第19話 魂に備わった目
「なぜ私は、もう一度……人として生きているのですか」
涙の跡を残したまま、ヴェティアはミュゲを見上げていた。
罪は消えない。
善いことを一つしたからといって、過去がなくなるわけでもない。
ならば。
宮田茜として死んだ自分が、なぜもう一度、人として生まれたのか。
ヴェティアには、それが分からなかった。
ミュゲはすぐには答えなかった。
先ほどまでとは違う沈黙だった。
知らないから迷っているようには見えない。
むしろ、何かをするべきかどうか考えているようだった。
「……ミュゲ様?」
「一つ、お尋ねします」
「はい」
「あなたは、その理由を本当に知りたいのですか?」
ヴェティアは戸惑った。
「知ることが……できるのですか?」
「そこまで断言はできません」
「できない?」
「はい」
ミュゲは穏やかに頷いた。
「なぜあなたがもう一度生まれたのか。その答えそのものを、私は知りません。ただ、あなたの魂に強く残っている縁を観ることなら、できるかもしれません」
「魂に……?」
「あくまで、私が長い時間をかけて身につけた方法で、ですが」
そう前置きしてから、ミュゲは少しだけ困ったように微笑んだ。
「そして私は、普段、このようなことをいたしません」
「どうしてですか?」
「人は、自分に理解できないものへ、ずいぶん大きな意味を与えるものだからです」
「……?」
まだ意味が分からない。
ミュゲは少し考え、自分の目元へそっと指を添えた。
「ヴェティアさん。私たちは普段、この目でものを見ていますね」
「はい」
「色を見て、形を見て、人の顔を見る。この世界にあるものを知るための目です」
そこで、ミュゲは言葉を区切った。
「ですが――これは、あくまで私自身が長く生きる中で辿り着いた考えです」
「はい」
「人の本体は、この肉体だけではなく、魂にもあるのではないかと私は考えています」
ヴェティアは黙って続きを待った。
「肉体は、私たちがこの世界で生きるためのもの。そして肉体に目があるように、魂にもまた、肉体の目とは異なる何かが備わっているのではないか、と」
「魂の……目?」
「私は、そう呼んでいます」
断言ではなかった。
誰もが学ぶ魔法理論でも、教会が定めた教義でもない。
長く生き、多くの人間と向き合ってきたミュゲ自身の考えだった。
「肉体の目は、とても優れています。光を捉え、色を見分け、遠近を知り、人の表情まで読み取ることができます」
ミュゲは自分の胸元へ手を添えた。
「けれど、人が生きたすべてを肉体の目で見ることはできません」
ヴェティアは自分の手へ視線を落とした。
そこに見えているのは、ヴェティア・ブュッフェという少女の身体だけだ。
宮田茜として生きた記憶も。
アンナを傷つけた後悔も。
ルミエと友人になれた喜びも。
形として目に映るものではない。
「では、魂の目なら……?」
「その人が歩んだ道そのものを、何でも見られるわけではありません」
ミュゲはすぐに否定した。
「私は、あなたの記憶を好きなように読むことはできません」
「……そうなのですか?」
「はい。昨日何を食べたのか。誰と何を話したのか。誰にも言っていない秘密をどこへ隠しているのか。そうしたことを覗けるわけではありません」
ヴェティアは少しだけ肩の力を抜いた。
「未来を見ることもできません。死者と話すことも、遠く離れた場所を自在に見ることもできません」
「では、何が?」
「残っているものを観るのです」
ミュゲの声は穏やかだった。
「人は生きる中で、さまざまな者と出会います。誰かを助けることもあれば、傷つけることもある。愛することも、憎むこともある」
少しだけ間を置く。
「そのすべてが同じように残るとは思いません。ですが、とても強く結ばれた縁は、その人の魂に何かを残すことがある。少なくとも私は、そう感じてきました」
「因縁……ということですか?」
「そう呼ぶこともあります」
原因があり。
縁が生まれ。
その結果が、また次へつながっていく。
