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極悪令嬢だった私ですが、自分で作った罪は自分で刈り取ります  作者: Atelier Lotus文庫
第四章 原作では、私はあなたたちの仲間だった

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第28話 原作から外れた未来

「ヴェティア様」


 授業を終えたところで、ルミエに呼び止められた。


「何?」


「少し、お時間いいですか?」


「いいけれど」


 教室には、まだ何人か生徒が残っている。


 ルミエは周囲を見回してから、小さく言った。


「廊下で」


 二人で教室を出る。


 人気の少ない窓際まで来たところで、ルミエは立ち止まった。


「昨日も言いましたけど」


「何を?」


「お礼です」


「また?」


「またです」


 妙なところで頑固だった。


 ルミエはヴェティアへ向き直る。


「本当に、ありがとうございました」


 今度は頭まで下げた。


「やめてよ」


「でも」


「友達なのだから」


 ヴェティアは少し困りながら言った。


「困っていたら、できることくらいするわよ」


 ルミエが顔を上げる。


「……はい」


「ただし」


「はい?」


「今後、あなたに何か起きるたびに、私が全部調べて、全部守って、全部何とかするという意味ではないから」


「そこまでは思っていません」


「本当?」


「本当です」


 ルミエが笑った。


「今回だって、私も自分で答えましたから」


「失敗したことまで随分正直にね」


「隠したら駄目でしょう?」


「そうだけど」


 ヴェティアも少しだけ笑った。


 今回の件は、自分一人では止められなかった。


 ルミエ本人が、自分に不利なことまで隠さず話した。教師たちが記録を調べ、ロンドが学校の外を確認した。


 それぞれが自分にできることをしたから、事実と、後から混ぜられたものを分けることができた。


「私も」


 ルミエが窓の外へ視線を向けた。


「少し考えたんです」


「何を?」


「聖女見習いになったことです」


 ヴェティアは黙って続きを待つ。


「最初は、先生から学べることが嬉しくて」


 一度、大聖女様と言いかけたらしい。


 ルミエは少しだけ口元を緩める。


「聖女見習いになれると聞いたときも、驚きましたけど……頑張ろうって、それくらいしか考えていませんでした」


「ええ」


「でも、それだけじゃないんですね」


 ルミエは自分の手を見る。


「私が何もしたつもりがなくても、私の名前とか、立場とかで、周りの人が動くことがある」


 ヴェティアは少しだけ目を細めた。


 聖女見習いになる前、ルミエは珍しい光魔法を使う平民の特待生だった。それだけでも目立ってはいた。


 けれど、今は違う。


 ミュゲの弟子。


 聖女見習い。


 同じ少女なのに、肩書が増えただけで、周囲から向けられる意味まで変わった。


「正直、怖いです」


 ルミエは言った。


「また、自分の知らないところで何か言われるんじゃないかって」


「……そう」


「でも」


 顔を上げる。


「知らないままでいたくないです」


「知らないまま?」


「『私は政治なんて分かりません』って言っていれば、何も考えなくていいわけじゃないですよね」


 ヴェティアはすぐには答えなかった。


 少し前のルミエなら、きっと目の前の魔法と、目の前の人を助けることだけを見ていた。


 それが悪いわけではない。


 けれど、自分が大きな立場を持つようになれば、本人の意思とは別に、そこへ意味を見いだす人間が出る。


「全部分かる必要はないと思います」


 ルミエは続ける。


「でも、自分がどう見られているのか。何を期待されていて、何を警戒されているのか。そのくらいは知っておきたいです」


「……そうね」


 ヴェティアは頷いた。


「知らないことと、知らなくていいことは違うもの」


「はい」


「だからって、全部一人で覚えようとしないでね」


「それ、ヴェティア様が言います?」


「……何よ」


「いえ」


 ルミエは楽しそうに笑う。


「先生に言われたこと、ちゃんと覚えていらっしゃるんだなと思って」


「あなたもでしょう」


「はい」


 少しだけ空気が軽くなった。


「何かあったら、また相談してもいいですか?」


「もちろん」


 ヴェティアは答える。


「私にも。先生にも。学校にも。必要ならロンド殿下にも」


「はい」


「私だけにしないこと」


「分かっています」


「本当に?」


「ヴェティア様こそ」


「私は今、あなたの話をしているの」


「はいはい」


「返事が軽い」


 ルミエがまた笑った。


 その姿を見ながら、ヴェティアは思う。


 原作では、この少女とこんな話をすることはなかった。


 友達にすら、ならなかった。



「ヴェティア」


 その日の帰り際、今度はロンドから呼び止められた。


「何でしょう」


「少し話せるか」


「はい」


 二人で廊下の端へ移る。


「今回の件についてだ」


