第六十話 マスターの過去
まさ先輩の手から奥さんを取り戻すために必要なのは何よりも情報だったのだが、まさ先輩の居場所はマスターが知っていたのでそこに向かえばいい話だ。
私は今すぐにでもそこへ向かいたいと思っているのだけれど、そこへ行くのは少しだけ手間がかかってしまうらしい。
私は、マスターが淹れてくれたコーヒーを飲みながら作戦を立てることにした。
「魔王のいる場所はそこの扉から外に出て正面に見える自動ドアの奥になるんだよ。あの自動ドアを通ることが出来れば歩いて数分もかからない場所に魔王の部屋があるのさ」
「どうしてそんなことまで知っているの?」
「時々なんだが、魔王から出前を頼まれることがあってね。その時に自動ドアを開けてもらって向こうへ行くことがあるのさ」
「じゃあ、あの自動ドアを開けてもらえれば簡単にまさ先輩のところまで行けるってことなんだよね?」
「その認識で間違いないんだが、あの自動ドアは向こう側からしか開けられないようになっているんだよ。出前に行く時も自動ドアの前まで魔王の手下が迎えに来てくれているんで鍵自体は開けてもらえるんだけれど、出前の無い時には向こうに連絡する手段も無いからね。こればっかりは魔王から出前注文が来ることを祈るしかないのかもしれないよ」
「ちなみになんだけど、どれくらいの間隔で注文がきてるの?」
「そうだね。間隔が短かったときは二日連続ってこともあったよ。でも、妻が攫われてからは出前自体も来なくなったんだよ」
非常に言いにくい事なので口には出さないが、まさ先輩の目当てはマスターの奥さんが作る料理なのだろう。マスターの作るケーキも紅茶もコーヒーも美味しいと思うけど、まさ先輩の好みではなかったのかもしれない。
意外と子供舌なまさ先輩にはこの繊細な味や芳醇な香りは楽しめないのかもしれない。私もそこまで詳しいわけではないんだけど、美味しいと感じてはいる。
「自動ドアが開く可能性ってどれくらいあると思います?」
「正直に言うと、ほとんど無いと思う。申し訳ないけれど、ゼロと言ってもいいんじゃないかな」
「マスターが悪いわけじゃないですよ。じゃあ、他に方法が無いか探してみましょうよ。例えば、迂回して違うルートを通ってまさ先輩のところに行くとか」
「迂回していくことは可能なんだけど、現実的ではないと思うな。いったん外に出て西側でも東側でもどちらでもいいんで大回りして城の外壁沿いに歩いていってほしい。そのまま反対側の門まで行けば魔王の部屋まで行けると思うよ。でもね、そっちのルートは命がいくつあっても足りないと思う。魔物が多くいるというのは当然として、いたるところに即死トラップが仕掛けられているって話だ。しかも、向こう側の門から内側は魔法が使えないようになっているからね」
「それはちょっと面倒ですね。マスターの奥さんが無事だと良いんですけど、まさ先輩ってちょっと頭がおかしいところがあったりするんで出来るだけ急ぎたいし。魔法が使えないってことは、か弱い私には不都合なことですもんね」
今まで魔法が使えないのが普通だったので魔法が使えなくても問題はどないとは思うのだけれど、これだけ便利に魔法が使えるようになっている今では魔法が使えない状態には戻れないかもしれない。
魔物程度だったらどうとでもなると思うんだけど、魔法が使えない場所に即死トラップがあるというのは考え物だ。
きっと、性格の悪いまさ先輩の事だから、発動した後の即死トラップはすぐに再稼働することになるんだろうな。そうなると、ちょっと面倒なんだよな。
とにかく、いったん外に出て自動ドアを開ける方法が無いか確認してみることにしよう。
「さっきまでついていたセンサーのランプが消えているんですけど、いつもはついてました?」
「さあ、そこまで気にしたことは無かったからね。そもそも、出前でもない限りこっち側に来ることは無かったよ。力になれなくて申し訳ない」
「いえ、謝らないでください。じゃあ、さっきみたいにこの壁を壊してみるのは」
「無理だと思うよ。通路上では魔法が使えるかもしれないけど、壁面には魔法が無効化される仕掛けがあるんだってさ」
「それで何か嫌な感じがしてたのか。じゃあ、いったん外に出て裏に回り込むしかないってことになっちゃうんだ。でも、それはちょっと面倒なんだよな。時間もかかりそうだし」
どうにかしてこの自動ドアを突破出来ないかと見ていたのだけど、この自動ドアにも魔法を無効化する仕掛けが施されているようだ。
私がイメージすることすら無効化されているのか、この自動ドアを突破する方法が思い浮かばない。向こう側に回って鍵を開けるイメージは出来ているのに、どこに鍵が付いているのかのイメージが出来ない。鍵を開けるイメージがあったところで、鍵を見つけられなければ何の意味もないのだ。
「近くでじっくりと見て感じたのだけど、これは普通のガラスじゃないね。物凄く強化されているガラスだと思うよ。ハンマーを持ってきて叩き壊せるかと思ったんだけど、車で突っ込んでも壊せなさそうな強度があるんじゃないかな」
「そんなのがわかるんですか?」
「若い頃にちょっとだけ動物を飼っていたことがあるんだよ。あの時にこのガラスが手に入っていればあんな苦労はしなかったんじゃないかと思ったよ」
「車でも壊せないって、強い力だったら壊せるかもしれないってことですか?」
「多分、解体用の鉄球でもあれば壊せるんじゃないかな?」




