第七十三話 神の姿
まだ遠くにいるのでハッキリとは見えないけれど、あの人影は間違いなくお兄ちゃんだ。その横でわめいているうまなちゃんとイザーちゃんがいるので間違いないと思うんだけど、お兄ちゃんとよく似た人も一緒にいるのが少しだけ気になった。
人ごみをかき分けながら近づいていこうとするのだけれど、お兄ちゃんに近付くにつれて人の密度が高くなっていって進みにくい。うまなちゃんとイザーちゃんの罵倒がハッキリと聞こえるようになってくればくるほど前に進めなくなってしまった。
「ちょっと人が多すぎるよね。どうしてこんなに人がいるんだろう。あっちの方には全然人がいなかったのにさ」
「いつもこんな感じだと思うよ。今の神の姿を見ておきたいって気持ちはみんなあるからね」
「今の神の姿って、日によって変わるの?」
「日によってっていうか、総合的に見てこの世界で一番強い人と同じ外見になるって話なんだよ」
「へえ、だからか。お兄ちゃんが二人いるって思ってたんだけど、もう一人が神ってことなんだね」
「私は目が悪いんでまだはっきり見えてないけど、何となくまー君が二人入るっぽいとは思ってたよ。でも、うまなちゃんでもイザーちゃんでも魔王でもなくまー君って言うのは意外かも。確かにまー君は強いと思うけど、単純な戦闘力だったら一番じゃないと思うんだよね。魔法も自由自在に使えるってわけじゃないし、何か付加価値でもあるってことなのかもしれないね」
「まあ、お兄ちゃんには私が付いているからね」
「ああ、そういう事かもね」
愛華ちゃんは私の言ったことを信じていないと言った感じだったけど、私は確信している。お兄ちゃんがこの世界で一番強いと認められているのはお兄ちゃんの単純な能力だけではなく、お兄ちゃんの事を私が全面的にサポートしているという事も考慮されているはずなのだ。
もちろん、私がまさ先輩にお兄ちゃんのために働いて欲しいとお願いすれば力を貸してもらえると思うし、まさ先輩の配下の魔物たちだって二つ返事で協力してくれるだろう。その辺もお兄ちゃんがこの世界で一番強い人と認定されている理由なのかもしれない。
そんな事を知らないからこそ、うまなちゃんとイザーちゃんが神に向かって文句を言っているのかもしれない。そう思いながら頑張って近付いてみると、うまなちゃんとイザーちゃんが怒っているのは別の理由だったようだ。
「だから、さっきからずっと言ってるよね。まー君に変身するのは別にいいんだけど、もう少し別人だって分かりやすくしてもらえるかな。今のままだとどっちが本物のまー君かわからないんだけど」
「うまなちゃんの言うとおりだよ。今まではそっくりだったとしてもどこか違う部分が出ていたっていうのに、今回に限っては何もかもがそっくりってどういうことなの。声まで一緒なんて今までなかったよね?」
「あと、二人とも相手に寄せていってるのはどうなのかと思うよ。神がまー君に寄せているのは百歩譲って理解出来るんだけどさ、なんでまー君まで神に寄せていこうとしているわけ。この状況を楽しもうとする心持は嫌いじゃないけど、それをやるのって絶対に今じゃないよね?」
「そうやって二人して顔を見合わせて困った感じを出すのもやめた方が良いと思う。神の真似をして私たちを困らせようとするのはまー君の評価も落とすことになるんだからね。これを見ている人たちもまー君の事をちょっと変わった人って評価から、凄く変わった変な人って評価に変えちゃうと思うよ。だから、わかりやすくちゃんとしてよ」
うまなちゃんもイザーちゃんもどっちがお兄ちゃんでどっちが神なのかわかっていないようだ。遠くで見た時は凄く似ているなと思うところもあったけれど、ハッキリと表情を見ることが出来るくらいの距離まで近づくと二人の違いに気付くことが出来た。うまなちゃんとイザーちゃんはその違いに気付いていないだけだと思うんだけど、それを神のせいにするのはちょっと話が違うような気もしている。
でも、お兄ちゃんと神の違いに気付いているのは私だけだったという事を後で知ることになるのだった。
この世界にあるものなんじゃないかと思うくらいに周りにいた人が動かず、これ以上前に進むことが出来そうにもないとあきらめかけた時、私の事を見つけたうまなちゃんが私に向かって手を伸ばしてくれた。私はその手を掴むようなイメージをすると、私と愛華ちゃんの体がふわりと宙に浮いて四人がいる場所へとたどり着くことが出来た。
着地に失敗した愛華ちゃんはお尻から落ちて痛そうにしていたけれど、誰もその事を気遣う事も無かった。それは少しだけかわいそうだと思った。
「ねえ、こんなにそっくりにする必要あると思う?」
「これって、私たちに対する挑戦じゃない?」
「そもそも、まー君も神の真似をすることないと思うんだよね」
「私たちにもっと協力しても良いと思わない?」
お兄ちゃんの姿を真似している神を見ると、確かにパッと見では見分けるのが難しいんじゃないかと思う気もわかるけれど、三回ほど見比べてみるとお兄ちゃんと明らかに違うところがいくつも見つかると思う。その工程をサボって見分けがつかないのを怠惰な行為だと責めるつもりはないが、所詮うまなちゃんもイザーちゃんもお兄ちゃんに対する理解力とはその程度だったのかとあきれることはあった。
なんだかんだ言って、うまなちゃんもイザーちゃんも私たちにとってはただの他人だったというだけの話かもしれない。




