表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極悪令嬢だった私ですが、自分で作った罪は自分で刈り取ります  作者: Atelier Lotus
第二章 原作ヒロイン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/21

第10話 守るための魔法

「次。もう少し出力を落としてみましょう」


 教師の指示に、前へ出ていた生徒が緊張した面持ちで頷いた。


「はい」


 実技授業は、そのまま続いていた。


 ヴェティアもルミエもすでに自分の実習を終え、ほかの生徒たちの魔法を見ている。


 今度の生徒は、火属性への適性が高いらしい。


 杖の先に灯された炎は、これまでの生徒より明らかに大きかった。


「大きくする必要はありません。まずは一定の大きさを保ってください」


「分かりました」


 生徒が杖を握り直す。


 炎が小さくなる。


 一度、揺れた。


 もう一度。


 今度は少し安定する。


 教師も、その様子を注意深く見ていた。


 だが。


「……あれ?」


 炎が、突然膨らんだ。


 教師の表情が変わる。


「魔力を切って! 杖から手を離しても構いません!」


「は、はい!」


 生徒が慌てて杖を下げようとした。


 その瞬間。


 炎が弾けた。


「――っ!」


 轟音。


 熱風。


「きゃっ!」


「危ない!」


 悲鳴が重なる。


 弾けた炎は正面の標的へ激突し、そのまま複数の火の塊となって周囲へ飛び散った。


 一部は地面を舐めるように走り、別の火は隣の標的へ燃え移る。


 生徒の手から杖が落ちた。


 けれど、一度乱れた魔法はすぐには消えなかった。


「全員、後ろへ! 走らないで!」


 教師が声を張り上げる。


 同時に自らも杖を構え、暴走した炎へ水魔法を放った。


 大きな火の一つが消える。


 しかし、火は一箇所ではない。


 最初の暴発によって魔法が散り、複数の場所で燃え続けている。


 煙も一気に広がった。


「実習を中止! 補助教員を呼んで!」


 教師の声が飛ぶ。


 入口近くにいた職員がすぐさま駆け出した。


 生徒たちは避難しようとする。


 けれど視界が悪い。


 後ろへ下がろうとする者と、横へ逃げようとする者がぶつかった。


「押さないで!」


「前が見えない!」


 ヴェティアも立ち上がった。


 そのとき、煙の向こうにルミエが見えた。


「……!」


 逃げようとしている。


 けれど、すぐ近くで一人の生徒が転んでいた。


 ルミエはその子を置いて逃げることができず、腕を取って立たせようとしている。


(何してるの!)


 危ない。


 早く逃げて。


 そう叫ぼうとした瞬間、炎が大きく揺れた。


 熱。


 煙。


 逃げ遅れた人。


 そして、制御を失った魔法。


 ヴェティアの視界へ、一瞬だけ別の光景が重なった。


 床へ倒れたアンナ。


 四属性の魔力が乱れ、自分でも止められなくなったあの日。


『来ないで……!』


「……っ」


 喉が詰まった。


 杖を握る指が震える。


 怖い。


 また失敗したら。


 余計に状況を悪くしたら。


 また誰かを傷つけたら。


 頭の中に、そんな考えが一気に浮かぶ。


 教師は動いている。


 なら、自分は邪魔をしない方がいいのではないか。


 勝手に魔法を使えば、かえって危険なのではないか。


 けれど。


「立てますか!?」


 煙の向こうで、ルミエが転んだ生徒を必死に支えている。


 その背後へ、火が迫っていた。


(――考えるのは後)


 少なくとも、今の自分にできることがある。


「先生!」


 ヴェティアは叫んだ。


 教師がこちらを見る。


「あの二人の前に防壁を作ります!」


 一瞬だけ視線が交わる。


 教師はすぐに状況を確認した。


「やってください! ただし低く! 避難路は塞がないで!」


「はい!」


 ヴェティアは杖を地面へ向けた。


「土よ!」


 魔力を流す。


 地面が盛り上がる。


 ルミエたちと炎の間へ、腰ほどの高さの土壁が一気に伸びた。


 直後、炎が壁へぶつかる。


 熱が跳ね返った。


「ヴェティア様……!」


 ルミエの声が聞こえる。


「動けるなら後ろへ! その子も連れて!」


「はい!」


 ルミエが転んだ生徒の肩を支える。


 周囲にいた生徒たちも、土壁を盾にしながら後退し始めた。


 これで直撃は防げる。


 けれど。


(煙がまずい)