「でも、そんなものをどうやって観るのですか?」
「自分を静めます」
「自分を?」
ミュゲは目を伏せた。
「見たいもの。こうであってほしいという願い。善い、悪いと決めつけようとする心。恐れや期待。そして、自分自身への執着」
一つずつ。
ゆっくりと言葉にする。
「それらを、できる限り手放していきます」
「無になる……ということですか?」
「完全な無にはなれません」
ミュゲは小さく笑った。
「そこまで至れているのでしたら、私はもう少し立派な人間だったでしょう」
ほんの少しだけ。
ヴェティアの表情が緩んだ。
「ただ、無我に近いところまで、自分を静めることはできます」
「それは……魔法なのですか?」
「いいえ」
返事は明確だった。
「魔法ではありません」
ヴェティアは目を瞬いた。
「魔力も使いません。属性も、魔法式も関係ありません」
「では……」
「修練です」
ミュゲは自分の胸へ手を置いた。
「呼吸を整えること。自分の感情に気付き、それに呑まれないこと。自分が見たい答えと、実際にそこにあるものを混同しないこと。それを長い時間、何度も繰り返してきただけです」
「そんなことで……?」
「そんなことを、何十年も続けるのは案外難しいものですよ」
穏やかな返事だった。
ヴェティアは何も言えなかった。
確かに。
自分が見たいものを見ない。
都合のいい答えへ逃げない。
それが簡単なことではないと、自分自身がよく知っている。
「私は、その状態を半無我と呼んでいます」
「半無我……」
「完全に自分を失うわけではありません。自分というものを可能な限り静める。それだけです」
「そうすると、魂の目で観ることができるのですか?」
「私は、そう感じています」
あくまで、自分の経験としてミュゲは答えた。
「何か新しい力を得るのではありません。むしろ、自分の中にある雑音を減らすのです」
「雑音……」
「見たい。知りたい。こうであってほしい。あの人は善い人だ。あの人は悪い人だ。そうした自分自身の声は、とても大きいものです」
ミュゲはヴェティアを見る。
「それを静めたとき、普段なら自分自身に遮られて気付けなかったものへ、少しだけ意識が届くことがあります」
「少しだけ……」
「はい。だから、間違うこともあるでしょう」
その言葉に、ヴェティアは僅かに驚いた。
「ミュゲ様でも?」
「もちろんです」
ミュゲは当然のように答える。
「私が感じたことが、そのまま世界の真実になるわけではありません」
それは。
ヴェティアが想像していた「大聖女」の言葉とは少し違った。
「ですが」
ミュゲの表情が変わる。
「もし私が、あなたの因縁を観たなら」
「はい」
「絶対に、このことは誰にも話してはなりません」
先ほどまでの穏やかな調子とは違う。
明確な忠告だった。
「……それほどまでに?」
「それほどまでに、です」
ミュゲは真っ直ぐヴェティアを見る。
「もし『大聖女は人の前世を観ることができる』という話が広まれば、何が起こると思いますか?」
「……皆が、ミュゲ様のところへ来る?」
「おそらくは」
亡くなった家族のことを知りたい。
自分の前世を知りたい。
未来を教えてほしい。
誰を信じればよいのか教えてほしい。
どの道を選べば幸せになれるのか決めてほしい。
そんな人々が、ミュゲのもとへ押し寄せる。
「ですが、私が恐れているのは、それだけではありません」
ミュゲの声には、珍しく厳しさがあった。
「やがて、自分にも同じことができると名乗る者が現れるでしょう」
「……」
「前世が見える。未来が見える。死者の声が聞こえる。主から特別な言葉を授かった」
一つずつ。
ミュゲは静かに挙げていく。
「本当に何かを感じ取る者もいるかもしれません。思い込みを真実だと信じる者もいるでしょう。そして、人々の不安や悲しみにつけ込み、自分の利益のために利用する者も現れるかもしれません」
ヴェティアは息を呑んだ。
「そうなれば、いつか人々は教会を、不思議な力を持つ者の集まりだと思うようになるかもしれません」
