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極悪令嬢だった私ですが、自分で作った罪は自分で刈り取ります  作者: Atelier Lotus文庫
第三章 二人の弟子

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第16話 人を救えるようになりたい

「では、どなたか実際に使ってみますか?」


 ミュゲの問いかけに、講堂の空気が少し変わった。


 先ほどまで熱心に筆を走らせていた生徒たちが、互いの顔を見る。


 光魔法。


 それを使える者など、そもそもほとんどいない。


 だから、誰が前へ出るのかは最初からほぼ決まっていた。


 ヴェティアは隣を見る。


 ルミエは固まっていた。


「……」


「ルミエ」


「はい」


「呼ばれると思うわよ」


「やっぱりそうですよね……」


 先ほどまで目を輝かせていた少女が、急に青ざめている。


 ヴェティアは思わず眉を寄せた。


「さっきまで、あんなに教わりたそうにしていたじゃない」


「教わりたいです」


「だったら」


「でも、大聖女様の前で使うんですよ!?」


 小声ながら必死だった。


「失敗したらどうしましょう」


「さっき、大聖女本人ができないこともあると言っていたでしょう」


「それとこれとは別です」


「別なのね」


「別です」


 妙なところで頑固だ。


 ヴェティアが呆れていると、壇上から穏やかな声が届いた。


「ルミエ・セルメールさん」


「は、はい!」


 ルミエの背筋が跳ねる。


 周囲の視線が一斉に集まった。


「光魔法を使えると伺っています」


「はい」


「よろしければ、少し見せていただけますか?」


「も、もちろんです!」


 返事だけは立派だった。


 立ち上がったルミエは、どこか足元の危うい歩き方で壇上へ向かう。


(大丈夫かしら)


 ヴェティアは少し心配になった。


 けれど、これはルミエ自身が望んでいた機会でもある。


 見守るしかない。


 壇上では、実習用の標的が用意された。


 先日の授業でも使ったものと似ている。


 ごく微量の魔素を留め、光魔法で分解できるかを確認するためのものだ。


「難しいことはしません」


 ミュゲが言う。


「普段、学校で行っている方法で構いません。今のあなたにできるものを見せてください」


「はい」


 ルミエは杖を両手で握った。


 深く息を吸い、標的へ向ける。


 講堂は静まり返っていた。


 先日の実習でも緊張していた。


 けれど今日は、その比ではないのだろう。


 世界でもっとも有名な光魔法使いが、すぐ隣で自分の魔法を見ている。


 ルミエの肩が、明らかに硬い。


 杖先へ淡い光が集まった。


(出た)


 ヴェティアも無意識に前のめりになる。


 けれど、光はすぐに揺らいだ。


 強くなり、弱くなり、また強くなる。


 ルミエの額へ汗が浮かぶ。


「……っ」


 さらに魔力を込めようとしている。


 光が一瞬、大きく広がった。


 だが、標的へ届く直前、形を保てなくなり霧散した。


「あ……」


 ルミエの顔が強張る。


 講堂から、小さなどよめきが漏れた。


 本人の耳にも入ったのだろう。


 俯きかける。


 けれど。


「ルミエさん」


 ミュゲの声は変わらなかった。


「はい……」


「今、何をしようとしていましたか?」


 叱責ではなかった。


 ただの質問。


 ルミエは戸惑ったように顔を上げる。


「魔素を……分解しようと」


「それだけですか?」


「え?」


「もう少し、正直に」


 ミュゲは笑っていた。


 からかっているわけではない。


 ルミエはしばらく黙った。


 やがて、耳まで赤くしながら小さく答える。


「……上手く見せようとしました」


 講堂のあちこちで、少しだけ空気が緩んだ。


「大聖女様が見ていらっしゃるので……先日の授業より、もっときれいに。もっと強くできたらって」


「そうですか」


「申し訳ありません」


「どうして謝るのです?」


 ルミエが目を瞬く。


「え?」


「良く見せたいと思うこと自体は、珍しいことではありません」


 ミュゲは標的へ視線を向けた。


「私も若い頃は、ずいぶん見栄を張りました」


「大聖女様もですか?」


「もちろんです」


 あまりにも自然に返され、ルミエだけでなく講堂の生徒たちまで驚いた顔をした。


「ですが」


 ミュゲはルミエへ向き直る。


「魔法を使うとき、最初に考えるべきことは、自分がどう見えるかではありません」


 穏やかな声。


「誰へ」


 そして。


「何をするために使うのか」


 ルミエは黙って聞いている。


「今の標的は、あなたへ立派な光を見せてほしいとは思っていません」


 小さな笑いが起こった。


 ルミエも、恥ずかしそうに笑う。


「必要なのは、残されている魔素を分解すること。それだけです」


「……はい」


「では、もう一度」


 ルミエは頷いた。


 今度はすぐに杖を構えなかった。


 標的を見る。


 息を整える。


 肩から余計な力が抜けていくのが、ヴェティアにも分かった。


(誰へ、何をするために……)


