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極悪令嬢だった私ですが、自分で作った罪は自分で刈り取ります  作者: Atelier Lotus
第二章 原作ヒロイン

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第13話 お友達になっていただけませんか

 昼休み。


 ヴェティアは中庭の端にあるベンチへ腰を下ろしていた。


 隣には、ルミエがいる。


 少し前までなら、こんな光景は想像もしなかった。


「それでですね、そのとき先生が『セルメールさん、そこは逆です』って……」


「ふふっ」


「わ、笑わないでください」


「ごめんなさい。でも、さっきから三回目でしょう?」


「三回も間違えてません!」


「では二回?」


「……二回です」


 ルミエが少し頬を膨らませる。


 ヴェティアは思わず笑ってしまった。


 こうして言葉を交わすことも、いつの間にか珍しくなくなっていた。


 授業の合間。


 廊下ですれ違ったとき。


 昼休み。


 最初はルミエから話しかけてくることの方が多かったが、今ではヴェティアも自然に応じている。


 授業のこと。


 学校で困ったこと。


 ほんの少し嬉しかったこと。


 そんな何でもない話を聞く時間を、ヴェティアは嫌いではなかった。


(……普通に楽しいのよね)


 以前なら、認めることさえためらっただろう。


 何しろ相手はルミエだ。


 原作では、自分が憎み続ける少女。


 自分を倒す相手。


 ロンドと結ばれる相手。


 けれど今は、そんな未来より先に、よく笑い、よく困り、それでも真面目に前へ進もうとする一人の少女として見えている。


「ヴェティア様?」


「え?」


「どうかなさいました?」


「いいえ。何でもないわ」


 ヴェティアは手元の飲み物へ口をつけた。


「ところで、ルミエ」


「はい」


「さっきから少し落ち着かないけれど、何かあるの?」


「えっ」


 ルミエの肩がぴくりと動く。


 図星らしい。


「い、いえ、その……」


「相談?」


「相談というほどではないのですけれど……」


 膝の上で重ねられた指が、何度も組み直されている。


 ずいぶん緊張しているようだった。


(何だろう)


