第七十九話 誰もいない休憩室
岩盤浴の施設自体はどこにでもあるような施設だったとうまなちゃんもイザーちゃんも口をそろえて言っていたが、私にしてみればお兄ちゃんと一緒に汗を流すことが出来たというだけでも嬉しかった。大人になったら自分たちのお金で岩盤浴に行ってみるのもいいんじゃないかと思えたくらいいい経験が出来た。
「岩盤浴の利用時間ってあと二時間くらいらしいけど、ゆまちゃんとまー君はもう一回行く?」
「いや、俺は休憩室で休んでるよ。気持ち良かったけど、さすがに疲れてきたからね」
「私もお兄ちゃんと一緒に休憩室にいるよ。二人は遠慮しないでゆっくりしてきていいよ」
「ありがとう。じゃあ、私とイザーちゃんはもう少し岩盤浴を楽しんでくるね」
私は二人を見送った後にお兄ちゃんと一緒に休憩室に向かったのだが、その途中にいた例の女の人を捕まえて話を聞くことにした。私がお願いしたことがいつ実行されるのか確認しておきたいのだけど、まさかお願いを忘れているなんてことは無いよね?
「あの、いつになったら私のお願いを聞いてもらえるのかな?」
「大丈夫ですよ。もう準備は整ってますから。うまなちゃんとイザーちゃんが岩盤浴から出てきて休憩する時に実行しますから。それまではもう少しゆっくりしててくださいね」
「それならいいんだけどさ。私のお願いを忘れていたってわけじゃないよね?」
「やだなぁ。忘れるわけないじゃないですか。あんなに警戒している二人を相手に頑張ってたんですからね。この岩盤浴施設だって急ピッチで建設したんですよ。あの二人が岩盤浴大好きだって分かってから作ったんですから、もっと褒めてほしいくらいですし」
「そんな急に作るとか、本当に凄いね。神の力ってやつ?」
「いえ、普通に私たちの建築土木技術のたまものです。神様が飽き症なんで建物を一から作り直す機会が多いんですよ。だから、自然と建築や土木の技術が磨かれるんです」
「それって、神自体を作り変えた方が良いんじゃないかな。それを望むんだったら、私が力を貸してあげるよ?」
「さすがにそこまでは大丈夫です。神様がいなくなったら私たちが存在している理由もなくなりますからね」
私にしてみたらこの世界がなくなろうがどうでもいい事だし、彼女たちの存在意義が失われたところで関係ない話だ。
でも、いろいろと協力してくれて助かっている面もあることだし、私のお願いをちゃんと聞いてくれたら別の形で協力してあげようかなとも思うよ。
きっと、お兄ちゃんも私に力を貸してくれると思うし。
「じゃあ、私は最後の準備をしてきますので、ゆまちゃんはお兄さんと一緒にゆっくりしててください。休憩室にある漫画はあなた達でも読めるようにしてありますから」
「カップとかフォークとかを持った時も感じてたんだけど、持てる物と持てない物の違いっていったい何なの?」
「それは、製作者の気持ち次第で変わるんです。神様のために作ったものは神様以外には動かすことが出来ないようになってて、神様のために作ったモノじゃなければ誰でも動かしたり使ったりすることが出来るんですよ。ただ、この世界にあるものは全て神様のために作ったものなので普通の人には動かすことが出来ないってだけの話なんです」
「じゃあ、休憩室にあるブランケットとかは私たちのために作ったってこと?」
「そうですよ。あの休憩室は神様が立ち入らない部屋なので何でも自由に使って大丈夫ですよ。何でもありますからね」
私のお願いを忘れてはいなかったという事だけは評価してあげようと思っていたけど、休憩室の物は何でも自由に使うことが出来るという事を聞いて評価を一段階上げてあげることにした。
「ねえお兄ちゃん、休憩室にある漫画って普通に読めるらしいよ。ココにあるものって自由に使うことが出来るようになってるってさ」
「そうなんだ。でも、あんまり興味をそそられる漫画は無いかも。何か二人で出来そうなものがあればいいんだけど、ゆまは何か興味があるもの見つけた?」
「いや、今ここに来たばっかりで何があるかもわからないし。お兄ちゃんがやりたいことあるなら何でも言ってよ」
「それもそうか。じゃあ、何か面白そうなものが無いか探してみるよ」
密室ではないけれど誰もいない二人だけの空間。そんなところで何をするかと言ったら、もう決まっている事だよね。
お兄ちゃんはまだ気づいていないかもしれないけれど、私はお兄ちゃんが何を選んでも大丈夫だってことはわかっていてほしいな。
そんなお兄ちゃんが選んだのは、なぜか将棋だった。
いや、別に将棋でもお兄ちゃんと一緒に出来れば問題ないんだけどさ、この場面で将棋を選ぶって言うのはどうなんだろう?
まあ、時間はかなり潰せると思うからいいんだけどさ、お兄ちゃんは私に勝てると思って将棋を選んだってことなのかな?
「小さい時におじいちゃんの家で一緒に将棋指してたの覚えてる?」
「覚えてるけど、あの時はルールが全然わからなかったよ。お兄ちゃんは将棋強くなってるの?」
「全然強くないよ。駒の動かし方がわかるくらいだし」
「そうなんだ。それなら悪いんだけど、私の圧勝だね」
ひょんなことから始まった将棋対決だったが、何度やっても私が勝ち続けたので気分は良かった。
お兄ちゃんも楽しそうにしてくれていたから問題はないだろう。




