第七十六話 給水タイム
お兄ちゃんの影に隠れている神はもうお兄ちゃんの姿ではなくデッサン人形のように表情のない姿に変わっていた。こうなってしまっては私が神に対して何かをする必要もなくなったという事になるけれど、周りで見ている人たちにとっては今の神が真の姿なのかと考えているようだ。
うまなちゃんとイザーちゃんは馴れ馴れしく近付いてきてお兄ちゃんの後ろにいる神に触ろうとしていたんだけど、二人の手が神に触れることは出来なかったようだ。触ろうとしてもすり抜けてしまい、そこに神なんて存在しないのではないかと思ってしまう。私とお兄ちゃんだけが神に触れることが出来るようなのだけど、その理由は誰もわからなかった。
「やっぱり私たちには神に触ることが出来ないみたいだね」
「どうしてゆまちゃんとまー君は神に触れられるのか謎だけど、今となってはどうでもいい話だよね」
「まー君の問題も無事に解決したわけだし、これからどうするのかな?」
「さっき何か頼んでたみたいだけど、何か貰うの?」
「まあ、そんなところかな。多分もう少しでさっきの子が戻ってくると思うけど、私たちはどこで待ってたらいいのかな?」
私が話しかけたことで神は怯えてしまったようだが、別の女の人が私たちを別室へと案内してくれることになった。
相変わらず神はお兄ちゃんの後ろに隠れて私から距離をとっているのだけれど、うまなちゃんとイザーちゃんは不審そうな顔で神を見ていた。
もしかしたら、私が頼んだ事がバレていて警戒しているのかもしれない。認めるのは癪なのだが、うまなちゃんもイザーちゃんも割と勘が良いので上手くやってもらえることを祈るしかないのだ。
「どうぞこちらへ、あなた方でも飲める物を用意しますか?」
「いや、大丈夫です。何となくだけど、この世界の物を体に入れたくないので」
「私も遠慮しておきます。別に喉も乾いてないですし」
「俺はいただこうかな。喉も乾いてきたところだし、こいつも飲んだ方が良いよって言ってるからね」
「お兄ちゃんがそういうなら私も貰おうかな。神の言ってることは別にどうでもいいんだけど、お兄ちゃんがそうするって言うんだったら私も付き合うし」
うまなちゃんとイザーちゃんは警戒していて何も口にしようとはしない。私の計画がバレている可能性が高まってしまっているけれど、何とか上手くごまかすしかない。
運ばれてきた毒々しい色の液体を受け取ってみたのだが、匂いはそれほど悪くない。というよりも、見た目からは全く想像出来ないが、ほのかにシナモンの香りがしている。味は悪くないし、のど越しも悪くない。もちろん、後味も不快な点はない。
私とお兄ちゃんが普通に飲んでいるのを見てうまなちゃんとイザーちゃんも飲みたそうな顔をしているけれど、一度断ってしまったという事もあって頼みづらそうだ。
「意外と悪くないかも。見た目は最悪だけど、普通に飲めるよ。何となく、体にも良さそうな感じがする」
「そうだね。見た目は本当に最悪だと思うんだけど、ちょっと高い紅茶を飲んでいるような印象だよね。あんまり高い紅茶とか飲んだことないんで上手く説明できないんだけど、うまなちゃんとイザーちゃんなら説明も出来るんじゃないかな?」
「まあ、紅茶はそれなりに嗜んではいるけれどさ、その見た目は確実に良くない先入観を植え付けられるよ。目をつぶって飲めば先入観もなくなるかもしれないけどさ、一度見ちゃってるからどうしても印象に残っちゃうよね」
「この距離でもいい香りはするなって思うけど、やっぱり見た目が良くないから味もそっちに引っ張られて正当な評価は出来ないかもしれない」
「じゃあ、中身が見えない形で持ってきますか?」
「中身が見えなくてもさ、一度見ちゃってるから想像しちゃうんじゃないかな」
「美味しくなさそうな見た目を隠してもさ、まー君とゆまちゃんが飲んでるの見えてるから意味無いよね」
「大丈夫ですよ。お二人とは違うのを持ってきますから。暖かいのと冷たいのだとどちらが良いですか?」
ココでも警戒しているのか、うまなちゃんとイザーちゃんはすぐに答えなかった。私たちが飲んでいる暖かい紅茶らしきものか、得体のしれない冷たい飲み物にするか迷っている。迷っているふりをして、断る口実を探しているのかもしれない。
二人が警戒しているのを感じているはずの女の子も簡単に引き下がったりしないのだが、それはそれでうまなちゃんとイザーちゃんを警戒させることになるのではないだろうかあまりしつこくしてしまうと、勘の良いうまなちゃんとイザーちゃんが断ることになるとは思わないのだろうか。
たぶん、あの女の子はうまなちゃんとイザーちゃんの勘が鋭いという事は気付いていないんだと思う。そうでなければ、あんなにあからさまに怪しい提案をするはずがない。魔王軍のバカであれば簡単に引っかかるとは思うけれど、うまなちゃんもイザーちゃんも賢いのだからそんな簡単に騙せるとは思わない方が良いのに。
「じゃあ、私たちは冷たいのをいただこうかな」
「キンキンに冷えたのではなく、そこそこ冷えたのでお願いします」
「わかりました。すぐに用意しますね。ちなみになんですけど、甘いのと爽やかなのはどちらがお好みですか?」
二人の要望を聞き入れた女の子が消えるのと同時に神も消えていた。
あまりにも怪しい行動過ぎると思うけど、それを不審に思う人はこの場にはいなかったようだ。
「これが本当の神隠しか」
誰も不審に思わなかったのはお兄ちゃんのくだらないダジャレのお陰だとは思うけど、ダジャレ自体は別に面白いものではなかったよ。