 勉強のことか。


 学校での人間関係か。


 あるいは光魔法についてだろうか。


 ヴェティアが考えていると、ルミエが小さく息を吸った。


「あの、ヴェティア様」


「何?」


「私、ずっとお伝えしようと思っていたことがあって」


 ヴェティアは少し姿勢を正した。


 ルミエは一度視線を落とし、それからこちらを見る。


「最初にヴェティア様を見たとき、少し怖かったんです」


「……ええ」


 以前にも聞いた言葉だった。


 今さら否定するつもりはない。


 そう思われるだけの理由を、自分は作ってきた。


「噂も聞いていましたし、公爵令嬢で、第一王子殿下の婚約者で……私とは全然違う方だと思っていました」


「実際、立場は随分違うでしょうね」


「はい」


 ルミエは素直に頷いた。


「だから、近づいたら怒られるかもしれないって思っていたんです」


 ヴェティアは苦笑する。


「昔の私なら、怒っていたかもしれないわ」


「……そうなんですか?」


「ええ。平民のくせに、くらいは言っていたと思う」


 ルミエの目が丸くなる。


 けれど、ヴェティアは言葉を取り消さなかった。


 それはゲームの中だけの話ではない。


 記憶を取り戻す前の自分なら、本当に口にしていたかもしれない。


「でも」


 ルミエが続ける。


「ヴェティア様は、私をそういうふうには扱いませんでした」


「……」


「事故のときも助けてくださいましたし、そのあとも、私が平民だからと見下したりしませんでした」


「それは……普通のことでしょう」


「私は、普通じゃないと思います」


 きっぱり言われて、ヴェティアは言葉に詰まる。


「身分が違えば、どう接したらいいのか迷う方もいます。悪気がなくても、距離を取られることもありますし」


 ルミエは少し照れたように笑った。


「私だって、貴族の方とどう話せばいいのか、まだ分からないことばかりです」


「それは見ていれば分かるわ」


「やっぱり分かります!?」


「礼をするとき、一瞬周りを見るでしょう。誰かの真似をしているのね」


「……そんなに分かりやすかったんですね」


 ルミエが恥ずかしそうに頬へ手を当てる。


 ヴェティアはまた笑った。


 少しして、ルミエもつられるように笑う。


 その笑みが落ち着いてから、


「それに」


 ルミエが言った。


「ヴェティア様と話していると、楽しいです」


「……私と?」


「はい」


「どの辺りが?」


「そこを聞くんですか?」


「気になるでしょう」


「ええと……」


 ルミエは本気で考え始めた。


「お話をきちんと聞いてくださいますし」


「普通ね」


「分からないことがあったら教えてくださいます」


「それも普通よ」


「意外とよく笑います」


「意外とは余計よ」


「あっ、ごめんなさい!」


 慌てるルミエを見て、ヴェティアは吹き出した。


「冗談よ」


「もう……ヴェティア様、たまに分かりにくいです」


「あなたが素直すぎるのではなくて?」


「そうでしょうか」


 少し拗ねたような顔をする。


 こんなやり取りさえ、もう特別なものではなくなり始めていた。


 ルミエが自分の意思でヴェティアへ話しかけ、自分の言葉で笑っている。


 それだけで十分だった。


「それで……」


 ルミエの表情が、再び少し緊張したものへ変わる。


「まだ何かあるの?」


「はい」


 重ねた両手に、少し力が入った。


「ヴェティア様」


「ええ」


「もしご迷惑でなければ……」


 そこで言葉を止める。


 頬がわずかに赤い。


「私と」


 小さく息を吸って。


「お友達になっていただけませんか」


「……」


 ヴェティアは答えられなかった。


 一瞬、周囲の音が遠くなったように感じた。


(……友達?)


 ルミエと。


 私が?


 頭の中へ、いくつもの未来が浮かぶ。


 ロンド。


 大聖女ミュゲ。


 聖女となったルミエ。


 鮮血姫となった自分。


 最後には、ルミエへ魔法を向けるヴェティア。


 ゲームの中で、二人が友人になる未来など存在しなかった。


 むしろ、誰よりも遠い関係だった。


「……ヴェティア様?」


 不安そうな声に、ヴェティアは我に返った。


「あの、やっぱりご迷惑でしたか?」


「違うの」


 すぐに答える。


「そうではなくて……少し驚いただけ」


「そう、ですか」


 ルミエの肩から、わずかに力が抜けた。


 ヴェティアは目の前の少女を見つめる。


 距離を取る。


 そう決めていた。


 未来を余計に変えないために。


 ロンドとの関係へ影響を与えないために。


 ルミエの人生を邪魔しないために。


 けれど、まだ起きてもいない未来のために、今ここにいるルミエへ背を向けることが、本当に正しいのだろうか。


 原作ではどうなるはずだったのか。


 ゲームでは誰と誰が結ばれたのか。


 それだけを基準にしていたら、結局、自分はまた相手の気持ちを見ないまま勝手に答えを決めることになる。


「ルミエ」


「はい」


「私でいいの?」


「え?」


「私の噂を知っているでしょう」


「はい」


「あなたが知らないことだって、たぶんたくさんあるわ。私は……そんなに立派な人間ではない」


 ルミエは少し考えた。


「私も、ヴェティア様のことを全部知っているわけではありません」


「ええ」


「だから、これから知りたいです」


 ヴェティアは目を見開いた。


「お友達って、最初から全部知っているものではないですよね?」


「……そうね」


「それなら、今からでいいと思います」


 あまりにも素直な答えだった。


 だからこそ、胸の奥へまっすぐ届いた。


 ヴェティアはほんの少し迷い、静かに笑った。


「……分かったわ」


 ルミエが息を止める。


「私でよければ」


「本当ですか?」


「ええ」


「ありがとうございます!」


「そこはお礼を言うところなの?」


「だって、嬉しくて」


 ルミエの顔がぱっと明るくなった。


 ヴェティアも笑う。


 まだ、親友ではない。


 すべてを打ち明けたわけでもない。


 宮田茜だったことも、この世界をゲームとして知っていることも、原作で自分がルミエを殺そうとすることも、何一つ伝えてはいない。


 それでも。


 今ここにいる二人が、自分たちの意思で友人になることを選んだ。


(……こんな未来もあるんだ)


