第十話 サインを見た後で
懸念点が一つあるとするのなら、お兄ちゃんがメガネの女の子を大男たちから守ったという事実がある。
あの状況下で一歩も引かずに勇敢に立ち向かったお兄ちゃんの姿を見たメガネの女の子がお兄ちゃんに惚れてしまう。そんな事も十分に考えられるのだが、実際はそうでもないようだった。
「無事にサインも見ることが出来たし、ここにはもう用はないってことでさっさと本来の目的地に向かおうか」
「そうだね。ここからそんなに遠くないと思うよ」
「じゃあ、さっさとこんなところから出よう」
ゆまの気持ちを組んだのかのようにメガネの女の子はまー君に対して無関心と言ってもおかしくないような感じで好意を見せることはなかった。
お兄ちゃんの事を好きになってもらうのは嫌だけど、あんな風に自分を守ってくれた姿を見せてしまったんだから多少は好意を持っても仕方ないよね。なんてことをゆまはぼんやりと考えていたものの、メガネの女の子が全くと言って良いほどまー君に無関心だったことに対して喜んでいいのか悲しんだ方が良いのかわからず複雑な心中であった。
「俺が言うのも変な話だけどさ、あんたはもう少しそのお兄ちゃんに感謝しても良いなじゃないかな?」
「そうだよ。そのお兄ちゃんが凄くゲームが強くなかったら、あんたはどうなってたかわからないんだぜ。そう考えると、少しくらいは労ってあげても罰は当たらないと思うよ」
大男たちに呼び止められたメガネの女の子は深く息を吐いてから顔だけを大男たちに向けてからもう一度深く息を吐いた。
「見方によっては私がまー君に助けてもらったって形になるのかもしれないけど、その前に私が賭けの対象にされたって事実はあるんだよね。私の同意もなく勝手にゲームの景品にされたって言うのはとても深く傷付いちゃったんだけど、それに対する謝罪ってまだもらってないよね?」
確かに、メガネの女の子がお兄ちゃんと大男たちの間でゲームで勝負をつける話になり、お兄ちゃんが負けた場合はあのメガネの女の子が大男たちのモノになるという事だった。
それについてメガネの女の子の同意を得なかったのは事実であるし、そんな賭けが成立するとは思えないし、そんな事が成立してはいけないとも思っている。
お兄ちゃんが勝ったことでメガネの女の子は無事だったという事になったけど、万が一にでもお兄ちゃんが負けていたらどうなっていたのだろうか。あの大男たちのやる気を見ていたら、メガネの女の子を貰うというのも冗談だとは思えない。途中からお兄ちゃんの強さに対して諦めも入っていたとは思うけれど、間違いなく最初の方ではメガネの女の子に対していやらしい視線を送っていたのも事実なのだ。
自分だったらお兄ちゃんの事を信頼して身をゆだねることも出来ると思うのだけど、自分以外の人だったらそこまでお兄ちゃんの事を信じられるのだろうか?
そもそも、お兄ちゃんがあそこまでゲームが上手いなんて誰が予想できたのだろうか?
少なくとも、妹である自分はお兄ちゃんがあそこまでゲームが得意だなんて知らなかったのだ。
そうであれば、他人であるメガネの女の子がお兄ちゃんの事を何の憂慮もなく信じることなんて出来ないだろう。
それは当然のことだとゆまは感じてしまった。
「でもさ、このお兄ちゃんがあんたの事を守ってくれたってのは間違いないことだし、あんたがそのお兄ちゃんの事を労ってくれないと俺たちもさ、なんか申し訳ないって気持ちになっちゃうんだよ」
「別にあなたたちがどう思おうが知らないけど、まー君が私のために戦ってくれたのはわかるよ。でも、あんなに一方的にまー君が勝つなんて、なんか怪しいんだよね。普通はあんな風に一方的な勝負になることなんて無いと思うし、初心者ですって感じで将棋を指してたように見えたけどさ、駒の動かし方について一切間違えなかったってのも引っかかるんだ。あそこまで実力差があるようには見えなかったんだけど、あれってあなたたちがわざと負けるように動いてたんじゃないよね?」
「そんなわけないだろ。このお兄ちゃんが凄く強かったってだけの話だから。プロ棋士に勝てるかはわからないけど、アマチュアの大会だったら良いところまで行くんじゃないかってくらい強かったのは事実だからな。いくら俺たちが将棋素人だったとしても、それくらいは何となくでわかるくらいにゲームをやってるんだぜ」
「まあ、それは良いとして。問題は最後にやった格闘ゲームだよね。アレって絶対に仕込んでたよね?」
「仕込んでたって、いったい何の話かな?」
「別にとぼけるのは構わないんだけど、あのゲームってあんなに簡単にカウンター決まるわけないんだよね。カウンターのタイミングも凄くシビアだし、攻撃の方法も上中下団に右左と複雑だからあんなに的確にカウンターが出来るとは思えないんだよね。そもそも、全部の攻撃をカウンターで返すなんてありえないでしょ。私の予想では、アレは捜査をしているように見せかけて事前に録画していた映像を見せていただけってことなんじゃないかな?」
お兄ちゃんがここにいる大男たちと連絡を取り合っていた形跡は全くないんだけど、メガネの女の子の推理も外れてはいないような気もする。
もしかしたら、お兄ちゃんとは関係なくこの大男たちがこの店で行っているパフォーマンスなのかもしれないとゆまは思い始めていた。
そうであれば、まー君がゲーム上手だという事も納得出来るかもしれない。




