第九話 この店に来た目的
お兄ちゃんが操るキャラクターは八鬼神の攻撃に対して全てカウンターを決めていた。そんなことが出来るのもどうかと思うのだけれど、お兄ちゃんはちょっと異常なところがあるから別に驚くような事でもないのだ。
でも、そんな事を知らない八鬼神と大男たちはお兄ちゃんの行動に対して恐怖すら覚えているようだった。
「今回は素直に負けを認めるしかないんだけど、どうして俺の行動を先読みして全部カウンターを決めることが出来たんだ?」
「いくら癖があるとはいえ、八鬼神も途中からいつもと戦い方を変えてたと思うんだけど、そこまで読んでたってことなのか?」
八鬼神たちの疑問に対してお兄ちゃんは何と返せばいいのか困っているようだったけれど、上手く言葉にすることが出来ないようだ。
なぜなら、お兄ちゃんは相手の行動を読んでカウンター攻撃をしているのではないのだから。
「いや、俺は別にあんたの行動を先読みしているわけじゃないよ。ただ、たまたま上手くいっただけなんだよね。このゲームもよくわかってないし、どのキャラが強いのかもわかってなかったりするんだよ。でも、どんなゲームであっても負けないって自信はあるんだけどさ」
「言ってる意味が全く分からない」
言葉の意味は理解出来ないのだろうが、お兄ちゃんが嘘をついていないという事を男の人達は理解した。
そして、お兄ちゃんと男の人達の間には絆が芽生えていた。
「本当に悪かったな。ここに女連れでやってくるやつにはちょっと痛い目に遭ってもらうって暗黙のルールがあってさ、一人だけ例外を作るってわけにはいかなかったんだよ。俺たちも別に本気でお前の彼女をどうにかしようなんて思ってはいなかったし」
「彼女じゃないです」
「お、おう。彼女じゃなくて友達か」
「友達でもないです」
「えっと、それじゃ、どんなご関係なの?」
「しいて言うならば、同じクラスにいる人?」
メガネの女の子がお兄ちゃんとの関係性について彼女でも友達でもなくただのクラスメイトだと言い切ってくれたことに対して、惜しみない拍手を送ろう。
昨日の夜から浮かれ切っていたお兄ちゃんには悪いけれど、ここでちゃんと現実と向き合ってもらう事が大切だと思う。淡い期待なんて一切抱かず、しっかりと自分の事を見つめ直してどんな風に思われているのか考えてみよう。
そうすれば、全てが良い方向へ進むと思うよ。
悲しそうな顔をしているお兄ちゃんの事を少しだけ気の毒に思うけど、クラスメイトとのお出かけに何かを期待していたお兄ちゃんが悪いんだから少しくらいは罰を受けても問題ないだろうね。
これでしばらくの間はまさ先輩を呼ぶ必要もなくなったという事だよ。
「それで、あんたたちはココに何しに来たんだ?」
「この店に愛華ちゃんが推してる声優のサインがあるって聞いてきたんだけど、それってどこにあるのかな?」
「ああ、声優のサインだったら店長に聞いてみたらわかるかもしれないな。今はちょっと留守にしているからどこにあるかわからないんだけど、戻ってきたら聞いてみると良いよ」
八鬼神はそう言ってウインクをしてきたのだけど、メガネの女の子は八鬼神の事は見ていなかったので気付いてはいなかった。
ちょっとかわいそうな気持ちになりかけていたゆまだったが、お兄ちゃん以外がどうなろうと気にしていないのでかわいそうだと思いかけていた気持ちは一瞬でどこかへ行ってしまった。
「声優のサインだったらスタッフルームにあるみたいなんだけど、誰のサインを見たいの?」
「えっと、このアニメってわかります?」
メガネの女の子が大男の一人にスマホの画面を見せていた。
お兄ちゃんを中心に映しているのでメガネの女の子が何を見せているのかわからないが、それを見た大男はちょっと待っててとでも言った感じでバックヤードへと消えていった。
お兄ちゃん以外に興味が無いゆまは気付いていなかったのだが、お兄ちゃんと将棋を指していた人の中に何人かこの店のスタッフも混ざっていたのだ。
だからと言って仕事もしないで遊んでいたというわけではなく、この店では客と遊ぶというのも仕事のうちだという事らしい。
お兄ちゃんはちょっと面倒くさそうに八鬼神と話をしているのだけれど、どんなに八鬼神が会話を広げてもお兄ちゃんはソレを拾う事もなくどうでもいいような話が延々と繰り返されていた。
どう見ても興味を持っていないお兄ちゃんに対して無限の引き出しでもあるのかと思うくらいに八鬼神は会話をしようと試みていたのだけれど、どれだけ話題を変えてもお兄ちゃんの心に刺さるものはなかったようだ。
でも、妹の話題になった時にちょっとだけ反応してしまったお兄ちゃんの事をゆまは可愛いと思っていたのであった。
お兄ちゃんから少し離れた位置でメガネの女の子はスタッフが持ってきたサインを見て凄く嬉しそうにしていた。
今日一日お兄ちゃんと一緒にいるところを見たゆまではあったが、あんなに楽しそうで幸せそうな顔をメガネの女の子がするんだという新しい発見があった。
お兄ちゃん以外に興味を持っていないゆまが気付いていないだけで、このメガネの女の子は学校で友達と一緒にいるときはほとんど笑顔だったという。お兄ちゃんに対しては好きでも嫌いでもなく無関心である。そんな悲しい現実にゆまもまー君も気付いてはいなかったのであった。