 ロンドが言った。


「学校側の対応は聞いているな?」


「はい。記録は修正。誘導された可能性がある証言は、そのまま評価には使わない。金銭が関係していた部分は引き続き確認する、と」


「ああ」


「それとは別の話ですか?」


「半分はな」


 ロンドは少しだけヴェティアを見る。


「君に言っておこうと思った」


「何を?」


「今回の君の行動についてだ」


 ヴェティアの背筋が、ほんの少し伸びた。


「先に言っておくが」


「はい」


「過去のことを忘れたわけではない」


 胸の奥が少しだけ痛んだ。


 けれど、


「当然です」


 そう答える。


「君が以前どう振る舞っていたか。それまでのことが、今回一度の行動で消えたとも思っていない」


「はい」


 それでいい。


 むしろ今のヴェティアには、その方が受け入れやすかった。


「だが」


 ロンドは続ける。


「少なくとも今回、君が何を選んだかは見た」


 ヴェティアは静かにロンドを見る。


「最初から誰かを犯人だと決めなかった。ルミエを庇うために、都合の悪い事実を消そうともしなかった」


「それをしたら、結局同じことになりますから」


「ああ」


「失敗したなら、失敗した。それと、していないことまで悪く見せるのは別です」


「その区別をしたことも含めてだ」


 ロンドの声は優しくも、冷たくもなかった。


 ただ、見たものをそのまま口にしている。


「今回については、君の判断を評価している」


「……ありがとうございます」


「礼を言う必要はない」


「でも、言いたいので」


「そうか」


 それだけだった。


 信じるとは言わない。


 もう疑わないとも言わない。


 まして、恋愛めいた言葉など何もない。


 それでも、今までの自分ではなく、今回、自分がしたことを見てもらえた。


 それがヴェティアには嬉しかった。


 同時に、少しだけ怖くもあった。


 原作のヴェティアなら、こんな評価をもっと違う形で欲しがっていただろう。


 ロンドの目を、ルミエから奪うために。


 けれど今は、この言葉だけでいいと思えた。



 それから数日。


 事件そのものは収まり始めていた。


 少なくとも学校の中で、ルミエが問題の多い聖女見習いであるという話が、そのまま正式な評価へ繋がることはなくなった。


 けれど、確認は終わっていなかった。


「ヴェティア」


 再びロンドに呼ばれたのは、放課後だった。


 今度は、その表情が少し硬い。


「支払いをした人物について、少し分かった」


 ヴェティアの身体に力が入る。


「誰だったのですか?」


「学校の人間ではない」


「それは以前聞きました」


「ああ。問題はその先だ」


 ロンドは声を落とした。


「その人物が最近、クラヴェル伯爵家と関係する者と何度か接触していたことが確認できた」


 ヴェティアの呼吸が、一瞬止まった。


「……クラヴェル伯爵家」


「ああ」


 エドガー・クラヴェル伯爵。


 その名前がすぐに浮かぶ。


 原作で、レナード・ヴァルモン侯爵のもと、実際の工作を動かしていた男。


 記録。


 証言。


 金。


 そういう表には出しにくい仕事を、実際に形へする人物だった。


「ただし」


 ロンドが念を押す。


「クラヴェル伯爵本人の命令だったという証拠はない」


「分かっています」


「伯爵家と関係のある者と接触した。今言えるのはそこまでだ」


「はい」


 そこを飛ばしてはいけない。


 原作でそうだったから、今回もエドガーだとは言えない。


 けれど、嫌な一致だった。


「もう一つある」


「何でしょう」


「今回の件が学校側で問題になったあと、セルメールについて外部から寄せられていた問い合わせが急に減った」


「問い合わせ?」


「出欠や実技評価、支援の扱いについてだ」


 ヴェティアは眉を寄せる。


「全部ですか?」


「全部ではない。ただ、よく似た内容のものが、ほぼ同じ時期に止まっている」


「……」


「さらに」


 ロンドは一度言葉を切った。


「支払いに関わった人物の周囲で、誰が最初に記録の食い違いへ気付いたのかを確認していた形跡もある」


 ヴェティアの指先が僅かに冷たくなる。


「私の名前は?」


「出ている」


 やはり。


 今回の工作を最初に疑った。


 学校の記録を確認した。


 ルミエから事実を聞いた。


 ロンドへ相談した。


 学校側と協力した。


 誰に止められたのかを調べれば、ヴェティアの名前に辿り着く。


「……向こうも、私を調べている」


「その可能性はある」


 ロンドは断定しなかった。


「少なくとも、今回の件を止めた側の一人としては認識されたと考えておいた方がいい」


「はい」


 原作では、ヴェティア・ブュッフェは工作を止める側ではなかった。


 協力する側だった。


 エドガーにとっても利用できる公爵令嬢で、少なくとも邪魔になる人間ではなかった。


 けれど、今は違う。


 レナードからの誘いを断った。


 その後の工作を止めた。


 そして、誰が止めたのかまで向こうが調べ始めている。


(……待って)