未来を言い当てる者。
見えないものを見る者。
病を癒やす者。
奇跡を起こす者。
そんな力を持つ者こそ、聖なる人間なのだと。
「私は、それを望みません」
ミュゲは静かに言い切った。
「むしろ本当のことを申し上げれば、私は光魔法ですら、必要以上には人前で見せたくないのです」
「光魔法まで……?」
ヴェティアは驚いた。
大聖女ミュゲ。
その名と光魔法は、切っても切り離せないものだと思っていた。
「治療に必要なら使います。誰かの命を守るためなら、もちろん使います。教える必要があれば、先日のようにお見せすることもあります」
ミュゲは自分の手を見る。
「ですが、人々から崇められるために使いたいとは思いません」
「……」
「光魔法を使えることと、その人がどう生きているかは、別の話です」
その言葉が、ヴェティアの胸に残った。
「因縁を観ることができるからといって、私が偉いわけでもありません」
「でも、ミュゲ様は――」
大聖女ではないか。
そう言いかけて、ヴェティアは止まった。
ミュゲは少しだけ笑った。
「大切なのは、何ができるかではありません」
「では……何が?」
「何のために、それを使うのか」
迷いのない答えだった。
「困っている人がいれば手を差し伸べる。自分の過ちから目を逸らさない。己の欲を正しいものとして他者へ押しつけない。そして、今日より明日、ほんの少しでも善く生きようとする」
ミュゲの声は静かだった。
「私は、そのように生きたいと思っています」
「……」
「そのために光魔法が必要なら使います。半無我という技術が役に立つなら使います。必要がなければ、使いません」
力が先にあるのではない。
どう生きるのか。
何のために力を使うのか。
それが先なのだ。
「もし奇跡を見せることで、人が善く生きることより奇跡そのものを求めるようになるのであれば」
ミュゲは静かに首を横へ振った。
「私は、その奇跡を見せない方がよいと考えています」
ヴェティアは、しばらく何も言えなかった。
大聖女だから。
特別な力を持っているから。
だからミュゲは偉大なのだと思っていた。
けれど。
本人は、力そのものを自分の価値だとは考えていない。
「それに」
ミュゲは続ける。
「因縁が分かったからといって、その人が次に何をするべきかまで決まるわけではありません」
「……はい」
「原因を知ることと、答えを知ることは別です」
その言葉は、ヴェティアには痛いほどよく分かった。
「ですから、私は必要がなければ、このようなことはいたしません」
ミュゲの声が再び厳しくなる。
「これから私が行うことは、誰にも話してはいけません」
「はい」
「ルミエさんにも」
一瞬。
ヴェティアは言葉を止めた。
友人になったばかりの少女。
同じミュゲの弟子となった相手。
それでも。
「はい」
ヴェティアは頷いた。
「言いません」
「ご両親にも」
「はい」
「ロンド殿下にも」
「……はい」
少しだけ胸が痛んだ。
けれど。
これは自分が望んで知ることだ。
他人へ語るためのものではない。
「約束いたします」
ミュゲはしばらくヴェティアを見つめたあと、静かに頷いた。
「もう一つ」
「はい」
「何かが分かったとしても、あなたの罪は消えません」
ヴェティアの胸が重くなる。
「はい」
「あなたがなぜここにいるのか。それに関わる縁が見つかったとしても、アンナさんを傷つけた事実は変わりません」
「……分かっています」
「そして、その縁が、これからあなたがどう生きるべきかを決めてくれるわけでもありません」
「はい」
「それでも知りたいですか?」
ヴェティアは俯いた。
怖くないわけではない。
もし、とても立派な理由があったら。
自分は特別なのだと、また都合よく考えてしまうかもしれない。
逆に。
何の意味も見つからなかったら。
それも怖い。
けれど。
ここまで来て。
知らないまま帰りたくはなかった。
ヴェティアは顔を上げる。
「知りたいです」
ミュゲの目を見る。