 その言葉が妙に耳へ残った。


 アンナへ向けた魔法。


 実習場で人を守るために使った魔法。


 同じ力でも、向ける相手と目的が違えば、結果はまるで変わる。


 ヴェティアがそんなことを考えている間に、ルミエが杖を上げた。


 淡い光が灯る。


 先ほどよりずっと小さい。


 華やかでもない。


 けれど、揺れていない。


 光が標的へ伸び、静かに触れ、留められていた魔素へ作用する。


 確認用の魔道具が反応した。


 魔素の量が少しずつ減っていく。


 最後には、完全に消えた。


「……できた」


 ルミエが小さく呟く。


「はい」


 ミュゲが頷いた。


「きちんとできています」


「本当ですか?」


「ええ」


 その瞬間、ルミエの顔がぱっと明るくなった。


 講堂から拍手が起こる。


 先ほどの失敗を笑う声はない。


 ルミエは一瞬戸惑い、それから深く頭を下げた。


「ありがとうございます!」


「私にではなく、今の自分へ言ってあげてください」


「え?」


「失敗したあと、もう一度やったのはあなたです」


 ルミエは目を瞬いた。


 それから、少し照れたように自分の杖を見た。


 ミュゲはその様子を静かに見ていた。


「ルミエさん」


「はい」


「光魔法を使えることを、あなたはどう思っていますか?」


 突然の問いだった。


 ルミエはすぐには答えなかった。


「……嬉しいです」


「なぜ?」


「人を助けられるかもしれないからです」


 ミュゲは何も言わず、続きを待つ。


 ルミエは杖を胸元へ引き寄せた。


「もちろん、まだ全然上手く使えません。今日だって失敗しましたし……治癒魔法も、できることは少ないです」


 少しだけ笑う。


「でも、もし練習して。もっと使えるようになって」


 そこで、ルミエは一度言葉を探した。


「困っている人がいたときに、何もできないよりは……少しでも、できることがあった方がいいと思うんです」


 講堂が静かになる。


「私は、大聖女様みたいに世界を救えるとは思っていません」


 ミュゲがわずかに眉を上げた。


「でも」


 ルミエは続ける。


「目の前にいる人を、一人でも助けられるようになれたらいいなって」


 その声は大きくなかった。


 立派な演説でもない。


 けれど、ヴェティアは聞きながら不思議と納得していた。


(この子らしい)


 宮田茜だった頃、画面の向こうにいたルミエは、もっと完成された少女に見えた。


 優しく、正しく、困っている人を助ける聖女。


 そういう役割を与えられた主人公。


 けれど今は違う。


 失敗すれば落ち込む。


 大聖女の前では見栄を張る。


 緊張もするし、恥ずかしがりもする。


 その上で、自分にできることを増やしたいと願っている。


 だからこそ、この子は聖女へ向かっていくのだろうか。


 主人公だからではない。


 そういう選択を、この少女自身が重ねていくから。


 ミュゲはしばらくルミエを見つめていた。


「ルミエさん」


「はい」


「あなたは、光魔法についてもっと学びたいですか?」


「もちろんです」


 即答だった。


「魔法だけでなく」


 ミュゲは続ける。


「その力を持つ者として、どう生きるのかも」


 ルミエの表情が変わる。


 先ほどの講義。


『光魔法を使えるから、人を救えるのではありません』


 その言葉を思い出したのだろう。


「……学びたいです」


 今度の返事は、先ほどより静かだった。


「もっと知りたいです」


「大変ですよ」


「はい」


「失敗もします」


「今日しました」


 講堂から小さな笑いが漏れる。


 ミュゲも微笑んだ。


「できないことを、できないと認めなければならない時もあります」


「……はい」


「それでも?」


 ルミエは一度、自分の杖を見る。


 そして、しっかりと顔を上げた。


「それでも、学びたいです」


 ミュゲは静かに頷いた。


「では」


 ほんの少し、その声が柔らかくなる。


「私のところで学んでみますか?」


「……え?」


 ルミエが固まった。


 ヴェティアも目を見開く。


 知っていた。


 原作では、この二人は師弟になる。


 ルミエはミュゲから学び、やがて聖女見習いとなる。


 その未来を、宮田茜だった頃から知っている。


 それなのに、今目の前で起きていることはゲームのイベントとは思えなかった。


 ミュゲはルミエの失敗を見た。


 答えを聞いた。


 その姿勢を見た。


 そしてルミエも、憧れているからだけではなく、自分が何を学びたいのか考え、ここへ立っている。


「わ、私を……ですか?」


「他にルミエ・セルメールさんはいらっしゃいますか?」


「い、いません!」


「でしたら、あなたです」


「でも、私、まだ全然……」


「ですから学ぶのでは?」


 また講堂から笑いが起こる。


 ルミエの顔が真っ赤になった。


 けれど、その目にはもう迷いはほとんど残っていなかった。


「お願いします」


 ルミエは深く頭を下げる。


「私に、教えてください」


 ミュゲも、わずかに頭を下げた。


「はい。一緒に学びましょう」


 拍手が起こった。


 ヴェティアも、気付けば手を叩いていた。


(……原作通りだ)


 一瞬だけ、そう思う。


 けれど、すぐに違うと思った。


 結果だけを見れば、ゲームで知っていた未来と同じだ。


 ルミエはミュゲの弟子になった。


 けれど、ここまでの道は誰かに決められていたようには見えなかった。


 失敗して、恥ずかしがって、それでももう一度やった。


 そして自分の言葉で、人を助けられるようになりたいと伝えた。


 ミュゲも、希少な光魔法を持っているからというだけで、ルミエを選んだわけではない。


(ルミエが、自分で選んだんだ)


 そのことが妙に嬉しかった。


 やがて拍手が収まると、ミュゲはルミエへ向けて付け加えた。


「ただし、私の弟子になることと、教会における立場は別のお話です」


「教会での立場……ですか?」


「ええ」


 ミュゲは穏やかに頷く。


「それについては、きちんと順序を踏んで考えましょう」


 ルミエは少し不思議そうな顔をしながらも、


「はい」


 と答えた。


 ヴェティアには、その言葉が何を意味するのか分かっていた。


 聖女見習い。


 原作でルミエが最初に立った、聖女への道。


 けれど今はまだ、ミュゲの弟子になっただけだ。


 ヴェティアは、嬉しそうに杖を抱えるルミエを見つめる。


 ゲームの主人公だから。


 未来が決まっているから。


 そうではない。


 この少女は、自分自身で一つずつ道を選び始めていた。

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