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極悪令嬢だった私ですが、自分で作った罪は自分で刈り取ります  作者: Atelier Lotus文庫
第三章 二人の弟子

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第17話 二人は同じではない

「……聖女見習い、ですか?」


 ルミエの声が、少し裏返った。


 大聖女ミュゲの特別講義から数日。


 ナルシス王立魔法学校の一室に呼ばれたルミエは、告げられた言葉をすぐには理解できないようだった。


 隣に座るヴェティアも、黙ってその横顔を見る。


 ミュゲの弟子になる。


 そこまでは、あの日の講義で決まった。


 けれど、聖女見習いとなることはそれとは別の話だった。


「はい」


 ミュゲが穏やかに頷く。


「私の弟子になることは、私とあなたの間のお話です。ですが、聖女見習いは教会が正式に認める立場になります」


「正式な……」


「単に『将来、聖女になれそうな人』という意味ではありません」


 ミュゲの隣には、教会から来た者たちが同席している。


 ここ数日、ルミエにはいくつかの確認が行われていた。


 光魔法を実際に扱えること。


 その適性が一時的なものではないこと。


 本人が聖女として学ぶ意思を持っていること。


 そして、大聖女ミュゲ自身が指導する意思を示していること。


 ルミエはそのたびに緊張し、何度もヴェティアへ、


「変なことを言っていませんでしたか?」


 と確認してきた。


 ヴェティアとしては、


「私が知るわけないでしょう」


 としか答えようがなかったのだが。


「確認の結果」


 教会側の者が静かに告げる。


「ルミエ・セルメールさんを、聖女見習いとして認めることとなりました」


 ルミエが固まった。


「……私が?」


「はい」


「本当に?」


「本当にです」


 念を押され、ようやく言葉の意味が届いたらしい。


 ルミエは自分の胸元へ手を当てた。


「でも……私、まだ全然できないことばかりです」


「だから見習いなのですよ」


 ミュゲが言う。


 ルミエは口を閉じた。


「聖女見習いになったから、今日から立派な聖女にならなければならないわけではありません」


「……はい」


「学ぶための立場を与えられた。まずは、そのくらいに考えてください」


 ルミエはしばらく考えてから、小さく頷いた。


「分かりました」


 その返事にも、まだ戸惑いは残っていた。


 ◇


 正式な発表があった日の昼休み。


 ルミエの周囲には、いつもより多くの生徒が集まっていた。


「おめでとう、ルミエさん」


「すごいじゃない」


「大聖女様のお弟子になるだけでも驚いたのに、聖女見習いまで……」


「ありがとうございます」


 ルミエは何度も頭を下げている。


 祝福する者は多かった。


 純粋に感心している者。


 珍しそうに見る者。


 少し遠慮がちになった者。


 反応はそれぞれ違う。


 一方で、離れたところから様子を見る生徒たちの中には、複雑そうな顔もあった。


「平民なのに……」


 そんな小さな声が、ヴェティアの耳へ届く。


 以前なら、自分も同じことを言っていたかもしれない。


 いや、原作のヴェティアなら間違いなく言っていた。


(平民なのに、ではないわね)


 ルミエが聖女見習いとなった理由は、平民だからでも、平民なのに特別だからでもない。


 光魔法を持っていた。


 努力した。


 学ぼうとした。


 自分の力を、人を助けるために使いたいと願った。


 そして、その姿勢をミュゲが認めた。


 それだけだ。


 とはいえ、周囲の目が変わる理由も分からなくはなかった。


 聖女。


 それは単なる魔法使いへの敬称ではない。


 教会から正式に認められる、公的な立場だ。


 魔王ニコラスが倒された後、大聖女ミュゲをはじめとした教会の者たちが各地で多くの人を助けてきた。


 その結果、聖女という存在への信頼は以前よりずっと大きくなっている。


 そしてルミエは、その聖女を目指す者として正式に認められた。


(原作でも、ここからだった)