 土壁で火を遮った分、煙がこちら側へ溜まり始めている。


 火から逃げても、視界を失えば避難が遅れる。


 吸い込めば身体にも悪い。


 ヴェティアは杖を持ち上げた。


 風。


 ただ吹かせればいいわけではない。


 強すぎれば、火を煽る。


 地面へ向ければ、炎そのものを広げる危険もある。


(上へ)


 炎から離す。


 人のいない方向へ。


 ヴェティアは煙の流れを見る。


「先生、煙を上へ逃がします!」


「弱く! 火へ直接当てないで!」


「はい!」


 ヴェティアは息を整えた。


「風よ、流して」


 巻き上げるのではない。


 押しつけるのでもない。


 実習場へ溜まりかけた煙だけを、斜め上へ運ぶように風を作る。


 灰色の煙が揺れた。


 少しずつ高い位置へ流れていく。


 視界が開ける。


「出口が見えた!」


「こっち!」


 生徒たちが動き始めた。


「慌てないで! 転んだ者を置いていかないように!」


 教師が誘導する。


 そこへ、別の教師たちも駆けつけてきた。


「状況は?」


「火属性の暴発です! 生徒を先に避難させます!」


「分かりました!」


 一人が避難誘導へ。


 もう一人が負傷者の確認へ回る。


 ヴェティアはそこでようやく少し息を吐いた。


 自分が全部やる必要はない。


 むしろ、やってはいけない。


 自分にできる部分を、教師たちが動きやすくなるように。


 それだけをすればいい。


 まだ火は消えていなかった。


 標的の一部が燃え、地面にも炎が残っている。


「ブュッフェさん!」


「はい!」


「右側の小さい火を消せますか!」


「できます!」


 教師に指示され、ヴェティアは杖先を向けた。


 水。


 大量に出せばいいわけではない。


 まだ避難中の生徒もいる。


 地面を一気に水浸しにすれば、今度は足を滑らせる。


「水よ」


 いくつもの小さな水塊を作る。


 燃えている場所だけを狙い、一つずつ落としていく。


 じゅっ、と音がした。


 白い蒸気が上がる。


 一つ。


 また一つ。


 炎が小さくなっていく。


「そのまま!」


「はい!」


 別方向では教師たちが火を押さえている。


 ヴェティアは任された範囲だけを見る。


 右側。


 残っている火。


 水を重ねる。


 火勢が落ちる。


 やがて、地面へ飛び散った炎はほぼ消えた。


 けれど。


「……あれ?」


 最初に暴走した標的の中央。


 そこだけが、まだ不自然に燃えていた。


 燃料になるようなものはほとんど残っていない。


 それなのに炎は消えず、何度も揺らいでは膨らもうとしている。


(まだ術式が崩れきってない)


 単純に物が燃えているのではない。


 発動した火属性魔法そのものが乱れ、術者から切り離されたあとも不安定な形で残っている。


 第九話の授業で教師が言っていた。


 魔法は威力だけではない。


 魔力の流れと制御が重要なのだと。


「先生!」


 ヴェティアが声を上げる。


「中央だけ、魔法そのものが残っています!」


 教師もすぐに標的を見る。


「……確かに。無理に水を当てれば、また弾けるかもしれませんね」


 ヴェティアは炎を見つめた。


 火属性。


 自分も扱える。


 だからこそ、どこで流れが乱れているのか、ほかの属性より分かる。


 水で外から消すのではなく、火属性の魔力をわずかに重ね、暴れている流れを整えて弱める。


 理屈としては可能なはずだ。


「私なら……流れを整えられるかもしれません」


 教師がヴェティアを見る。


「できますか?」


「やってみます。ただ、弱くなったところで先生に消していただきたいです」


 教師は一瞬だけ考え、


「分かりました。少しでも不安定になったら離れてください」


「はい」


 ヴェティアは杖を構え直した。


 手が震えている。


 火。


 あの日。


 アンナへ向けようとしたものと同じ属性。


(大きくしない)


 壊すのではなく。


 押し勝つのでもなく。


 暴れている魔力へ、自分の火属性を細く触れさせる。


 その流れを少しずつ外へ逃がし、弱めていく。


 怒りに任せて放つのではない。


 自分の力を見せるためでもない。


 誰かを怖がらせるためでも、傷つけるためでもない。


「……静かに」


 小さな火を生み出した。


 暴走する炎へ、そっと触れさせる。


「……っ」


 一瞬、乱れた炎が大きく膨らんだ。


「ヴェティア!」


 少し離れた場所からロンドの声がした。


 ヴェティアの身体も、反射的に退きそうになる。


 けれど教師はすぐそばにいる。


 自分一人ではない。


(大丈夫)