 決められていたからではない。


 攻略の結果でもない。


 誰かに命じられたわけでもない。


 自分たちで選んだ関係だった。


「何だか、嬉しそうだね」


 不意に声がして、ヴェティアは振り返った。


 少し離れたところにロンドが立っている。


「ロンド様」


「殿下」


 ルミエが慌てて立ち上がり、礼をする。


「そんなにかしこまらなくていいよ」


 ロンドはそう言ってから、二人を見た。


「何かあったの?」


「ええと……」


 ルミエがヴェティアを見る。


 言っていいものか迷っているらしい。


 ヴェティアは小さく頷いた。


「私たち、お友達になったんです」


 ルミエが少し誇らしげに言った。


 ロンドの目が、わずかに見開かれる。


「……そうなんだ」


 驚きはしたようだが、それ以上は何も言わなかった。


 ただ一瞬、ロンドの視線がヴェティアへ向く。


 以前のように、ただ疑うだけの目ではない。


 それでもヴェティアは、その視線の意味を勝手に決めなかった。


 ロンドはまだ、自分を見ている途中なのだから。


「よかったね」


 そう言い残して、ロンドは校舎へ向かった。


 ルミエがその背中を見送り、少し首を傾げる。


「殿下、少し驚いていらっしゃいましたね」


「……そうでしょうね」


(私だって驚いてるもの)


 ルミエと友達になる。


 そんな選択肢は、ゲームにはなかった。


 ◇


 午後の授業が終わる頃。


 教室へ入ってきた教師が、一枚の書類を手にしていた。


「皆さんへ知らせがあります」


 ざわついていた教室が静かになる。


「近日、ナルシス王立魔法学校へ特別な来賓をお迎えすることになりました」


 教師が少し間を置いた。


「大聖女ミュゲ・ジプソフィル様です」


 教室が一気にざわめく。


「大聖女様が?」


「本当に?」


「学校へいらっしゃるの?」


 隣から、小さく息を呑む音が聞こえた。


 ヴェティアが見ると、ルミエは目を輝かせていた。


「本当に、大聖女様にお会いできるんですね」


 その喜びようを見れば、以前聞いた憧れがどれほど本気だったのかよく分かる。


「よかったわね」


「はい!」


 ルミエが満面の笑みで頷いた。


 ヴェティアも笑い返しながら、胸の奥では別のことを考えていた。


(ミュゲ・ジプソフィル)


 原作では、この出会いからルミエの人生が大きく動き始める。


 大聖女ミュゲに認められ、その弟子となり、やがて聖女見習いとして歩き始める。


 ルミエにとって、これは大切な出会いになる。


 そしてヴェティアにも、ずっと胸の奥に引っかかっていることがあった。


(……私も、聞きたい)


 なぜ、自分は生まれ変わったのか。


 宮田茜として生きた記憶と、ヴェティア・ブュッフェとして生きてきた記憶。


 どちらも自分だ。


 どちらの人生にも、人を責め、傷つけ、逃げようとした自分がいる。


 そんな自分が、どうしてもう一度、人として生きているのか。


 大聖女と呼ばれる人物なら、何か答えを知っているのだろうか。


 ヴェティアは無意識に手を握った。


 その隣では、ルミエが憧れの人へ会える日を楽しみに笑っている。


 同じ人物へ向かおうとしているのに、二人が求めているものはまるで違う。


 それでも今はもう、ヴェティアはルミエから距離を取ろうとは思わなかった。


 未来がどうなるかは分からない。


 けれど、分からない未来のために、目の前にいる人との関係を手放す必要はない。


 ヴェティアは、隣で嬉しそうに笑う友人を見る。


 ゲームにはなかった。


 自分たちで選んだ、新しい関係だった。

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