第七十七話 美味しいお菓子
神が消えたことを神隠しと表現するのなら、普段使っている神隠しはいったい何と呼べばいいのだろうか。そんな事を考えてしまうくらいどうでもいい時間が過ぎていた。神がいてもいなくても何の影響もないという。むしろ、神がいた方が迷惑をこうむっていた可能性があるくらいだった。
「お待たせしました。冷たいのをどうぞ」
中身が全く見えないようになっているカップを受け取ったうまなちゃんとイザーちゃん。二人は恐る恐るストローに口を近付けて確かめるように少しずつ飲んでいた。
思っていたよりも味が良かったのか、うまなちゃんもイザーちゃんも飲み干してしまうんじゃないかという勢いでグイグイと吸っていた。そんなに美味しいのであったなら、私も飲んでみたかったなと思いながら見ていたけれど、そこまでお勧めするようなものではないと後から聞いて後悔せずに済んだのだった。
「なんか、思っていたよりも美味しいかも」
「甘みと酸味のバランスがちょうどいいよね。これ以上甘すぎても酸っぱすぎても微妙な感じになりそうだし、これは絶品と言ってもいいかもしれないね」
「本当にね。家の近くで売ってたら買い占めちゃうかもしれないくらい美味しいよ」
「気に入ってもらえてよかったです。もしよろしければ、あちらのテーブルにお菓子も用意してあるんで召しあがってください。皆さんの分も用意してますからね。神様が戻ってくるまでもう少し時間がかかると思いますし、お話でもしながら楽しんでください」
神が戻ってきたとしても何も用事などないのだけれど、そこまで言われるのであれば待ってあげるというのも悪くないかもしれない。
別にお菓子につられて従うという事でもないのだけれど、私たちはテーブルに並んでいる邪悪な色をした体に悪そうな見た目のお菓子を見ながら思い思いの席についていた。
特にだれがどこに座るようにとの指示もなく、自由に席を選んだ私たちはたくさん並んでいるお菓子を少しずつ自分の前へと集めて優雅なお茶会を楽しんでいた。たぶん、このお菓子も見た目が酷いだけで味は文句のつけようがないと思うのだが、一口食べてみるまでは判断することが出来ない。美味しいか美味しくないかは見た目と匂いだけではわからないのだ。
そんな事に杞憂してみたものの、飲み物だけでなくお菓子も私たちの口に合うようにされているようで、どれを食べてもちゃんと美味しく飲み込んだ後の余韻もあって次から次へと口に運びたくなってしまう程であった。甘すぎるという事もなく、かと言って物足りないわけでもない、一つ二つでも満足出来る美味しさであるはずなのに、三つ四つと手を伸ばしてしまいたくなる。癖になる美味しさが隠されていたのだった。
「なんか、偉い人ってこういう食べ飽きない物ばっかり食べてるんだろうなって思ったんだけど、日常的にこれを食べてたらどんな風に感じるようになるんだろうね」
「美味しいって感じるものは毎日食べても変な風には感じないんじゃないかな。美味しいモノはいつ食べても幸せな気持ちになるだろうし、ここにあるお菓子はどれをとってみても罪悪感を感じないような作り方をしているように感じるんだよね」
「あの神がこんなものを食べてるって思うと腹が立ってしまいそうだけど、こんなに美味しいモノを食べさせてくれるってことを考えると、ほんの少しだけでも優しくしてあげようかなって思っちゃうよね」
みんな仲良くおしゃべりを楽しみながらお菓子もいただきつつ、ゆったりとした時間を過ごしていた。
さっきまで近くにいた人達も神がいないと知るとそのまま帰っていく人ばかりだったし、私たちのようにお菓子をいただくという発想は無いようだった。
最初に飲んだドリンクが美味しかったからあの邪悪な見た目のお菓子も口に入れることが出来たのだが、普通の神経であればあんなに毒々しいお菓子を食べようとは思わないだろう。
現に、私たちが食べているお菓子を見たほどんどの人が怪訝な表情を浮かべて去っている。私が向こう側の立場だったとしたら、きっと同じような顔をして視界から消えていたに違いない。
でも、世の中は見た目が全てではないという教訓を得るとてもいい機会だと感謝してしまった。
「これだけ食べたらさすがに満足してるんだけど、ついついもう一つって口に入れたくなるよね。うまなちゃんもイザーちゃんも気に入ったみたいだし、お兄ちゃんも美味しいって感じてる?」
「まあ、美味しいとは思うよ。普段のおやつで出てきても嬉しいと思うだろうね。でも、こういったモノばかりじゃなく、たまにはジャンクなお菓子も食べたくなりそうだなって思うよ」
「その気持ちはわかるかも。きっとこのお菓子は何日、何週間、何か月、何年続いて出たとしても飽きないとは思うよ。でも、同じ物ばっかりだったら物足りなく感じちゃうってのはあるかもしれないね」
「毎日同じものを食べてるイザーちゃんでもそう言うってことは、体に悪いモノを欲しているってことなのかもしれないね」
「そう言ううまなちゃんだって、まー君が言ったジャンクなお菓子って言葉に反応してたみたいに見えたよ。満足しているのに物足りなって事なのかな?」
「そうかもしれないね。でも、今は美味しいし楽しいからこのままでいいかも」
先ほどとは別の女性が入ってきてドリンクのおかわりを注いでくれた。
うまなちゃんとイザーちゃんの場合はカップごと交換してくれていたけれど、今更みんなの同じでいいとも言えないと思っているような表情のままじっと見つめていた。