 威力を競わなくていい。


 押し勝たなくていい。


 流れを見る。


 余計な力を加えない。


 少しずつ。


 暴れていた炎が揺れる。


 膨らんでいた力が、徐々に細くなった。


「今です!」


 教師が杖を向ける。


 ヴェティアも同時に火属性から手を離した。


 水魔法が炎を包む。


 じゅうっ、と大きな音が響いた。


 最後の火が消えた。


 音がなくなる。


 残ったのは、焦げた標的、濡れた地面、薄く漂う煙。


 そして、荒い息をする生徒たちだった。


「……終わった?」


 誰かが呟いた。


「まだ動かないでください!」


 教師の声が響く。


「全員、怪我の確認をします! 具合の悪い者も申し出るように!」


 数人が手を挙げた。


 転んで擦りむいた者。


 熱風で軽い火傷をした者。


 煙を吸って咳き込んでいる者。


 けれど、ヴェティアの見える範囲に重い怪我を負った者はいなかった。


 先ほど魔法を暴走させた生徒は、その場に座り込んでいた。


「すみません……僕……」


「謝罪は後です」


 教師がしゃがみ込む。


「まず身体を診せてください。魔力もかなり消耗しているはずです」


「……はい」


「事故の原因についても、落ち着いてから確認します」


 責める声ではなかった。


 魔法事故が起きた。


 なら、まず怪我人を確認する。


 危険を取り除く。


 そのあとで原因を調べる。


 誰の責任かを決めるのは、それからだ。


(……そうなんだ)


 ヴェティアは、ふと思った。


 以前の自分なら、何か起きた瞬間に、まず誰が悪いのかを探していた。


 けれど本当は、先にしなければならないことがある。


 今、何が必要なのか。


 自分に何ができるのか。


 責任について考えるのは、そのあとでいいのだ。


 ヴェティアはそこでようやく杖を下ろした。


「……っ」


 手が震えている。


 今になって気付いた。


「ヴェティア」


 声に顔を上げる。


 ロンドが少し離れた場所に立っていた。


 避難していた生徒たちの確認を手伝っていたらしい。


 こちらを見る表情は、いつものように簡単には読めない。


「怪我は?」


「……ありません」


「本当に?」


「はい」


「そう」


 ロンドの視線が、ヴェティアの杖へ移った。


 何か言いたそうに見えた。


 けれど今は教師たちが事故対応に追われている。


 ロンドもそれを分かっているのだろう。


「なら、よかった」


 それだけ言って、怪我をした生徒の方へ向かった。


 ヴェティアも小さく息を吐く。


 そこで、


「ヴェティア様」


 今度は、別の声。


 振り向く。


 ルミエがいた。


 先ほど助けていた生徒と一緒だ。


 服の裾が少し汚れ、髪も乱れていた。


 けれど、怪我はなさそうだった。


 その姿を確認した瞬間、ヴェティアの胸から一気に力が抜けた。


「……無事なのね」


「はい」


 ルミエは頷く。


「ヴェティア様、あの――」


 何かを言おうとしたところで、


「セルメールさん!」


 教師から声がかかった。


「近くにいた生徒は全員確認します。こちらへ来てください」


「あ……はい!」


 ルミエは返事をする。


 それから一度だけ、ヴェティアを振り返った。


 その目には、以前のような警戒とは違うものが浮かんでいた。


 驚き。


 戸惑い。


 そして、まだ名前を付けられない強い感情。


 けれどルミエは何も言わず、教師のところへ向かった。


 ヴェティアは、自分の手へ視線を落とす。


 火。


 水。


 風。


 土。


 四つとも使った。


 アンナを傷つけた、あの日と同じ力だった。


 才能が変わったわけではない。


 魔力が別物になったわけでもない。


 使っているのは、ずっと同じ自分の力だ。


 なのに今日は、土で守った。


 風で煙を逃がした。


 水で炎を消した。


 火で、暴走する火そのものを静めた。


(……選べるんだ)


 力があることそのものが罪なのではない。


 何のために使うのか。


 どう使うのか。


 それを決めるのは、自分だ。


 アンナを傷つけた事実は消えない。


 今日誰かを助けたからといって、帳消しにもならない。


 善いことを一つしたから、悪かった自分まで急に善い人間へ変わるわけでもない。


 それでも。


 同じ自分が、同じ力で、以前とは違うことを選ぶことはできる。


 ヴェティアは震えの残る手を、ゆっくり握った。


 少し離れた場所では、教師に身体を確認されながら、ルミエがまだ何度もこちらを振り返っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