「それでも、私は知りたいです」
「分かりました」
ミュゲは静かに目を閉じた。
◇
何か大きな魔法が起きると思っていた。
光が溢れる。
風が巻き起こる。
神聖な何かが降りてくる。
けれど。
何も起こらなかった。
ミュゲは椅子へ座ったまま、目を閉じている。
杖にも触れない。
魔力が動く気配もない。
呼吸が、ゆっくりと整っていく。
ただそれだけだった。
(本当に……魔法じゃないんだ)
ヴェティアは声を出さずに待った。
やがて。
不思議なことに気付く。
ミュゲの存在感が、静かになっていた。
もちろん目の前にいる。
消えたわけでもない。
なのに、先ほどまで「大聖女ミュゲ」として強く感じていたものが、少しずつ遠ざかっていくように感じられた。
怒りも。
喜びも。
願いも。
何かを決めつけようとする意志さえも。
水面に広がっていた波が、一つずつ消えていくようだった。
(これが……半無我)
完全な無ではない。
ミュゲ自身も、そう言っていた。
それでも。
目の前の女性が、長い時間をかけて自分自身を静める方法を身につけてきたことだけは、ヴェティアにも分かった。
大聖女だからできるのではない。
光魔法が使えるからでもない。
長い修練の果てに身につけた技術なのだ。
時間だけが流れていく。
ヴェティアは自分の鼓動を聞きながら待った。
やがて。
ミュゲがゆっくりと目を開いた。
「……一つ」
「分かったのですか?」
思わず身を乗り出す。
「非常に強く残っている縁があります」
「強く残っている縁……」
「あなたが、宮田茜として生きた最後の日です」
ヴェティアの身体が強張った。
すぐに。
白髪の老人が浮かんだ。
「老人を助けましたね」
「……はい」
道路。
迫ってきた車。
老人の身体を突き飛ばした感触。
自分へ襲いかかった衝撃。
『……助かったなら、いいや』
あの瞬間。
「その方との縁が、とても強く残っています」
「おじいさんに……?」
「はい」
ヴェティアは戸惑った。
「それは……私が、あの人を助けて死んだからですか?」
「それだけなら、私はこのような言い方をしなかったと思います」
「では……?」
ミュゲはすぐには答えなかった。
何かを断定するのではなく、自分が感じたものへ最も近い言葉を探しているようだった。
「その方は、人です」
「……はい?」
あまりに当然のことを言われ、ヴェティアは目を瞬いた。
「生まれた身体も人。送った生涯も、おそらく人としてのものでしょう」
「では、何が……?」
「とても静かでした」
「静か?」
「はい」
ミュゲは自分の胸元へ指を添えた。
「あなたの魂に残っている縁を辿ったとき、その方から受け取ったものには、妙な濁りがほとんどありませんでした」
「濁り……」
「言葉にするのが難しいのです」
ミュゲは僅かに苦笑した。
「ですから、これは私の解釈として聞いてください」
「はい」
「古くから、深い徳を積みながら、それを誇ることなく生きる者を『聖者』と呼ぶことがあります」
「聖者……」
ヴェティアは呟いた。
思い浮かぶのは、あの日の老人だった。
横断歩道のそばにいた。
白髪の。
どこにでもいそうな、おじいさん。
「おじいさんが……聖者だったのですか?」
「分かりません」
ミュゲは、はっきり答えた。
「私はその方の人生を見たわけではありません。その方が何を考え、何をして生きたのかも知りません」
「でも」
「ただ」
ミュゲは穏やかに続ける。
「あなたとの縁を通して私が感じたものは、私がこれまで出会った、徳の高い人々にどこか似ていました」
「徳の高い……」
「自分が特別であることを求めず。誰かに称えられることも求めず。それでも、自分がどう生きるかを大切にする人たちです」
ミュゲは少しだけ笑った。
「そうした方が、必ず立派な身分にあるとは限りません」
「……」
「名を残すとも限りません。誰にも知られないまま、一生を終えることだってあるでしょう」
ヴェティアは、もう一度老人を思い出した。
白髪。
少し曲がった背。
道路を歩いていた姿。
