを根拠にはしない。今ある資料から、本当に危険なのかを確かめる」


 ヴェティアは静かに頷いた。


「……それがいいと思います」


「その上で判断する」


「はい」


「私も」


 ルミエが言った。


 二人がそちらを見る。


「できること、ありますか?」


「危ないところへ行くのは駄目よ」


「まだ何も言ってません」


「あなたなら言いそうだから」


「私、そんなに無茶します?」


「する」


 ヴェティアとロンドの声が重なった。


「……二人ともひどいです」


 ルミエが頬を膨らませる。


 ほんの少しだけ、張り詰めていた空気が緩んだ。


「でも」


 ルミエはすぐに真面目な顔へ戻る。


「私も、学校で聞けることなら聞きます。あの日いた方のお話も、先生に許可をいただけるなら」


「無理のない範囲でね」


「はい」


「気付いたことがあったら」


「ちゃんと話します」


 ヴェティアが言い切る前に返された。


「……分かってるならいいわ」


「ヴェティア様もですよ」


「何が?」


「気付いたことがあったら、一人で決めないでください」


 ヴェティアは少し黙った。


「努力する」


「またそれですか」


「前よりはできてるでしょう」


「それは、そうですけど」


 ルミエが笑う。


 ロンドはそのやり取りを見ながら、


「では、役割を分けるぞ」


 そう言った。


 ヴェティアは、もう反対しなかった。


 ◇


 帰り道。


 ヴェティアは窓から差し込む夕方の光を見ながら歩いていた。


 原作の知識は消えていない。


 忘れたわけでもない。


 今も、鮮血姫となった自分が何をしたのか、どんな道を歩いたのかを覚えている。


 だから今日、古い研究資料の記録を見て、その先にある危険を想像できた。


 ただ、以前とは違う。


 危険な可能性があること自体は、今残っている記録からも確かめ始められている。


 ヴェティアの記憶だけが、唯一の根拠ではない。


(原作の知識は、役に立った)


 それは事実だった。


 でも、少し前までとは意味が違う。


 この先、人体実験が起きる。


 だからそこを先回りする。


 そういう話ではない。


 今、人が失踪している。


 今、魔王時代に危険視された研究へ繋がる可能性のある記録がある。


 今、その周囲に以前の工作へ関係した人間との接点が見つかっている。


 その事実を見たうえで、自分の記憶が、その危険がどこまで進み得るのかを考える材料になった。


 それだけだ。


(これでいい)


 原作は未来ではない。


 けれど、起こり得た一つの未来を自分は知っている。


 なら、使えばいい。


 答えとしてではなく。


 考えるための材料として。


 自分一人がすべてを知る必要もない。


 自分一人で止める必要もない。


 ロンドが調べられることがある。


 ルミエが気付けることがある。


 教師たちが確認できることがある。


 そして、ヴェティアにしか警戒できないものもある。


 それらを持ち寄ればいい。


(攻略本なんて、もうない)


 何をすれば正解の未来へ進めるのか。


 どこへ行けば次の出来事が起きるのか。


 誰が決められた通りに動くのか。


 そんなものは、もう分からない。


 それでも進める。


 今、目の前にあるものを一つずつ見ればいい。


 ヴェティアは足を止めなかった。


 ただ、胸の奥には一つだけ重いものが残っている。


 魔王時代の禁忌研究。


 人の失踪。


 クラヴェル伯爵家周辺との接点。


 そして、原作の中で鮮血姫となった自分が最後に踏み込んだ場所。


 まだ同じだとは言えない。


 だから決めつけない。


 それでも、もしこの先、本当にあの研究へ近づいていくのなら。


 今度は、自分が研究する側ではない。


 止める側に立つ。


 原作にその道が書かれていなくても。


 それはもう、関係なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。