第六十二話 とどめの一撃
タイムリミットを迎えたお兄ちゃんは消えてしまった。
自動ドアに変化は見られず、お兄ちゃんの力でもどうすることも出来なかったのかもしれない。
もう一度お兄ちゃんを呼べれば何とかなりそうな感じではあるが、今の私の力ではお兄ちゃんを呼ぶだけの体力も魔力も残っていない。
性も根も尽き果てようとしている現状、私に何が出来るか考えてみたものの、私に出来ることなんて何もない。
しいて言うのであれば、お兄ちゃんのように自動ドアを押してみることくらいしかないのだ。
一つだけ断っておくが、私は見た目に反して怪力でもないし体重も重いわけではない。どこにでもいるようなごく普通の女の子なんだという事だけは覚えておいてほしい。
そんな私が自動ドアに手をかけてグッと押し込んでみたところ、力を入れ始めた段階で自動ドアに少しヒビが入り、その二秒後にはガラス全体がヒビに覆われて真っ白になっていた。
「これはチャンスかもしれない」
そう言いながらマスターはヒビだらけになった自動ドアに思いっきり前蹴りを入れていたのだが、ヒビが入っていても超強化ガラスが頑丈なのは変わりがなかったようで弾き飛ばされていた。
その後もマスターは何度も叩いてみたり石をぶつけてみたりしていたのだが、自動ドアに新しい変化は見られなかった。
「チャンスだと思ったんだけどね。私の力じゃ無理なようだ」
そう言いながらこちらをチラチラと見てくるマスター。まるであなただったら壊せますよね、とでも言いたげな感じに見えるのだが、ごく普通のか弱い女の子である私が自動ドアにとどめを刺すことなんて出来るはずがない。
一応、試してみることにするけれど、そんな簡単に超強化ガラスを突破することなんて出来るはずがないだろうね。もう一度お兄ちゃんにお願いしてみた方が良いとは思うんだけど、一度くらいはマスターの期待に応えるふりくらいはしておいた方が良いよね。
「私にも無理だと思うけど、一応試すだけ試してますね」
「そうだね。一応試してもらうだけ試してもらった方が良いと思う。どんなことがきっかけで打開できるようになるかわからないし、駄目だったら他の事を試してみたらいいだけだからね」
「そうですよね。ダメでもともと試すだけ試す価値はありますもんね」
私が自動ドアに手をかけた瞬間、とても嫌な感触が手のひらを起点にして全身を駆け巡ってきた。このままだと私のイメージが崩れてしまう。なんて思いながらも形くらいは力を入れておこうと思って、ほんの少しだけ自動ドアを押し込んでみた。
「おお、見事なもんだ。これ以上ない完璧な壊れ方だ」
マスターが感心してしまうくらいに芸術度は高かったと思う。
私がほんの少し力を入れたことでガラスにとどめが入ったのだと思うけど、手を離した時に一瞬だけガラスがこちらに戻ろうとしていた。向こう側へ押される力とこちら側へ戻ろうとする力が奇跡的に均一化した結果、前後どちらにも力が逃げることもなく重力にひかれて全て真下へと落下することになったのだ。
「これだけ綺麗に壊れたのなら、潜り抜けるときに怪我をする心配もないね。多分、君が触れる直前までに壊れるギリギリのところまで力が溜まっていたんじゃないかな。多分だけど、君はたまたまとどめを刺しただけであって、それまでの積み重ねがあったから結果が出たってことだと思うよ。君の力が凄いとか重さがあるとかなんて思ってないからね」
余計な言葉も含まれてはいたけれど、マスターのやさしさを感じることは出来た。
「じゃあ、ここから先は危険がたくさんあると思うけど気を付けていくんだよ」
「え、マスターは行かないんですか?」
「私が言ったところで何の力にもなれないだろうし、逆に足を引っ張りかねないからね。余計な手間をかけることになると思うんで、私はこっちに残ることにするよ。魔王が怖いとかそういう事じゃないからね」
「はあ、別にいいですけど。じゃあ、まさ先輩にマスターの奥さんを解放するように言ってきますね」
さっきまでそこに存在していた自動ドアの残骸を踏まないように慎重に潜り抜けると、そこはほんの少しだけ湿度の高い嫌な感じのする空気に包まれていた。
それ以外は向こう側と何も変わったところは無いし、歩く分には何の問題もない。
ただ、ほんの少しだけ上り坂になっているという事が地味に面倒くさく感じていた。
しばらく歩いていると、遠くの方からかすかに話声が聞こえてきた。
私はなるべく音を立てないように慎重にゆっくりと足を前へ進めることにした。
思っていたよりも距離があったので時間がかかってしまったが、話声がハッキリと聞こえる距離まで近付くとその内容も自然と理解出来るようになっていた。
「魔王様でも壊すことが出来なかった自動ドアを壊した奴が来るらしいぞ」
「どんな修羅が来るのかわからないが、俺たちで足止めなんて出来ると思うか?」
「絶対に無理だろ。どんな奴が来るかわからないけど、とりあえず向こうの要求は全部飲んだ方が良いと思うぞ」
「そうだよな。魔王様より強いってことになると思うし、逆らっても殺されるだけだろ」
「ちょっと待て。魔王様より強いってのは間違いじゃないか。正確には、魔王様よりも圧倒的に強いだ。そこを間違えると大変なことになると思うぞ」
まあ、なんて言えばいいのかな。
こんなどこにでもいるようなか弱い女の子の事をそこまで恐れなくてもいいんじゃないかなとは思うよね。




