第八十話 謎の男
圧倒的な力の差があると、喜びよりも憐れみの方が勝ってしまうのかもしれない。私は、こんな弱いお兄ちゃんを見たくなかったと思いながらも、悔しそうにしているお兄ちゃんを見るのはほんのちょっとだけ嬉しかったりした。
その後もオセロをやってみたりトランプで色々と遊んでみたりしたのだけれど、お兄ちゃんは私に一度も勝つことが出来なかった。
ここまで来ると、わざと負けているんじゃないかという疑惑も出てきてしまうのだが、お兄ちゃんがそこまで私に気を遣って負けているとも思えない。単純にお兄ちゃんが弱いからなのか、私に勝てない理由があるとでも言うのだろうか。
そんなどうでもいい事を考えていたタイミングでうまなちゃんとイザーちゃんが休憩室に入ってきた。手に持っている得体のしれない飲み物を美味しそうに飲んでいる姿に驚いたが、何度も水分補給をしている事で見た目に惑わされないような耐性が付いたのだろう。それは良いことだ。
「結構待たせちゃったね。ごめんなさい」
「そんなに待った感じはしてないから大丈夫だよ」
「でも、三時間はちょっと長すぎたかと思うんだ。ゆまちゃんとまー君は何してたの?」
「休憩室にあったボードゲームを色々とやってたよ。ありとあらゆるゲームをやってみたんだけど、ゆまが圧倒的に強くて俺のメンタルはもう限界っぽいかも」
「そんなに強いんだ。じゃあ、私たちも入れて四人で戦ってみる?」
三時間も岩盤浴をしていたうまなちゃんとイザーちゃんにも驚いてしまったが、三時間も経っていたという事に気が付いていなかった自分にも驚いた。お兄ちゃんと一緒にこうして面と向かって遊ぶという事がいかに楽しい事なのか、楽しい事というのは時間が進むという概念を狂わせる魔力があるという思い知らされた。
でも、途中で一度も様子を見ることもなく三時間も岩盤浴に入り浸っていたうまなちゃんとイザーちゃんはどうかと思う。
「四人で出来ることと言えば、七並べかな?」
「七並べも良いけど、ウノもいいんじゃない?」
「いやいや、四人でやるんだったらババ抜きでしょ」
「でも、王道の麻雀は外せないんじゃないかな」
ん?
私は何も言っていないんだけど、候補が四つあがっている?
お兄ちゃんが七並べを提案し、うまなちゃんはウノがやりたいと言っていた。イザーちゃんはババ抜きが良いみたいなんだけど、麻雀って言ったのは誰?
部屋の中を見回してみても、私たち四人以外には誰もいない。どこにもスピーカーなんてついていないし、声自体もすぐ近くから聞こえてきた気がする。
もしかして、私の本能が麻雀を打ちたいと心の声を漏らしてしまったのじゃないかと考えてしまったが、そうではなかったらしい。
もう一度部屋の中を見回してみたところ、私とお兄ちゃんとうまなちゃんとイザーちゃんがいるのは変わりないのだが、うまなちゃんとイザーちゃんの間に目をギラギラと輝かせているおじさんがいた。
「じゃあ、七並べをやってババ抜きをやってウノをやってから最後に麻雀にしようか」
「ええ、麻雀が最初じゃないの?」
「麻雀が一番時間がかかるから最後にしようよ」
「そうだよ。もしかしたら、誰かが上がり続けて終わらない可能性だってあるんだからね」
「それもそうか。まあ、その上がり続けるのはワシなんだけどね」
「哲さんは麻雀強いもんな。でも、私たちだって負けないからね」
うまなちゃんとイザーちゃんがこのおじさんの事を受け入れているというのはまだいい。いつかどこかの世界にいた時に知り合った可能性があるんだろう。そして、このおじさんは麻雀が強いという事らしい。
そこまではいい。何の問題もない。いや、問題と言えば問題なんだけど、この際そんな事には目をつぶろう。
一番の問題は、お兄ちゃんもこのおじさんを受け入れて仲間に入れているという事だ。あまり動じないタイプで友達もそれなりにいるとはいえ、全く知らない目をギラギラとさせているおじさんの事をすんなりと受け入れるのはどうかと思う。お兄ちゃんの知り合いにこんな人がいたという情報は無いわけだし、私が気付かなかったはずがない。見逃していたのだとしたら、私の目はとんだ節穴だ。
「ねえ、お兄ちゃん。あのおじさんっていったい誰なの?」
「さあ、全然知らないけど」
「知らないのに受け入れちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫だと思うよ。うまなちゃんもイザーちゃんも平気みたいだし」
「そんなこと言ってもさ、もしも、うまなちゃんとイザーちゃんとあのおじさんがグルだったとしたらどうするのさ?」
「どうするって言われてもね。別に何にもないんじゃないかな?」
「でもさ、三対一対一の戦いって絶対に不利だと思うよ。私たち負けちゃうよ?」
「負けたって別にいいんじゃない?」
「え、負けても平気なの?」
「別に平気だよ。何も賭けてないわけだし、負けたところで何ともないでしょ」
「それはそうなんだけど、何か負けるのって嫌じゃない?」
「俺は別に気にしないよ。ゆまが楽しんでくれたらそれでいいし」
お兄ちゃんが私との勝負で勝ちにこだわらなかった理由が何となくわかった。お兄ちゃんの中で私と戦うという事が、私を打ち負かすのではなく私を楽しませるという目的だったようだ。
だからと言って、あんな目をギラギラさせたおじさんに負けたくはない。お兄ちゃんにも負けてほしくはないと心の底から思ってしまった。




