第五十九話 マスターの話
私の予想に反してケーキも紅茶も市販品の物とは思えないこだわりがあるように感じられた。何か凄く特徴があるわけでもないのだけれど、なぜかすごく好きな味だと思わせられる美味しさ。言葉で説明するよりも直接感じてほしいと思うような一品だった。
「すごく美味しかったです。こんなに美味しいのに、お金払わなくてもいいんですか?」
「大丈夫だよ。ココは趣味でやってるだけなんでお金なんて貰えないよ」
「でも、無料だなんて申し訳ないですよ。何かお礼をしたいんですけど、何か貢献できることってありますか?」
「何もないね。ここは趣味でやっているだけなんで何も望んだりはしていないし、本当の望みは誰も叶えることなんて出来ないからね」
「そう言われると気になっちゃいますよ。他の人には出来ないことだとしても、私とお兄ちゃんだったらできるかもしれないですよ」
「君とお兄さんが?」
私はたぶんどんな魔法でも使うことが出来る。どんなに荒唐無稽なあり得ないような現象が起こる魔法だったとしても使いこなせる自信はあった。私一人では無理だったとしても、お兄ちゃんと力を合わせればなんだって叶えることが出来るんじゃないかって思っている。
その事を私はマスターに伝えてみた。
「普通であればそんな話は信じられないところなんだけど、君は外から入ってきたんだろ?」
「外からと言われればそうですね。門番の人がいたところから入ってきましたよ?」
「向こうから入ってきてココを見つけたという事は、その辺にいる普通の魔法使いと違うという事の証明にもなるんだよね。そうなると、君が言っている何でも実現させることが出来る魔法というのも嘘じゃないのかもしれないと、私は思うよ。そうだね、君の言っていることを信じようという気にはなったね」
「それで、マスターは何をしてほしいんですか?」
「短い時間でもいいから、もう一度だけ、妻に会いたい」
殺されたとしても生き返ることが出来るこの世界で妻に会いたいと願うのはどういう事だろう?
うまなちゃんとイザーちゃんが言っていたような気がするのだが、病気や老衰が原因で亡くなった場合は再生出来ないらしい。
そうだとしたら、マスターの奥さんは天寿を全うしてしまったという事で蘇ることが出来ないという話なのかもしれない。
私なら死んだ人を生き返らせることが出来るんじゃないかと思ったけど、顔も名前も声も性格もちょっとした癖も考え方も知らないような人を生き返らせるなんて事を思い描くことが出来なかった。全く知らない人に新しい人生を与えることなんて、今の私には全く想像も出来ない不可能と言えることだったかもしれない。
ただ、お兄ちゃんが寿命で死んでしまったとしても、今のお兄ちゃんをそっくりそのままよみがえらせることが出来る自信はある。何だったら、今よりもちょっとだけワガママなお兄ちゃんにして楽しむことも出来るような気がしている。
「奥さんに会えれば嬉しいってことですけど、私には何も知らない人を蘇らせることは出来ないと思います。何でもできるって言って、変に期待させちゃってごめんなさい」
「ああ、そんな事なら気にしなくても良いよ。人には出来ることと出来ないことがあるからね。それに、妻はまだ死んでいないと思うよ」
「???」
妻は死んでないと思うよ。
言葉にしてみれば当たり前のことだと思うけど、生きているのだとしたら会えないという意味がわからない。
奥さんの居場所がわからないのであれば調べることは出来ると思うし、居場所がわかるのなら奥さんを連れてくることだって出来ると思う。それくらいだったら魔法でどうにでもなるし、救出するイメージはいくらでも出来たりするのだ。
「奥さんはまだ生きているけど、会うことが出来ない?」
「そうだね。私が生きているうちに妻が解放されると良いんだけど、それも難しいだろうね」
「解放ってことは、誰かに監禁されているってことですか?」
「監禁されているとは言い切れないけど、ある意味では監禁に近いのかもしれない。もしかしたら、ある程度の自由はあると思うので軟禁になるのかもしれないけれど、その辺の違いはよくわかっていないんだよ。ただ、一つ言える確かなことは、私の妻は今のままでは解放されることもないという事だけかな」
「そんなに危ない状況なんですか?」
マスターの話によると、この場所に喫茶店風の場所を作る前はもっともっと人通りの多い場所で趣味を満喫していたようだ。
もちろん、その場にはマスターだけでなく奥さんも一緒に来客をもてなしていたとのことなのだが、その来客の中にとんでもない悪党が混ざっていたそうだ。
その悪党は奥さんの作る料理を体操気に入ったようで、いろいろな食材を持ってきては様々な料理を堪能して帰っていったとのことだ。
二人は趣味でやっている事だからと金品は受け取ることも無かったのだが、料理に使える野菜や肉などはありがたく受け取っていたそうだ。
だが、そんな悪党も毎日のように食べにくることはコスパが悪いと思ったのか、料理担当だった奥さんを攫って永遠に終わらない料理当番をさせている。
そんな話をしてくれたのだ。
「私がその悪党を成敗して奥さんを救出しますよ」
「その気持ちはありがたいけれど、難しいと思うよ。君が凄い魔法を使いこなしているという事を考えても、あの悪党には勝てないと思うんだ」
「大丈夫です。私を信じてください。どんな奴が相手でも必ず勝って奥さんを連れてきますから」
「不思議だね。普通に考えたら無理な話だと思うんだけど、君の瞳を見ていると信じることが出来るような気がしてくるよ。あの魔王が相手でも君なら勝てるんじゃないかと思えてしまうもんだね」
「あ、魔王相手だったら余裕ですよ。居場所さえわかればどうにでも出来ますから」
どんな危ないやつが奥さんを攫ったのかと思ったら、まさ先輩だと聞いて拍子抜けしてしまった。
まさ先輩を倒さないといけない理由が出来たし、堂々とボコボコにしてやろうという気持ちも沸いてきてしまった。
大丈夫。奥さんを助けるって約束は、絶対に守るから。




