第七十一話 お見送り
悲しそうに見えつつも、どこかで納得しているような笑顔を見せるマスターに別れを告げ、私はお兄ちゃんのもとへ帰ることにした。
魔王の部屋から戻っているので何度も魔物と遭遇することがあったけれど、魔物たちは誰一人として私に襲い掛かってくることは無かった。たぶん、まさ先輩から魔物たちすべてに対して何らかの号令がかかっているのだと思う。
最終的に、私は魔物たちから見送られるような形となって城を後にすることとなった。
「ねえ、ちょっと待ってよ。今の何?」
「何って、なんのこと?」
「なんの事って、ゆまちゃんが出てきたときにたくさんの魔物が見送ってたよね?」
「そうだっけ、あんまり覚えてないかも」
「覚えてないってことは無いでしょ。あんなにたくさんの魔物たちが敬礼して見送ってたんだよ。いったい中で何があったって言うの?」
「ああ、そんな事か。別にそこまで気にするような事でもないと思うけど。ただ、ちょっとまさ先輩とお話して魔物たちにわかってもらったってだけの話だよ。それ以外に特別なことなんて何もないけど」
「いやいやいや、魔王と何を話したのか知らないけど、いったいどんなことをしたら魔物たちがあんな風にゆまちゃんの事を見送るようになるっていうのさ。私にはもうわけがわからないよ」
「そんなに気にするような事でもないと思うんだけどな。愛華ちゃんだってまさ先輩に話を聞いてもらえばいいんじゃないかな?」
「無理無理無理、そんなの絶対に無理だよ。色々と見てて感じたんだけど、私はごく平凡に穏やかに慎ましく生きていられればそれで十分だよ。ゆまちゃんとまー君みたいにこの世界の特別な存在になりたいわけじゃないからね」
「ふーん、そうなんだ。うまなちゃんとイザーちゃんみたいに特別な感じにはなりたいってことかな?」
「うーん、あの二人もちょっと私の理想とは違うっていうか、あの二人の生き方をまねするのは無理だと思う。私には普通に生きることしかできないと思うし」
ちょっとだけ自己評価が低めな愛華ちゃんだったが、そこらへんが好感を持てる余地というものかもしれない。無駄に自己評価が高い連中は余計なことをしでかす可能性が高いと思うし、自己評価が低すぎる連中も支持を待っているだけで何もしない。愛華ちゃんくらいにある程度は自信があっても、重要なところで立ち止まることが出来る人材は私が一番必要としているタイプかもしれない。
お兄ちゃんともきっと今以上に仲良くならないと思うし、私が不安に感じるような事をしないという安心感もある。
この世界において、お兄ちゃんの次に信用してもいい人物となりえる可能性が非常に高い女の子なのだ。
「ねえ、ゆまちゃんは何か嬉しそうだけど、何かいいことあったの?」
「そうだね。愛華ちゃんも一緒に中に入ればよかったのにって思うようなことはあったよ」
「え、それっていったいどんな事なの?」
「教えてもいいんだけど、きっと聞いたら後悔しちゃうと思うよ」
「後悔しちゃうのか。それなら聞かない方が良いかもしれないね」
まさかここで引き下がるとは思わなかった。
どんないい事があったのか気になっているのは間違いないと思うけど、聞いたら後悔しちゃうという言葉を聞いてその通りに引くのは私の言葉を信頼しすぎじゃないかな。
自分から聞かない方が良いって言ったようなものだし、ここで私の方から切り出すのも格好悪いと思う。出来ることなら愛華ちゃんが考え直して質問してほしいのだが、今の感じだと聞きなおしてこなさそうな気がしている。私が聞かない方が良いと言ったことを本気で受け止めているという事なのだが、少しくらいは自分の意志を通しても問題ないんだけどね。
「私が聞かない方が良いって、どんな話なのか気になっちゃうよ。でも、聞かない方が良いんだよね?」
「多分、その話を聞いちゃうと愛華ちゃんは一緒に行かなかったことを後悔しちゃうんじゃないかな。もしかしたら、そんなことは無いかもしれないけど、一緒に行きたかったなとは思うかもしれないよ」
「ええ、そこまで言われるときになっちゃうよ。でも、聞かない方が良いんだもんね。これは難しい問題だよ」
私の気持ちを読み取ってくれたのか、それとも本当に聞きたいと思ってくれたのか。
そのどちらが愛華ちゃんの気持ちなのか私にはわからないけれど、私のしてほしいことを実行してくれる愛華ちゃんは素敵だと思った。
最初から聞きたいと思っていてくれたとしても、私の様子を見て聞いてみたいと思ったとしても、どちらでもいい。私は何があったのか教えたいと思っているのだ。
「聞いても後悔すると思うし、聞かなくても後悔しちゃうと思うんだよね。それだったら、聞いて後悔した方が良いんじゃないかって思うんだけど。聞いても良いかな?」
「仕方ないなぁ。それなら教えてあげてもいいんだけど、もう一度あそこに行こうって言うのは無しにしてね」
「そんな事は言わないよ。あそこに近付くだけでも怖いんだから」
「それなら心して聞いてね。あそこの奥には個人的な趣味でやっているカフェがあるんだけど、そこのスイーツと紅茶がすごく美味しいんだよ」
「何それ。凄く気になるんだけど」
「それともう一つ、そのカフェの話なんだけど。今はマスター一人なんで食事メニューは無いんだよね。でも、もう少ししたら奥さんが帰ってきて、絶品の料理も提供してくれるんだって」
「え、そんなのズルいよ。私も行けばよかった」
「もう一つ凄い話があって。その奥さんの作る料理があまりにも美味しくて、まさ先輩が奥さんの事を攫って料理番にしちゃったんだって」
「魔王をも唸らせる料理を作るって、凄すぎでしょ」
こうも思い通りに動いてくれるのは気持ちの良いモノだ。適当に相槌を打っているだけの人じゃなく、ちゃんと考えてくれているのがわかるのも嬉しいところなのだ。