 そこでヴェティアの思考が止まった。


 何か大事なことを、今まで見落としていた。


 原作では、自分は王権派側にいた。


 なら、この先彼らが何をするのかも、ある程度は知っている。


 誰を使って、どんな噂を流して、どうやってルミエを追い詰めていくのか。


 その記憶がある。


 だからこれまでは、未来を変えられると思っていた。


 先に知っているから、同じことをしなければいい。


 起きることを知っているから、先回りすればいい。


 けれど。


(私が協力しなかった)


 原作で王権派が使うはずだったヴェティアは、もうその役割をしていない。


(今回の工作も止めた)


 本来なら、ルミエへの悪い評価が少しずつ積み重なるはずだった。


 それも成立しなかった。


 なら、彼らはどうする?


 同じやり方を、同じ順番で繰り返すだろうか。


 失敗すると分かっているのに。


(……違う)


 背中に冷たいものが走った。


 変わるのは、自分だけではない。


 自分が違う選択をする。


 その結果、相手の思惑が外れる。


 なら、相手も次は違う選択をする。


「ヴェティア?」


 ロンドの声で、ヴェティアは顔を上げた。


「……すみません」


「何か気付いたのか?」


「いえ」


 一度、言葉を選ぶ。


「まだ、うまく説明できません」


 原作のことは話せない。


 けれど、今、自分が理解したことだけははっきりしていた。


 原作から外れる。


 それはこれまで、良いことだと思っていた。


 鮮血姫にならない。


 ルミエを傷つけない。


 ロンドと敵対しない。


 決められていた破滅へ進まない。


 その未来を変える。


 今回もできた。


 レナードの誘いを断った。


 工作を止めた。


 原作とは違う結果になった。


 なのに、その成功が新しい不安を生んでいる。


(原作は……)


 未来を教えてくれる。


 そう思っていた。


 攻略本のように。


 次に何が起こるのか。


 誰が何をするのか。


 どこで間違えるのか。


 知っているつもりだった。


 でも、自分が原作通りに動かなかったなら、他の人間まで原作通りに動き続ける理由はない。


 ルミエも。


 ロンドも。


 レナードも。


 エドガーも。


 原作で決められた役を演じるだけの人間ではない。


 今起きたことを見て、考えて、次を選ぶ。


 自分と同じように。


(……じゃあ)


 この先、何が起きる?


 答えは出なかった。


 初めて、原作の記憶を持っているのに、本当に先が分からないと思った。


 怖い。


 その感情は確かにあった。


 けれど、以前のように、知らないから何もできないとは思わなかった。


 今回、原作の記憶だけで工作を止めたわけではない。


 手口を疑うきっかけにはなった。


 自分が同じことをした記憶も役に立った。


 けれど、最後に確かめたのは今ここにあるものだった。


 学校の記録。


 ルミエ本人の話。


 教師たちの確認。


 ロンドが調べた学校の外の動き。


 それらを一つずつ見たから、止めることができた。


(なら)


 原作に答えが書かれていなくても、何も見えないわけではない。


 今、目の前で起きていることなら見ることができる。


 分からなければ調べることもできる。


 一人で足りなければ、誰かと考えることもできる。


 そして最後は、自分で選ぶことができる。


「ロンド殿下」


「何だ?」


「今回の件で、また何か分かったら」


「ああ」


 ロンドが頷く。


「共有する」


「私もそうします」


「今度は最初からな」


「……はい」


 少しだけむっとした。


 けれど、否定はできなかった。


 ヴェティアは窓の外を見る。


 いつもと変わらない学校。


 帰っていく生徒たち。


 廊下の向こうから聞こえる声。


 何も特別な景色には見えない。


 それでも、今までとは違って見えた。


 原作では、私はあなたたちの仲間だった。


 けれど、もうその道から外れた。


 なら、その先に続いていたはずの未来も同じではない。


 自分の知っている未来は、少しずつ未来ではなくなっていく。


 原作という攻略本は、もう正しい道を教えてはくれない。


 だから、これからは自分の目で今を見なければならない。


 ヴェティアは静かに歩き出した。

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