第八十三話 最高のマッサージ
自然素材で作られた家具ばかりの部屋にヒーリングミュージックが心地よく流れ、程よく香る匂いが心も体も落ち着かせてくれる。
私は、自然と目を閉じて眠りについていたようだ。
「どうでした。体は調子よくなりましたか?」
寝ているところを起こされるのはあまり気分の良いモノではないはずなのに、今は心も体もスッキリしているようで自然に受け入れていた。
「調子が悪いとは感じていなかったんですけど、今は凄く体がスッキリしたような気がしてます。全然覚えていなかったんで申し訳ないんですが、凄く気持ちよかったってことは覚えてます」
「そう言ってもらえると嬉しいです。お連れ様もお休みになってるみたいですよ。順番に起こしましょうか?」
「いや、みんな疲れてるみたいですし、もう少し休ませてあげてください」
「かしこまりました。では、女性の方にはタオルケットをかけておきますね」
よくわからない戦いをしていたお兄ちゃんが疲れているのは仕方ないと思うし、あれだけ長い時間岩盤浴を楽しんでいたうまなちゃんとイザーちゃんも知らない間に体力を消耗していたのだろう。三人とも安らかな寝息を立てているみたいだし、もう少し寝かせてあげても問題ないだろう。
みんなうつ伏せで寝ているのに気持ちよさそうにしている。潰れて苦しむようなものが付いていないからとはいえ、あの体勢はちょっと辛そうだなとは思う。うまなちゃんもイザーちゃんもかろうじて口と鼻が見えているだけだし、呼吸もちょっとつらそうなのに寝顔はとても穏やかだった。
お兄ちゃんは年に数回しか見れない熟睡をしている。こんなに気持ちよさそうに穏やかな寝顔を見るのはいつ以来だろう。家に帰ってお兄ちゃんの寝顔まとめノートを確認しなくちゃね。
温かいココアを飲みながらそんな幸せな時間を過ごすことが出来ていたのだ。
「んん、寝ちゃってたかも。イザーちゃんは起きてる?」
一足先に起きたうまなちゃんは目を閉じたままイザーちゃんに話しかけていた。イザーちゃんはまだ眠っているため答えることは無かったけれど、うまなちゃんはそんな事は気にせずにもう一度話しかけていた。
「ねえ、イザーちゃん。そこにいるの?」
何やら慌てた様子を見せるうまなちゃんではあったが、イザーちゃんはその問いかけに答えることは無かった。余程深い眠りについているのか、うまなちゃんの声にイザーちゃんからの返事は無かった。
「ちょっと、イザーちゃん。なんか変だよ。体が全然動かないんだけど。ねえ、イザーちゃん、近くにいるんだよね?」
必死になっているうまなちゃんの声にイザーちゃんはまだ答えない。
その代わりなのか、慌てているうまなちゃんの声を聞いてお兄ちゃんが目を覚ましてしまった。もう少しゆっくり寝かせてあげたかったんだけど、起きてしまったものは仕方ない。私もココアを置いてお兄ちゃんのそばに行くことにしよう。
「そんなに慌ててどうしたの?」
寝起きなのにとても冷静なお兄ちゃんは状況が把握できていないようだったが、うまなちゃんもお兄ちゃんの質問に対して答えることが出来ていなかった。
冷静なお兄ちゃんと取り乱しているうまなちゃん。
その対比がとても綺麗に感じたのだけれど、私にとって良い方向に進んでいるからそう見えただけなのかもしれない。
「慌ててって、なんだか体が全然動かないの。マッサージしてもらって体は軽くなってると思うんだけど、ガッチリ固定されているみたいで指先しか動かせないんだよ」
「俺もマッサージで体は凄い楽になったけど、うまなちゃんみたいに動けないとかは無いかも。ゆまはどう?」
「私も全然調子いいよ。さっきまで寝てたくらいだし。お兄ちゃんもうまなちゃんも気持ちよさそうに寝てるのを見てたよ」
「イザーちゃんは?」
気持ちよさそうに寝ていると思っていたイザーちゃんだったが、近くでちゃんと観察してみるとそうではなかったという事がわかった。
イザーちゃんは気持ちよさそうに寝ているのではなく、意識を失っているみたいだ。
「イザーちゃんだけど、生きてはいるみたいだよ」
「生きているみたいって、どういうこと?」
私もお兄ちゃんもイザーちゃんがどうして気絶しているのかなんてわからない。
そもそも、うまなちゃんが動けないという事も理解していないのだ。
どっきりか何かを仕掛けているのかもしれないという疑念もあったけれど、うまなちゃんとイザーちゃんがそんな事をする理由が見当たらないし、故意に気を失う事なんて出来るのかも疑問だった。
「ねえ、イザーちゃんが死んじゃったら私も死ななくちゃいけないんだよ。イザーちゃんは生きているんだよね?」
「かすかにだけど、息はしているよ。ただ、失神しているみたいでこちらからの問いかけには答えてもらえないかも」
「それならいいんだけど、なんで私は体が動かせないの?」
なんでと言われても、私もお兄ちゃんもうまなちゃんが体を動かせない理由なんて知らない。
私たちの方が知りたいと思っている。
「あ、すいません。ちょっと間違えちゃったみたいです」
白衣の人が私たちの会話に割り込むように入ってきた。
何を間違えたのか知らないが、うまなちゃんが動けなくてイザーちゃんが気を失っている。
物凄い間違いをしたに違いないという事だけは理解出来た。