 宮田茜だった頃に見た物語が蘇る。


 ルミエ・セルメール。


 平民の少女。


 希少な光魔法使い。


 大聖女ミュゲの弟子。


 聖女見習い。


 やがて鮮血姫ヴェティアを倒し、正式な聖女となる。


 その位を得ることで、第一王子ロンドの隣へ立つための身分上の障壁も消えていった。


(でも)


 ヴェティアは、友人たちに囲まれて困ったように笑うルミエを見る。


 今のルミエは、ゲームに押されてこの場所へ来たわけではない。


 大聖女に選ばれるイベントが発生したから、聖女見習いになったわけでもない。


 自分で、


『人を救えるようになりたい』


 と言った。


 失敗したあと、もう一度魔法を使った。


 自分で望み、その結果としてここにいる。


(同じ結果でも、意味は違う)


 それを今のヴェティアは、ちゃんと分かる。


「ヴェティア様」


 呼ばれて顔を上げる。


 いつの間にか人の輪から抜け出したルミエが、こちらへ歩いてきていた。


「どうしたの?」


「少し……疲れました」


「でしょうね」


 ヴェティアは椅子を引く。


 ルミエが隣へ座った。


 しばらく何も言わず、机の上に置かれた飲み物へ手を伸ばす。


「なんだか」


 やがて、ルミエがぽつりと言った。


「急に、偉い人になってしまったみたいです」


「偉い人?」


「皆さんの話し方が、ちょっと違うんです」


 ヴェティアは周囲を見る。


 確かに、以前なら普通に声をかけていた者が、今日は妙に丁寧に挨拶していた。


「聖女見習いになったのだから、多少は仕方ないでしょう」


「そうなんでしょうけど……」


 ルミエは飲み物の器を両手で持ったまま、少し俯く。


「ヴェティア様も、変わりますか?」


「何が?」


「その……」


 言いにくそうに目を泳がせる。


「これからも、普通に話してくださいね」


 ヴェティアは目を瞬いた。


 ルミエは真剣だった。


「私、まだ礼儀も間違えますし。魔法だって失敗しますし。聖女見習いになったからって、昨日までと急に別人になるわけじゃないので」


「当たり前でしょう」


「……本当ですか?」


「私たち、友達になったばかりなのよ」


 ヴェティアは少し呆れる。


「それなのに、もう私から離れようとしてどうするの」


「あ……」


「あなたが聖女見習いになったからって、私まで急にあなたへ跪いたりはしないわ」


「そこまでは言ってません」


「なら問題ないでしょう」


 ルミエが笑った。


「はい」


 その表情を見て、ヴェティアもわずかに口元を緩める。


 立場は変わった。


 けれど、それだけで今まで積み上げたものまで別物になるわけではない。


 ◇


 放課後。


 校内を歩きながら、ヴェティアは一人考えていた。


 ルミエは、これから聖女を目指す。


 ミュゲから光魔法を学び、人を救う者としての生き方を学ぶ。


 原作と同じ部分もある。


 けれど、それはルミエ自身が選んだ道だ。


 では、自分は?


 ヴェティアは足を止める。


 自分には光魔法の適性はない。


 火。


 水。


 風。


 土。


 四つの属性を扱うことはできる。


 けれど聖女にはなれないし、なりたいわけでもない。


 ルミエと同じ道を歩くつもりもなかった。


(……二人は同じじゃない)


 当たり前のことだった。


 友達だから。


 同じ人物に関わったから。


 同じものを目指す必要はない。


 ルミエにはルミエの問いがある。


 自分には、自分の問いがある。


 なぜ宮田茜として死んだ自分が、もう一度ヴェティア・ブュッフェとして生きているのか。


 アンナを傷つけた自分は、これからどうすればいいのか。


 原作で、もっと多くの人を傷つけるはずだった自分は、何をすればもう同じ人間にならずに済むのか。


 昨日までは、ミュゲへ聞きたいと思っているだけだった。


 大聖女にもできないことがある。


 そう知った今でも、尋ねたいことは消えていない。


(……行こう)


 ヴェティアは進む方向を変えた。


 大聖女ミュゲが滞在している場所は聞いている。


 ルミエの道を見届けるだけでは、もう足りない。


 次は、自分自身のことをあの人へ尋ねなければならない。

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