どう見ても。
普通だった。
「……どこにでもいるおじいちゃんでした」
思わず、そのまま口から出た。
ミュゲは一瞬だけ黙り。
それから、ふっと微笑んだ。
「それでよいのではありませんか」
「え?」
「人として生きていたのでしょう?」
「……はい」
「なら、まずはそれで十分です」
ヴェティアは何度も記憶を探った。
何か特別なことを言われたわけではない。
老人の正体を知っていたわけでもない。
ただ。
車が迫っていて。
危ないと思ったから。
身体が動いた。
「私……」
ヴェティアは自分の胸へ手を当てた。
「もし、本当にあの方が聖者と呼ばれるような人だったとして」
「はい」
「私は、そんな人を助けたんですか?」
「あなたが一人の老人を助けたことは事実です」
ミュゲは静かに答えた。
「その方が何者であったかとは関係なく」
「……」
胸の奥へ。
ほんの一瞬。
妙なものが生まれた。
もし、あの老人が特別な人だったなら。
自分は特別なことをしたのではないか。
多くの人とは違う。
とても大きな善行をしたから。
自分だって、本当は善い人間なのではないか。
そんな考えが頭をかすめる。
そして。
ヴェティアはすぐに、その考えへ気付いた。
(……まただ)
自分に都合のいい意味を探している。
もし聖者だったなら。
そんな人を助けた自分も特別だ。
だから宮田茜として周囲を傷つけたことも。
アンナへ魔法を向けたことも。
少しくらいは――。
「……違う」
小さく口から漏れた。
「ヴェティアさん?」
「違いますよね」
ヴェティアは顔を上げる。
「もし、あの方がどれほど立派な人だったとしても」
ゆっくりと言葉にする。
「私がアンナを傷つけたことまで、変わるわけではありませんよね」
「はい」
ミュゲは静かに頷いた。
迷いのない返事だった。
なぜか。
ヴェティアは少し安心した。
「宮田茜として、あなたが老人を助けたこと」
「……はい」
「宮田茜として、周囲の人を傷つけたこと」
「はい」
「ヴェティア・ブュッフェとして、アンナさんへ魔法を向けたこと」
胸が痛む。
けれど。
目を逸らさない。
「はい」
「どれか一つが、他を消すことはありません」
ミュゲは静かに言った。
「すべて、あなたが歩いてきた道の中にあるものです」
「……はい」
善いことをした自分だけを選ぶことも。
悪いことをした自分だけを切り離すこともできない。
全部。
自分なのだ。
それなら。
まだ、一つだけ分からない。
最初に尋ねたこと。
ヴェティアはミュゲを見る。
「ミュゲ様」
「はい」
「あの方との縁が、私の魂に強く残っていることと」
一度、息を吸う。
「私がもう一度、人として生まれたことには……関係があるのでしょうか」
ミュゲは答えなかった。
すぐには。
半無我から戻ったばかりの静かな目で、ヴェティアを見ている。
「分かりません」
やがて。
そう答えた。
ヴェティアは目を瞬いた。
「分からない……?」
「はい」
「でも、私の因縁を観れば――」
「観えたのは、あなたとその方の間に、とても強い縁が残っていることです」
ミュゲの声は穏やかだった。
「その縁が、あなたをこの人生へ導いたのか。別の何かがあったのか。あるいは、人の生まれ変わりというものが、そもそも私の理解できない理によって起きているのか」
ミュゲは首を横へ振る。
「そこまでは、私にも分かりません」
「……」
「分からないものを、自分に都合のよい答えで埋めてしまえば」
その言葉に。
ヴェティアの胸が僅かに痛んだ。
「先ほど申し上げた半無我から、もっとも遠いところへ戻ってしまいますから」
「……そうですね」
ヴェティアは俯いた。
それでも。
心のどこかに残っていた期待が、口を開かせた。
「では……」
言葉が自然とこぼれる。
「私は、あの方を助けたから」
ほんの少し。
願うような響きが混じった。
「その褒美として、もう一度生まれることができたわけでは……ないのですか?」
ミュゲは。
すぐには答えなかった。




